過霊なる日常

風吹しゅう

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猫地蔵編

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 すぐさま温泉に向かい入っていると、私はふとアミさんの右腕に視線を向けた。

 つぎめのない綺麗な右腕、一体どういうトリックなのだろう、まさか彼女は実は人間ではなく幽霊とかそういう類のものなのだろうか?
 そんな事を考えながら、ただひたすらアミさんの右腕を見ていると、さすがにその視線に気づいたアミさんは大きな声で笑った。

「あははっ、そんなに見ても、何も変わらないよ」

「いや、その」

「気になる?」

「普通の人だったらこのおかしな状況に耐えられないと思いますけど」

「じゃあ零ちゃんは普通の人とは違うってわけだ」

「い、いやそうわけじゃなくて」

「何が違うの?」

 そう言ってアミちゃんは私に近寄って来て肩をひとなでしてきた。そんな彼女の行動に思わず身体をこわばらせると、彼女はまた大きな声で笑った。

「あははははっ」

「な、何ですか?」

「零ちゃんってきれいな肌してるなぁ」

「いや、アミさんがそれを言いますか?」

「そうかしら、じゃあ上手く変身できてるみたいね」

「へ、変身?」

 変身という言葉に驚いていると、突如後方からガサガサという音がきこえてきて、私は振り向いた。

 音のする方向を見ると、何やら茂みがガサガサと動いており、今にも何かが出てきそうで、そんな光景をしばらく凝視していると、茂みからユダが顔をのぞかせた。

 そしてニョロニョロと茂みの中から這って出てきたかと思えば温泉に浸かり、私の肩に乗ってきた。

「ちょっと、つついてもいないのに出てこないでよ」

「あら、可愛いヘビね、もしかして零ちゃんのペット?」

「いや、これは」

「うちは零の守護霊や」

「ちょ、ちょっとユダちゃん何いってんの・・・・・・あっ」

 明らかに異常事態、そして私が異常な人間である証拠を見せつけてしまった。

「へぇ、ユダちゃんって言うんだぁ」

「せや、そんなことよか、自分なにもんや、ただの幽霊とはちゃうみたいやけど」

「んー、それはユダちゃんも同じことでしょ、珍しいよね喋るヘビなんて一体どういう仕組み?」

 なんてことを言いながら睨み合うユダちゃんとアミさん、どうしよう、なんだかいけない空間に入り込もうとしているんじゃないだろうか?
 もしかして、これから私とアミさんが闘う展開になったりなんて事になったりはしないよな?そんな少しばかりの危機感を覚えた私はアミさんから距離を取り、ユダの首を掴んだ。

「な、なんや零」

「うるさい、とにかく深入りするのは良くない、ほら、好奇心はネコを殺すって言うじゃん」

「それは自分のことや」

「え?」

 そんな私達のやりとりにアミさんはケラケラと笑い、私は笑われていることに少しムッとした。
 なんだかむっとしてしまった私はむっとしたついでにもう一度温泉に浸かり直し、事の真相を何から何までアミさんに聞いてみることにした。

「結局、今回の騒ぎの犯人はアミさんだったんですか?」

「そうとも言うし、そうともいわないね」

「・・・・・・」

「うそうそ、ねー怒らないで零ちゃん」

「じゃあ、聞かせて下さい、私は一応被害者なんですよ、せっかくの旅行が寝不足と心労で台無しです」

「そうねぇ、じゃあちょっとだけ昔話に付き合ってくれる?」

 そう言うと、アミさんは向かい話と称してこの招喜旅館での出来事を事を話し始めた。なんだか今日は昔話ばかりを聞いている様な気がする。
 アミさん曰く、昔この招喜旅館が出来る前、この場所はひっそりと神社が立っているだけのただの土地だったそうだ。

 土地には、この地特有の猫がたくさん住み着いており、猫好きにとっては、それはもう楽園と言っても過言ではないくらいとても和やかな場所だったらしい。

 そして、そんな場所に一匹の猫に連れられ一人の男がやってきた。

 男は地元でも有名な、いい年をして仕事もろくにしない大馬鹿者と呼ばれる男だった。

 そんな仕事もしない怠け者の男、情というものだけはあるようで、ある日、男は衰弱している猫を見つけると、その猫を助けたそうだ。
 その猫は、地元ではたいそう嫌われ、災厄の象徴とされていたが、男はそんなことは構わずに弱った猫を家で面倒を見ることにした。

 すると猫は男の看病もあってかみるみる元気を取り戻した。

 そんなある日、助けた猫が家からいなくなっていることにきづいた男は、すぐに家を飛び出し、助けた猫を探しに出かけた。おとこは村中を走り回った頃、猫とはじめてあったに場所たどり着いた。

 猫を助けた場所をさまよっていると、この間は目にしなかった古ぼけたの神社を目にした男は、その神社の側で昼寝をする、助けた猫を見つけた。

 猫の姿に安心した男は、今度はボロボロになった神社が目に入り、その古ぼけた神社を大層不憫に思った。そして数ヶ月という膨大な時間を掛けて見事綺麗に神社を修復した男は満足気にその場を離れようとした時。

 ふと背後から声が聞こえた男は、振り返ってみると、そこには誰もおらず、いるのは修繕した神社でネコが気持ちよさそうに昼寝しているだけだった。

 男は、再びその場を離れようとした時ふとこんな言葉が彼の耳に届いた「この近くにある大きな岩の周りを掘りなさい、さすればそなたに幸運が訪れるでしょう」と。

 そんな言葉を聞いた男はすぐさま神のお告げだと確信し、すぐさま近くにある大きな岩を探し始めた、そして神社からほどなくしたところにある、大きな大きな岩を見つけた男はすぐさまその岩の近くを掘り始めた。

 そして、夢中になった岩の周りを掘り続けた男は、ある日、水浸しになりながらたった一人で大笑いしていたと。

 そう言い終わるとアミちゃんは嬉しそうに笑っていた。

「で、その話と今回の事件がなんの関係があるんですか?」

「そのお告げをしたのが、私なんだよね」

 私は驚きのあまり、驚く言葉すら出てこないほど衝撃的な言葉にただひたすら口をあんぐりとさせた。

 頭の中でアミさんの年齢を計算していたが人間では到底ありえない年齢であることを理解した私はなんだか気味が悪くなってきた。

「アミさんって、何者ですか?」

「まぁそれはおいといて、つまりは私のお陰でこの旅館は繁栄して、私のせいでここまで落ちぶれたってこと」

「一人で引っ掻き回してるんですか?」

 でも、ということはアミちゃんはこの世に存在するものでも無く幽霊のようなものになるのだろうか?

「いやね、最初はちゃんと繁盛させるためにやってたんだけどね、いつの間にかその男の人もいなくなってしまってさ」

「男の人って言うと、ここの創業者の人ですか?」

「そうそう、それで、私がわざわざ頑張ることもないって思ってたら、ちょうど悪い子どもたちが私の腕を折っちゃってね、でも、それを機に宛もない旅にでようと思ったんだけど」

「だけど?」

「この子がいうこと聞いてくれなくってね」

 そう言ってアミさんは自らの右腕をペシペシと叩いた。

「どういうことですか?」

「都、この子がどうしてもこの旅館で恩返しをしたいっていうんだよね」

 わけがわからない、右腕が都ちゃん?恩返し?

「で、その都ちゃんは今右腕になってるとでも言いたいんですか?」

「右腕って言うより私自身かなぁ」

 わけがわからない、もうこれ以上聞くのは無駄なのかもしれない。

「あの時折れた右腕は都という姿となってこの旅館に現れ、そして彼女はあの時助けられた男のために必死に恩返しをしようとこの旅館で働き続けた。ミヤコはそんな右腕の化身であり、私の中にある旅館への恩返しの気持ちだったのかもねぇ」

「右腕の化身?」

「でも、彼女をいつまでも働かせるわけにもいかないし、訳の分からない幽霊共に猫地蔵を好きにさせるのも納得できなかったから、新たな右腕を探すために旅に出て、ようやくここに戻ってきた所を零ちゃんがたまたま居合わせたってことね」

「じゃあ、折れた右腕が都ちゃんって言うんですか?」

「違うちがう、猫地蔵の腕が折れた時、右腕は砕け散ったのよ」

「でも、子どもたちはじぶんたちが折ったって・・・・・・」

「子ども達は折れた後をみてないわ、あの子たちは右腕が折れた瞬間にその場から逃げていったから本当のことを何も知らない」

「じゃあ、右腕が消えたのは?」

「女将、今の女将が朝早くにすべて回収したの、猫地蔵を睨みつけながら無言でね」

「どうして女将さんが?」

「女将には女将なりに思うところがあったんだと思うよ、こんな猫地蔵に頼らずとも私達はやっていけるってさ。
 先祖が築き上げてきた縁を頼りにして、見えない力は頼らないようにしたかったんだろうけど、結果的に縁は見えない力によって形成されているんだっていう現実にぶち当たっちゃったんだよ。女将も誠心誠意、勤めていたのにねぇ」

 アミさんの不可解な話しを聞いていると、いつのまにやら太陽の光が温泉の湯船を照らしていた。

 私達は太陽を拝んだあと、私達はそんなに長く温泉に使っていたのかと少しおどろいたが、今は目の前の朝日が美しすぎたため、そんなことはどうでも良くなってしまった。

 そうして、私は温泉から出ようとするとアミさんが笑顔で手を降ってきた、そんな朝日をバックにした神々しいアミさんのすがたを目に焼き付けながら私はおんせんを後にした。

 そして、猫地蔵の周りには旅館の従業員たちが勢揃いしており、右手がすっかり元通りになった猫地蔵を夢でも見ているような顔で見ていた。

 そんな彼らはネコ地蔵に「ぬこがみさまー、ぬこがみさまー」と叫んでおり、ハチさんにいたっては手をすりあわせながら拝んでおり、色黒の若旦那はつんとした様子の女将にすがりついていた。

 そんなネコ地蔵の姿を確認した私達は迫るチェックアウトのための帰宅準備をした。私の隣で帰宅準備をしているマリアは非常に不機嫌そうな顔つきで鞄の中に物を詰め込んでいた。

 悪いとは思っている、今回ばかりはマリアにあのキモかわいいネコ地蔵の姿を見せてあげたかったが、どうにも私とマリアは波長が合わないというか同時に物事を運びづらい。帰り際に何か食べ物でも買ってあげれば機嫌を直してくれるだろうか?

 そんな中、わざわざ私達を出迎えてくれる旅館の従業員たちそこにはフミヤやミコちゃん、ヤコちゃんもいたが、私に料理をぶっかけたり一緒に温泉に入ったミヤコちゃんの姿は見当たらなかった。

 そしてフミヤとミコ、ヤコ姉妹が少し興奮した様子でやってきた。

「どうしたの?」

「「お姉ちゃんが猫地蔵を直してくれたの?」」

 三人は声を揃えてそう言い、私は思わず笑顔になった。

「違う、私じゃないよ」

「じ、じゃあ誰があんなことをしたんですか?」

 フミヤは興奮気味私に訪ねミコヤコ姉妹は鼻息を荒くさせながら私のことを見つめていた。

「さぁ、でも、君たちが猫地蔵の腕を折ったことを正直に話してくれたのを神様が聞いていたのかもしれないね」

 そう言うと、子どもたちは三人揃って首をかしげた。

「助けてもらったと思っているなら、今度は君たちが誰かを助けてあげるといいよ」

 そう言うと、子どもたちは「はい」と返事をして女将のもとへと戻っていった。

 そうさ、猫の手が折れた時からきっと、君たちのすぐそばに神様はいたんだろう。そんな神様は君たちが懺悔をするときをじっと見守ってくれていたんだろう、そして、そんな神様はいま君たちの元からいなくなり、招喜旅館を去っている。

 そんな柄にもないような言葉を言った後、私は照れ隠しに笑い、そして子どもたちに別れを告げた。私達は駅まで送ってもらった後、色黒の若旦那が私達に向かって深々と頭を下げ、そして私達は電車に乗り込んだ。
 帰り際ずっと頬を膨らませたまま不機嫌なマリアは電車に乗った所でようやく口を開いた。

「零さん」

「なに?」

 帰りも四人席に座り、対面する形ではなく私が窓側、マリアが通路側に座る形で座っていた。

「零さんといても幽霊を見ることが出来ませんでした」

「幽霊って、今回のことは幽霊とか関係なくない?」

 しょんぼりとした様子でうなだれるマリアだったが、私の一言で一気に目を覚ましたかのように顔を上げた。

「いえ、あります、きっと猫地蔵とか言うのに幽霊が憑依してたんですよ」

「はぁ」

「大体、零さんは見たんですよね招かず猫が動いてた所」

「え?あぁ、まぁ一応」

 立て続けに喋るマリアに私はただ流れる風景を眺めていた。

「なんで、私を起こしてくれなかったんですか?」

「マリアが寝てるのが悪い」

「起こしてくださいよ」

「いやぁ、だって・・・・・・」

「だって何ですか?」

「マリアの寝顔をずっと見ておきたかったから、つい」

 私はマリアの目をじっと見つめ、そしてマリアは私の視線に動揺したのか目を合わせること無くキョロキョロと動かした後、私の目をじっと見てきた。

「ど、どういうことですか?」

「だから、マリアの寝顔がかわいすぎたから起こすのは癪だなと思って」

「零さん・・・・・・」

「マリア・・・・・・」

 自分でも何しているのだろうと、思いながらもマリアと良い雰囲気で見つめ合っていたが、徐々に彼女の顔が膨れていき可愛らしい、ぷんすかおこり顔を見せてくれた。

「そんなこと言っても許しませんからっ」

 マリアがそう言って、私がわざとらしい舌打ちをすると、マリアはその舌打ちに敏感反応して私の左肩をぽかぽかと叩いた。
 そして、しばらく私の方を叩いた後、マリアはそのたたいた肩に頭を乗せてふてくされている。

 まぁ、なんだ、きっとマリアは幽霊というものに関してよほど拒否されているというか縁がないんだろう、むしろない方が彼女の身の安全に繋がるわけだから今回も何事も無くて良かったと私は思っている。

 それに、そんなにふてくされなくても今回はこの温泉旅行を楽しめたことで満足じゃないだろうか、私はネコ地蔵のことなんかより、そっちのほうが大切だと思う。

 初めて出来た友達と温泉旅行なんて、マリアと出会っていなければ絶対に経験出来ていなかったであろう貴重な体験だ、その点においては彼女には非常に感謝している。だから、私が今思っているような事をマリアも思っていたら、これからもマリアと友達をやっていけるんじゃないだろうか?

 そんな事を願いながら、残り一日でゴールデンウィークが終わることを残念に思う私はマリアと共に電車に揺られながら帰路についた。
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