過霊なる日常

風吹しゅう

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階段の幽霊編

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 屋上階段に向かう途中、いつものようにローファーに履き替えた私は、鉄柵扉を乗り越えて階段をのぼると、ヘビがとぐろを巻いて私のことを待っていた。

「来たけどヘビちゃん」

「ほな早速」

「え?」

 そう言ってヘビは私の足に絡みついたきた。私は全身に鳥肌が駆け巡り、耐え難い感覚に身体が自然とこわばった。

「ちょっと、何なのこれ?」

「ええか、うちがこうやって巻き付いてる間、うちの力を借りて幽霊に触れることが出来るんや」

「は?」

 いきなり始まるぶっとんだ理論、そのめちゃくちゃ具合に思わず苦言を呈してみようかとも思ったが、それ以上にぶっ飛んだことを経験した私はほんの少しだけこの不思議な会話を信じそうになっていた。

「いいか、うちが触れてる間は幽霊が見れるようになる、あとうちが幽霊とくっついとっても幽霊の姿が見える」

「ちょ、ちょっと待って」

 立て続けに行われる説明に混乱した私は、何気なく視線を階段下に落とした。すると、鉄柵扉の前でうらめしそうな顔でこっちを睨みつける学ラン姿の男が立っており、そいつは私の視線に気づいた途端すぐに姿を消した。

「い、今、あいつがいたんだけど」

「せやな、あいつここまで来とった」

「今まであいつの事を見れなかったのに、見えたっ」

「せやから、それはうちが巻き付いてるから言うたやろ」

「じゃあ、ヘビちゃんの言う通り私は今あいつを見ることも出来て触れる事も出来るってこと?」

「せや、ほな早速見つけに行こか、探しながら色々話すさかい」

「うん」

 私は、ヘビをマフラーの様に首に巻き付きながら捜索を始めた。この状態に少なからず生命の危険を感じながら歩いていると、ヘビは平然と喋りだした。 

「ええか、幽霊っちゅうのは、ある一定の条件をクリアすれば姿が見えたり触れたりできるんや」

「そういえば、学ラン姿の幽霊が人間に触っている間は、自分の姿が見えるって言ってたような気がする」

「なんや、そんなこと言いよったんかいな」

「うん」

「そうか、まぁ、とりあえず人またはそれに該当するものに触れれば、幽霊は姿を人間に目視されるようになる」

「へぇ」

「せやけど人間からは触ることが出来ひん、自分らのような生き物にとっちゃかなり理不尽な存在や、ただし、人間と違ってウチらは違う、幽霊を見ることもできるし、触ることもできる」

「え、じゃあその辺にいる犬や猫にも幽霊は見えてるってこと?」

「なんでそうなるんや?」

「だって動物だし、それによく犬や猫は見えないものを目で追ったり吠えたりするって聞くから、ヘビちゃんもそうなのかなって」

「ちゃうちゃう、うちはそんな奴らとは違うんや、もっとこう別の生き物いうか、なんて言ったらええんやろ」

 首をフラフラと揺らすヘビはとても愛らしく見えた。しかし、それ以上に別の生き物という表現がどこか気になった。

「別の生き物って、具体的に何なの?」

「いやー、今はめんどくさい、それよか今は理不尽な幽霊に立ち向かうだけの力をもってるっちゅーことや」

「じゃあ、今ならあいつに一発決めることも出来るの?」

「一発やなくても、二発も三発もかませるで」

「でも、その力ってヘビちゃんが私にくっついとかないとダメなんだよね」

「せや」

「じゃあ、ヘビちゃんがいないと私は幽霊の姿も見えなくなるし触れなくなるというわけだ」

「そーゆーことや」

 なんだか物騒なでファンタジーな世界になってきたが、とにかく私の平穏を取り戻すためには、あの気持ちの悪い学ラン幽霊を始末しないといけない。そう意気込み、高鳴る心臓を落ち着けようとしていると、それを阻むかのようにヘビが声を上げた。

「おるで」

 どこか落ち着いて凄みのある警告に驚きつつも、視線の先には階段に座る学ラン幽霊がいた。奴は私のことを笑顔で見つめていた。
 
「また会ったね友沢零ちゃん、ちゃんと生きてたね」

 すかした喋り方で本当にむかつく幽霊だ。こんな奴にいい様にからかわれたなんて本当に屈辱的だ。

「あれ、こないだみたいに可愛く驚かないのかい?」

「別に、よく見たらただのメガネだから対して怖くないかなって」

「そっかぁ、でも残念だな、またあの可愛い顔が見れると思ったのになぁ」

 出会って早々気持ちの悪いことを言う幽霊を放っておいて、私はヒソヒソ声でヘビに話しかけた。

「ちょっと、出会ったのはいいけどこれからどうしたらいいの?」

「ん、とりあえずあいつに向かって走ってみよか」

「走る?」

「せや、走って近づいて足でバーンや」

「え、暴力?」

「当たり前や、自分、怖い目に合ったんやろ仕返しや」

「でも、私格闘技とか習ったことないんだけど」

「蹴る事くらいはできるやろ、後はいくらでもサポートしたる」

「サポートって、ヘビちゃんにいったい何ができるのさ、こっちは結構真剣なんだけど」

「大丈夫や、うちに任せなさい」

 一体どこからその自信がわいてくるのかわからないが、とにかく自信満々で言うヘビに

「わかった」

 そう言われ、私はイチかバチか学ラン幽霊に走って近づいた、本当なら近づいて一発かますより、遠いところから遠距離攻撃したいんだけど、そういうわけにはいかないようだ。

「ん、なんで走ってきてるの、もしかしてそんなに僕に会いたかったのかな、嬉しいなぁ」

 呑気なことを言う学ラン幽霊は両手広げてどんとこいのポーズ。そんな、気持ちの悪い学ラン幽霊に、一歩一歩近づく間にヘビが私の足へと絡みついた、そして幽霊との距離を数十センチに近づいた所で私は立ち止まった。
 ヘビが言うに「蹴りでもかましたれ」との事、格闘技も何もやっていないけど、それなりに体が柔らかいから、こいつの側頭部に足をぶつけることは可能かもしれない。

 そう思いやけくそになりながら右足を上げると、足は高く振り上がり、学ラン姿の幽霊の顔面に完璧なハイキックが決まった。
 
 なんとも気持ちの良い感覚と共に、蹴りがヒットした学ラン幽霊は階段端によろめき倒れた。

「え、なにこれ」

「えぇ体しとるなぁ、横腹に決めたろう思てたけど、顔面にいけたなぁ」

 私の右足からは、ヘビがケタケタと楽しそうな笑い声が鳴り響いていた。それにしても、私の足が勝手に動いて蹴りを入れたような感覚だった。もしかしてこのヘビが私の足をコントロールしてあんな動きにしたとでもいうのだろうか?
 いや、今はそれよりも幽霊の方だ、これでなんとかなってくれたらいいのに。なんて、のんきな事を思っていると、学ラン幽霊は突然笑い始めた。

「あれぇ、なんだこれ僕の顔が痛い、この感覚久しぶりだな、あいつらに殴られて以来かな?」

「なんや意外に元気そうやな、もうちょい下のほうが良かったか?」

 ヘビがそう言った途端、学ラン幽霊が首を百八十度ひねり私に顔を向けてきた、おおよそ人間のそれではないと分かっていたが、そんな動きをされると恐怖心が沸き上がってきて、私は少し後ずさった。

「いやぁ、美少女の美脚に蹴られるなんて最高だなぁ」

 恐怖と嫌悪感が入り乱れる空間は、どう考えても学ラン幽霊のペースに飲み込まれている様な気がした。

「なんやこいつただのエロメガネやないか」

 そんな状況の中、ぴったしなネーミングセンスを披露するヘビはのんきに思えた。そして、学ラン幽霊は足についたヘビに気づいたようで、目を凝らす様子を見せながら私の足を凝視してきた。

「ん、お前か、お前が彼女に何かしたんだな、このクソヘビ野郎」

「なんや、もう一発かましたろかエロメガネ?」

 ヘビが心持ちどすの利いた声で脅すと、学ラン幽霊は怯えた様子を見せ、すぐに私達の元から姿を消した。

「き、消えた」

「逃げよったな」

「逃げたの」

「もうここにはおらんわ」

 気配とかそういう類のものが分かるのか、ここにいないという事を察しているヘビは不満そうな声を漏らしていた。そんな事すら私にはわからないことが少しだけ心配だが、それでもこのヘビはとても頼りがいがあるように思えた。

「ねぇどうするの、あんなふうに逃げられたらどうすることも出来ないじゃん」

「まぁ辛抱してひたすら探すしか手はないやろな、それよりどやった、幽霊を蹴り飛ばした感覚は?」

 幽霊を蹴り飛ばした感覚?そんなもの、人間を蹴りとばしたときと変わらないくらいの現実感で本当に気持ち悪かったとしか言いようがない。

「私じゃなくて勝手に足を動かしたんでしょ、すごいびっくりしたんだけど」

「そうかそうか、びっくりしたか、せやけどこれでうちの力の証明ができたわけやし、うちのことも信用してくれるやろ」

「一応、信用はするけど、それよりあいつが何処に行ったか探さないと」

「せやな、おそらくあのメガネ君階段やったら何処にでも移動できそな感じやし」

「そういや音無さんがそんなこと言ってたような気がする」

「点々としてるんがよう分かるわ」

「ねぇ、あいつの場所がわかるの?」

「わかるっちゃわかるけど、あいつあほみたいに動き回っとる、こら長丁場になるで」

 そうして、私達は再び学ラン姿の幽霊を探し始めた。しかし、相手も警戒しているのか中々姿を現そうとはしない。そもそも、あんな荒っぽいやり方でいいのだろうか、もっと念仏唱えたりとかそういうことをしたほうがいいように思えてきた。
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