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第1章
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しおりを挟む街を出てから初めての夜、私たちはキースの案内した洞窟で休むことにした。
キースが魔獣や魔物を寄せ付けないという特殊な結界を張ってくれたため寝ずの番は必要ない。
スライムの大群と遭遇したこともあり、全員あっという間に眠りについた。
私もしばらくは普通に眠ろうと思っていたのだが……
まったく眠れない。
実はスライム退治でウィルが魔法攻撃したときに飛び散ったスライムの体液を全て避けきれずに体中に浴びてしまっていた。
その体液が乾いた今、服がゴワゴワとしていてとても寝づらかった。
水浴びでもしてこようかな。
ここに来る少し手前くらいで湖があったので、そこで服と体を洗おう。
明日も一日中歩くわけだし、さすがにこの服でいるのは耐えられない。
幸い、今日は風があるので服もすぐに乾くだろう。
そう思い、寝ている皆を起こさないようにそうっと洞窟を抜けだした。
月明かりに照らされた湖は何とも幻想的だ。
光が反射してキラキラと、まるで宝石のようだった。
一応周りに気配がないか確認をする。
魔法を使うことはできないが魔力の気配を感知することはできる。
その魔力が何であるかまでぼんやりと分かるレベルの私は、その能力にかけては常人よりもたけているらしい。
普通の人は魔物の強い殺気からくる魔力を感じ取れる程度だという。
結界を張れない分、人に見られないようにするために入浴や着替えの際にはこの能力がいつも役に立っている。
ローブを脱ぐと、その中の服までスライムの体液が浸透していた。
臭いがある液じゃなくて本当によかった。
服を全て脱ぎ去る。
胸に巻いたさらしをほどくと小ぶりであるがしっかりとしたふくらみが現れる。
腰は細くくびれて尻にかけて柔らかく丸みを帯びている。
一糸まとわぬ自分の姿、体つきは全くもって女性のそれであった。
別に男性になりたいと思っているわけではないので自分のこの体に嫌悪することはないのだけれど、やはり面倒だと思ってしまう。
もし誰かに裸を見られたり体を触られたりしてしまったら、女性だと気づかれるのは避けられない。
だから、人との接触は極力避け、分厚く長いローブを身にまとい姿を隠しているのだった。
光り輝く湖の水で体を清め、さっとタオルで水気を拭きとり代えのある下着と上のシャツだけ身につける。
黒いローブは見た目では分からなかったが思ったよりも汚れていてしっかりと洗ってしまったので、大量に水を吸い込み乾くのに時間がかかりそうだ。
そのほかの服も洗い、近くの木に干すとザァァと葉を揺らし強い風が吹いた。
この分だとさらしやズボンは1時間もあれば乾くだろう。
涼しい風に気を許し身をうたれていると突然、パキッと枝が折れるような音がした。
風で折れたようには思えないその音に違和感を感じ目を向けると……
「わあ、驚いた。やっぱり君って女の子だったんだね。」
そう言いながらもさして驚いた様子を示していないいつもの飄々とした態度のキースが立っていた。
私は決して気を抜いていた訳ではない。
しっかりと魔力の気配に常に注意していたというのに気付かなかった。
では、なぜか。
それはこの男、キースには全く魔力が感じられないからだ。
命ある全てのものには魔力が存在するというのに。
私はこの場にキースが現れたことに混乱し、焦りや驚きよりも疑問しか浮かんでこなかった。
しばらく沈黙が流れ、キースが思い出したように口を開いた。
「あ、安心して。水浴びを覗くなんていやらしいことはしてないから。ついさっき来たとこだよ。」
裸を見られたわけではないのにどうして……
はっと今の自分の姿を思い出す。
さらしを巻いていない上1枚の服は強風で体に張り付きはっきりとそのラインを浮き出させていた。
濡れたままなのもかまわず、ローブをひっつかみ急いではおった。
何を言われるのだろう。
女だとばれた後の事は悪い未来しか想像できずいつも考えないようにしていた。
身を強張らせて次の彼の言葉を待つ。
「じゃましてごめんね。ちょっと気になったから確認したくなってね。じゃあ、また明日、おやすみ。」
何事もなかったようにキースは踵を返す。
何気ない世間話をした友人と別れるように自然に。
呆気にとられて彼の後ろ姿を見ていたが、急に焦りを感じ始めた。
見られた?
女だと気づかれた?
ウィルとジェラールにばらされる?
……エルザに知られる?
そんな考えで頭がいっぱいになり、去っていくキースの手を慌てて掴んだ。
彼は急に掴まれたことに驚いたのか勢いよく振り返り立ち止まる。
“誰にも言わないで”
震える手で書き綴る。
“ウィルにもジェラールさんにも……エルザにも”
知られてしまったらもう一緒にはいられない。
絶対に、絶対に知られたくない。
すがるように訴える。
キースはそれを見て、意外そうに顔をしかめる。
「エルザにもか……。うん、黙っててあげてもいいよ。でも、1つ条件。」
少し考えるようにしてから、キースは私に笑顔である取引をしかけてきた。
「俺に君を抱きしめさせてくれないかい?」
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