上 下
18 / 103
第1章

18

しおりを挟む


 

 街を出てから初めての夜、私たちはキースの案内した洞窟で休むことにした。
 キースが魔獣や魔物を寄せ付けないという特殊な結界を張ってくれたため寝ずの番は必要ない。
 スライムの大群と遭遇したこともあり、全員あっという間に眠りについた。
 私もしばらくは普通に眠ろうと思っていたのだが……
 まったく眠れない。
 実はスライム退治でウィルが魔法攻撃したときに飛び散ったスライムの体液を全て避けきれずに体中に浴びてしまっていた。
 その体液が乾いた今、服がゴワゴワとしていてとても寝づらかった。

 水浴びでもしてこようかな。

 ここに来る少し手前くらいで湖があったので、そこで服と体を洗おう。
 明日も一日中歩くわけだし、さすがにこの服でいるのは耐えられない。
 幸い、今日は風があるので服もすぐに乾くだろう。
 そう思い、寝ている皆を起こさないようにそうっと洞窟を抜けだした。


 月明かりに照らされた湖は何とも幻想的だ。
 光が反射してキラキラと、まるで宝石のようだった。
 一応周りに気配がないか確認をする。
 魔法を使うことはできないが魔力の気配を感知することはできる。
 その魔力が何であるかまでぼんやりと分かるレベルの私は、その能力にかけては常人よりもたけているらしい。
 普通の人は魔物の強い殺気からくる魔力を感じ取れる程度だという。
 結界を張れない分、人に見られないようにするために入浴や着替えの際にはこの能力がいつも役に立っている。

 ローブを脱ぐと、その中の服までスライムの体液が浸透していた。
 臭いがある液じゃなくて本当によかった。

 服を全て脱ぎ去る。
 胸に巻いたさらしをほどくと小ぶりであるがしっかりとしたふくらみが現れる。
 腰は細くくびれて尻にかけて柔らかく丸みを帯びている。
 一糸まとわぬ自分の姿、体つきは全くもって女性のそれであった。

 別に男性になりたいと思っているわけではないので自分のこの体に嫌悪することはないのだけれど、やはり面倒だと思ってしまう。
 もし誰かに裸を見られたり体を触られたりしてしまったら、女性だと気づかれるのは避けられない。
 だから、人との接触は極力避け、分厚く長いローブを身にまとい姿を隠しているのだった。

 光り輝く湖の水で体を清め、さっとタオルで水気を拭きとり代えのある下着と上のシャツだけ身につける。
 黒いローブは見た目では分からなかったが思ったよりも汚れていてしっかりと洗ってしまったので、大量に水を吸い込み乾くのに時間がかかりそうだ。
 そのほかの服も洗い、近くの木に干すとザァァと葉を揺らし強い風が吹いた。
 この分だとさらしやズボンは1時間もあれば乾くだろう。

 涼しい風に気を許し身をうたれていると突然、パキッと枝が折れるような音がした。
 風で折れたようには思えないその音に違和感を感じ目を向けると……




「わあ、驚いた。やっぱり君って女の子だったんだね。」




 そう言いながらもさして驚いた様子を示していないいつもの飄々とした態度のキースが立っていた。

 私は決して気を抜いていた訳ではない。
 しっかりと魔力の気配に常に注意していたというのに気付かなかった。
 では、なぜか。
 それはこの男、キースには全く魔力が感じられないからだ。
 命ある全てのものには魔力が存在するというのに。
 私はこの場にキースが現れたことに混乱し、焦りや驚きよりも疑問しか浮かんでこなかった。

 しばらく沈黙が流れ、キースが思い出したように口を開いた。

「あ、安心して。水浴びを覗くなんていやらしいことはしてないから。ついさっき来たとこだよ。」

 裸を見られたわけではないのにどうして……
 はっと今の自分の姿を思い出す。
 さらしを巻いていない上1枚の服は強風で体に張り付きはっきりとそのラインを浮き出させていた。
 濡れたままなのもかまわず、ローブをひっつかみ急いではおった。

 何を言われるのだろう。
 女だとばれた後の事は悪い未来しか想像できずいつも考えないようにしていた。
 身を強張らせて次の彼の言葉を待つ。

「じゃましてごめんね。ちょっと気になったから確認したくなってね。じゃあ、また明日、おやすみ。」

 何事もなかったようにキースは踵を返す。
 何気ない世間話をした友人と別れるように自然に。
 呆気にとられて彼の後ろ姿を見ていたが、急に焦りを感じ始めた。

 見られた?
 女だと気づかれた?
 ウィルとジェラールにばらされる?
 ……エルザに知られる?

 そんな考えで頭がいっぱいになり、去っていくキースの手を慌てて掴んだ。
 彼は急に掴まれたことに驚いたのか勢いよく振り返り立ち止まる。


 “誰にも言わないで”


 震える手で書き綴る。

 “ウィルにもジェラールさんにも……エルザにも”

 知られてしまったらもう一緒にはいられない。
 絶対に、絶対に知られたくない。
 すがるように訴える。
 キースはそれを見て、意外そうに顔をしかめる。

「エルザにもか……。うん、黙っててあげてもいいよ。でも、1つ条件。」

 少し考えるようにしてから、キースは私に笑顔である取引をしかけてきた。



「俺に君を抱きしめさせてくれないかい?」




しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります

せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。  読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。 「私は君を愛することはないだろう。  しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。  これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」  結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。  この人は何を言っているのかしら?  そんなことは言われなくても分かっている。  私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。  私も貴方を愛さない……  侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。  そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。  記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。  この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。  それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。  そんな私は初夜を迎えることになる。  その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……    よくある記憶喪失の話です。  誤字脱字、申し訳ありません。  ご都合主義です。  

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。

112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。 エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。 庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

処理中です...