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第1章
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しおりを挟む元の場所に戻ると、そこは1体も残らずにスライムが駆除されていた。
キースだけでなく、ジェラールの戦闘力も相当なもののようだった。
私もスライムと戦いながら、彼の戦闘を見ていたがかなり切れの良い動きでスライムを次々と切り捨てていっていた。
スライムが相手では彼は役不足のようで本当の実力は今回では測りきれないだろう。
3人ともどこにも怪我なく無事なことにほっとした。
しかし、敵を撃退したはずなのにその空気はどことなく重い。
ジェラールはいつもの読めない笑顔を、キースもいつも通りの面白そうな顔を、そしてエルザは申し訳なさそうな少し困った顔をしていた。
「ごめんなさい、リュカ。あなたが魔法を使えないことをばらしちゃったわね。」
「今あったことを説明してもらってもいいかい?」
キースはこちらにさも選択権があるような風をよそおって尋ねてくるが、その表情、口調は有無を言わせぬもののようだ。
彼はほぼ起こったことを確信しているようだし、隠しても仕方がない。
私たちはキース、そしてウィルとジェラールに事情の説明を始めることにした。
「実は、リュカは言葉を話すことができないの。魔法のトリガーとなるのは声に出すこと、言霊だっていうでしょ。それができないから使えないみたいなの。」
さすがにスライムの残骸だらけの場所に長居する気は起きなかったので場所を移す。
全員が一息ついたところでエルザがそう切り出した。
「それだけのことで魔法が使えなくなるとは知らなかった。確かに技の発動時にはその技名を言っているな。生まれつき声が出ないということか?いつもはどうやって会話してるんだ?」
ウィルが矢継ぎ早に質問をしてきてエルザはどれから話そうかと返答を遅らせていたので、代わりに私が答えることとした。
“ううん。多分小さい頃は喋れてたんだと思うんだけど、僕その時の記憶があんまりないんだよね。あ、エルザとはいつもこうやって紙に書いて会話してるんだ。”
口で説明するよりもこうやって実際にやって見せる方が早い。
あ、どっちにしても私は口に出せないんだけどね。
私の過去はエルザにもガブリエルにも記憶喪失ということにしていて話していない。
お世話になっているのに、ともに旅をしているのに話していないのは騙しているようで申しわけないけれど、エリザベートだったころの私は死んだのだ。
今は、この薬売りで男のリュカでしかない。
エリザベートとして、女として生きるつもりは毛頭ない。
「そうか。それは大変だっただろうな。あ、そういえば、だったら俺が聞いたリュカの声は何だったんだ?」
そうだった!
ウィルには他の人にはないほど多く腹話術を使用していたんだった。
どうしよう。
エルザを見ると彼女も困ったように言い淀んでいる。
まったく、人の口だと思って好き勝手に言うからこんなことになるんだ。
さすがにあの言葉を自分で言っていたのがばれるのはエルザも恥ずかしいようだ。
エルザはこれに懲りてもう私の口で変なことは言わなくなるといいけど。
「ええと……それは……」
「エルザさんがリュカさんの代わりに喋っていたのでしょう?先程の様にリュカさんが紙に書いたのを読むなどして。」
歯切れの悪いエルザに痺れを切らしたのかジェラールが代わりにそう言った。
彼は私たちが気付かなかっただけでずっとウィルのそばにいたようだからばれていても不思議はなかった。
でもそっちの方向に考えるの!?
彼が本当にそう思っているのか、この場を円満に抑えようとそう言っているのか。
どちらにしても私にダメージが来るだけだ。
エルザはほっとした表情をして否定も肯定もしなかった。
まあ、もともとそう思われてたし良いけどね。
「は?エルザが喋っていた?どういうことだ?」
こういうこと。とエルザは私の後ろに回り込み、腹話術をし始めた。
「『俺はリュカ。これからよろしくな。』……みたいな感じで、リュカが話してる風に見えるようにしていたのよ。」
「ふーん、なかなかうまいね。良い技を持っているじゃないか。」
エルザの腹話術に呆気にとられているウィルの一方、キースは感心したように私の後ろにいるエルザににやりとした笑みを浮かべる。
この様子だとキースも面白がって腹話術を使ってきそうだ。
「でも俺はリュカが喋らないのはてっきり……」
と、何かを言いかけて視線をエルザから私に移したキースは言いとどまった。
「てっきり、どうしたの?」
「……いや、なんでもないよ。さて、随分と足止めを食らっちゃたけど今日はもうちょっとだけ進もうか。」
すぐに私から視線を外し、少し何か考えるようにしてから立ち上がった。
私たちに背を向けたキースの口角がわずかに上がっていたことに私は気付く由もなかった。
「お前、魔法が使えないんだよな?最初のころはスライムと戦えていたみたいだがどうやっていたんだ?」
キースはこの道を何度か歩きで通ったことがあるらしく夜を越すのにちょうどいい場所があるということで移動しているときにウィルが話しかけてきた。
彼とこの様に1対1で話すのは初めてだ。
今までは、声を出せないのを隠していたわけで絶対にそのような状況にならないように注意していたからだとも思うが。
“魔剣っていって、魔石からの魔力をまとわせる事が出来る剣を使ってたんだ。これを使えばただの物理攻撃じゃなくなるからスライムにも攻撃できるんだよ。”
普段から筆談している私としては歩きながら文字を書くことも容易い。
そう書き綴ったものをウィルが読んだのを確認すると、自分の腰に差している剣を見せる。
魔剣自体はそう珍しくもないものだが、魔法が使える人たちにとっては馴染みの薄いものなので、ウィルは疑問に思っていたようだ。
「ふん、そんな武器があるのか。魔法が使えないのに工夫して戦っているなんて大したものだな。」
相変わらずの上から目線な態度だ。
きっと魔法が使えない私の事を見下しているのだろう。
でも、当然のことだ。
決闘の際はなぜか魔法を使わなかったウィルにも剣術と組み合わせて使われたら私など取るに足らない存在なのだから。
私は何も言えずに下を向いた。
「なんだ?褒められるのが不満なのか?俺はお前の剣術もその戦い方も尊敬しているというのに。」
え?
その言葉に、一瞬耳を疑った。
今、尊敬してるって言った?
俯いていた顔を上げ彼の顔を見ると決して見下したような目はしておらず、逆にキラキラとした期待を込めた目をしていた。
まるで少年が屈強な兵士を見るような。
ウィルがそのような態度をとるなんてかけらも想像していなかったのでただただ意外でつい思っていたことを伝えてしまった。
“魔法を使えないこと、馬鹿にされると思ってた。”
「は?馬鹿にするはずがないだろう。人には得手不得手というものが存在するんだ。俺は魔法が得意だが、お前は剣術が得意。それでいいんじゃないか?」
突然冷水をかけられたように衝撃を受け、はっとした。
私は誤解していた。
ウィルが弱者を見下して生きているような、そういう人間に思っていたのだ。
相手の事を知ろうともしないで勝手に決め付けるなんて、愚かな人間のすることだ。
それに、ウィルは私の事が嫌いなはずなのにそんな相手の優れたところまで認めるとはなんて出来た人ではないか。
私は自分が恥ずかしく、ウィルに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
“ごめんなさい。それに、助けてくれてありがとう。僕のこと嫌いなんじゃないの?”
「何を謝っているのか分からないが……。俺がお前を嫌っている?何を言っているんだ。正々堂々と戦った決闘で負けたんだ。お前は俺が男として認めている数少ない奴の中の一人だぞ。嫌っているわけないじゃないか。エルザとの恋のライバルだと思っているからな。」
闘争心に燃えているといったような目をしてそんなことを言ってのける。
そういえば、その誤解も解いていなかったっけ。
でも、勝手に言ったらエルザに怒られそうだな。
などと考えていたが、本当はウィルに嫌われているわけではなく認められていることが心の底から嬉しかったんだと思う。
人知れず口角が上がる。
そして、このライバルという関係をこのままもう少しだけ続けたいと思いしばらくは黙ったままでいることにした。
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