【完結】私は薬売り(男)として生きていくことにしました

雫まりも

文字の大きさ
上 下
17 / 103
第1章

17

しおりを挟む


 

 元の場所に戻ると、そこは1体も残らずにスライムが駆除されていた。
 キースだけでなく、ジェラールの戦闘力も相当なもののようだった。
 私もスライムと戦いながら、彼の戦闘を見ていたがかなり切れの良い動きでスライムを次々と切り捨てていっていた。
 スライムが相手では彼は役不足のようで本当の実力は今回では測りきれないだろう。

 3人ともどこにも怪我なく無事なことにほっとした。
 しかし、敵を撃退したはずなのにその空気はどことなく重い。
 ジェラールはいつもの読めない笑顔を、キースもいつも通りの面白そうな顔を、そしてエルザは申し訳なさそうな少し困った顔をしていた。

「ごめんなさい、リュカ。あなたが魔法を使えないことをばらしちゃったわね。」

「今あったことを説明してもらってもいいかい?」

 キースはこちらにさも選択権があるような風をよそおって尋ねてくるが、その表情、口調は有無を言わせぬもののようだ。
 彼はほぼ起こったことを確信しているようだし、隠しても仕方がない。
 私たちはキース、そしてウィルとジェラールに事情の説明を始めることにした。





「実は、リュカは言葉を話すことができないの。魔法のトリガーとなるのは声に出すこと、言霊だっていうでしょ。それができないから使えないみたいなの。」

 さすがにスライムの残骸だらけの場所に長居する気は起きなかったので場所を移す。
 全員が一息ついたところでエルザがそう切り出した。

「それだけのことで魔法が使えなくなるとは知らなかった。確かに技の発動時にはその技名を言っているな。生まれつき声が出ないということか?いつもはどうやって会話してるんだ?」

 ウィルが矢継ぎ早に質問をしてきてエルザはどれから話そうかと返答を遅らせていたので、代わりに私が答えることとした。

 “ううん。多分小さい頃は喋れてたんだと思うんだけど、僕その時の記憶があんまりないんだよね。あ、エルザとはいつもこうやって紙に書いて会話してるんだ。”

 口で説明するよりもこうやって実際にやって見せる方が早い。
 あ、どっちにしても私は口に出せないんだけどね。
 私の過去はエルザにもガブリエルにも記憶喪失ということにしていて話していない。
 お世話になっているのに、ともに旅をしているのに話していないのは騙しているようで申しわけないけれど、エリザベートだったころの私は死んだのだ。
 今は、この薬売りで男のリュカでしかない。
 エリザベートとして、女として生きるつもりは毛頭ない。

「そうか。それは大変だっただろうな。あ、そういえば、だったら俺が聞いたリュカの声は何だったんだ?」

 そうだった!
 ウィルには他の人にはないほど多く腹話術を使用していたんだった。
 どうしよう。
 エルザを見ると彼女も困ったように言い淀んでいる。
 まったく、人の口だと思って好き勝手に言うからこんなことになるんだ。
 さすがにあの言葉を自分で言っていたのがばれるのはエルザも恥ずかしいようだ。
 エルザはこれに懲りてもう私の口で変なことは言わなくなるといいけど。

「ええと……それは……」

「エルザさんがリュカさんの代わりに喋っていたのでしょう?先程の様にリュカさんが紙に書いたのを読むなどして。」

 歯切れの悪いエルザに痺れを切らしたのかジェラールが代わりにそう言った。
 彼は私たちが気付かなかっただけでずっとウィルのそばにいたようだからばれていても不思議はなかった。
 でもそっちの方向に考えるの!?
 彼が本当にそう思っているのか、この場を円満に抑えようとそう言っているのか。
 どちらにしても私にダメージが来るだけだ。
 エルザはほっとした表情をして否定も肯定もしなかった。
 まあ、もともとそう思われてたし良いけどね。

「は?エルザが喋っていた?どういうことだ?」

 こういうこと。とエルザは私の後ろに回り込み、腹話術をし始めた。

「『俺はリュカ。これからよろしくな。』……みたいな感じで、リュカが話してる風に見えるようにしていたのよ。」

「ふーん、なかなかうまいね。良い技を持っているじゃないか。」

 エルザの腹話術に呆気にとられているウィルの一方、キースは感心したように私の後ろにいるエルザににやりとした笑みを浮かべる。
 この様子だとキースも面白がって腹話術を使ってきそうだ。

「でも俺はリュカが喋らないのはてっきり……」

 と、何かを言いかけて視線をエルザから私に移したキースは言いとどまった。

「てっきり、どうしたの?」

「……いや、なんでもないよ。さて、随分と足止めを食らっちゃたけど今日はもうちょっとだけ進もうか。」

 すぐに私から視線を外し、少し何か考えるようにしてから立ち上がった。
 私たちに背を向けたキースの口角がわずかに上がっていたことに私は気付く由もなかった。






「お前、魔法が使えないんだよな?最初のころはスライムと戦えていたみたいだがどうやっていたんだ?」

 キースはこの道を何度か歩きで通ったことがあるらしく夜を越すのにちょうどいい場所があるということで移動しているときにウィルが話しかけてきた。
 彼とこの様に1対1で話すのは初めてだ。
 今までは、声を出せないのを隠していたわけで絶対にそのような状況にならないように注意していたからだとも思うが。

 “魔剣っていって、魔石からの魔力をまとわせる事が出来る剣を使ってたんだ。これを使えばただの物理攻撃じゃなくなるからスライムにも攻撃できるんだよ。”

 普段から筆談している私としては歩きながら文字を書くことも容易い。
 そう書き綴ったものをウィルが読んだのを確認すると、自分の腰に差している剣を見せる。
 魔剣自体はそう珍しくもないものだが、魔法が使える人たちにとっては馴染みの薄いものなので、ウィルは疑問に思っていたようだ。

「ふん、そんな武器があるのか。魔法が使えないのに工夫して戦っているなんて大したものだな。」

 相変わらずの上から目線な態度だ。
 きっと魔法が使えない私の事を見下しているのだろう。
 でも、当然のことだ。
 決闘の際はなぜか魔法を使わなかったウィルにも剣術と組み合わせて使われたら私など取るに足らない存在なのだから。
 私は何も言えずに下を向いた。

「なんだ?褒められるのが不満なのか?俺はお前の剣術もその戦い方も尊敬しているというのに。」

 え?
 その言葉に、一瞬耳を疑った。
 今、尊敬してるって言った?
 俯いていた顔を上げ彼の顔を見ると決して見下したような目はしておらず、逆にキラキラとした期待を込めた目をしていた。
 まるで少年が屈強な兵士を見るような。
 ウィルがそのような態度をとるなんてかけらも想像していなかったのでただただ意外でつい思っていたことを伝えてしまった。

 “魔法を使えないこと、馬鹿にされると思ってた。”

「は?馬鹿にするはずがないだろう。人には得手不得手というものが存在するんだ。俺は魔法が得意だが、お前は剣術が得意。それでいいんじゃないか?」

 突然冷水をかけられたように衝撃を受け、はっとした。
 私は誤解していた。
 ウィルが弱者を見下して生きているような、そういう人間に思っていたのだ。
 相手の事を知ろうともしないで勝手に決め付けるなんて、愚かな人間のすることだ。
 それに、ウィルは私の事が嫌いなはずなのにそんな相手の優れたところまで認めるとはなんて出来た人ではないか。
 私は自分が恥ずかしく、ウィルに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 “ごめんなさい。それに、助けてくれてありがとう。僕のこと嫌いなんじゃないの?”

「何を謝っているのか分からないが……。俺がお前を嫌っている?何を言っているんだ。正々堂々と戦った決闘で負けたんだ。お前は俺が男として認めている数少ない奴の中の一人だぞ。嫌っているわけないじゃないか。エルザとの恋のライバルだと思っているからな。」

 闘争心に燃えているといったような目をしてそんなことを言ってのける。
 そういえば、その誤解も解いていなかったっけ。
 でも、勝手に言ったらエルザに怒られそうだな。

 などと考えていたが、本当はウィルに嫌われているわけではなく認められていることが心の底から嬉しかったんだと思う。
 人知れず口角が上がる。
 そして、このライバルという関係をこのままもう少しだけ続けたいと思いしばらくは黙ったままでいることにした。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろうでも公開しています。 2025年1月18日、内容を一部修正しました。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

処理中です...