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第1章

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「ごめんごめん。そんなに怒らないでよ」

 と、全く悪びれる様子もなくキースは詫びを入れる。
 私はそれを無視して荷物を持って立ち上がり無言で出発を促した。
 じゃあ、そろそろ行こうか。とキース達も動き始めるのを見て先頭を歩き出す。

 キース達には、私は同性であるキースに女のように扱われからかわれたことに気を損ねたように映っているだろう。
 しかし、内心は……

 ただただ、とてつもなく動揺しているだけであった。

 長い距離を全力疾走した時のように心臓は速く拍動し、普段は白くとても健康そうには見えない顔も赤く火照っているだろう。
 そんな様子を知られないために、わざとぶっきらぼうな態度を、誰にも顔を見せないような行動を取る余裕しかなかった。
 男として生きていくと決めてからはもちろん、女として生きていた幼少期でさえもこんな場面に出くわしたことはない。
 全く経験がないから耐性がないのだ。
 だから、焦ってしまってもしょうがないじゃないか。

 せっかくはさんだ休憩は、休まるどころか余計に疲れた。
 主に精神的に。



 しばらく、そのまま私を先頭として進んでいた。
 私の動揺もほとんどおさまったところで、1度も振り返ってみる。

「あ、機嫌なおしてくれた?」

 キースは面白そうにそう言った。
 全く反省していないその態度に呆れているとエルザが口を挟んだ。

「いい加減機嫌なおしてちょうだい。リュカ、歩くの速すぎよ」

 そう文句を言うエルザは疲れを見せていた。
 気持ちを落ち着けようと歩いていて、自然と足が速くなっていたようだ。
 それに、今の配列はあまり得策とは言えないものだった。
 自分勝手な行動だったと反省しつつ、最初と同じようにエルザと並ぶように歩く。

「そんなに嫌がると思わなかったし、エルザは君の彼女だから手を出したらまずいと思ったんだ。ちょうど君が手頃なところにいたからほんの出来心でついね。ほんと、ごめんね」

 そんなことを考えていたのか。
 彼なりに気を遣ってくれていたなんて。
 私達の嘘も原因の1つだと分かり、後ろめたさを感じる。
 でも、そこまで考えてくれていたなら私にもやらなくて良かったんですけどね。

 私は別に怒っているわけでも、機嫌を損ねているわけではなかったのだが、そう勘違いさせるように振る舞っていたのも事実。
 だから、許しているという態度を示すように大きく頷いた。

「わあ、良かった、許してくれて。依頼者と悪い関係で過ごしたくないし、終わりたくもなかったからね。でも、ああやったら喋ってくれるかもと思ったんだけど。やっぱり君って無口だね」

 やはり、キースは許すまじ。
 再びキースを睨むと、また楽しそうに笑い出した。
 和やかな空気が流れる。


 ぴしっ。
 その空気が一瞬で緊張の走ったものに変わった。
 少し先に大量の魔物の気配。
 こちらに大群が近づいているようだった。
 全員がそれに気づき警戒を強める。
 私も剣を抜き襲撃に備えて準備をする。

 そして、現れたのは…………スライムの大群であった。

 スライムは弱小の部類に入る魔物である。
 並の冒険者ならほぼ一撃で倒すことができ、Dランクの冒険者が初めて戦う魔物になることが多い。
 しかし、その攻撃は遅いものの酸を浴びせるものなどもあり、死亡するまでの要因になることはないが決して侮ってはいけない敵である。

 そして、今回の群れは…………今まで見たこともないような数のものであった。
 普通、多くとも50~100体ほどで群れを成しているスライムだが、この群れは200……いや、300体はいるのではないだろうか。
 群れの終わりが見えない。
 これだけ多いと避けては通れない。
 だから、とにかく……

「各自攻撃でスライムを撃退!!」

 倒して倒して倒しまくるのみだ。
 キースの掛け声で私は群れの中へ飛び込んだ。
 ウィルとジェラールもそれに続く。
 キースはエルザを守りつつ攻撃しているようだ。
 魔法が使えれば結界やシールドを張るのは容易い。
 私よりもエルザを守ることには優れているのは分かっているので任せることにした。

 私たちはとにかく攻撃される前に1体ずつ確実に倒していった。
 しかし、私が30体くらい倒したころだろうか。
 剣に何か違和感を感じる。
 いつもより重いような……
 すると、急に私の手の中で震えだし……

 ーーーーパリィィン

 剣の柄に嵌めこまれていた魔石が、まばゆい光とともに砕け散った。




 スライムは弱小の魔物であるが、1つだけ何にも勝る性質がある。
 ある意味ドラゴンよりも強い。
 それは……物理的なもののみの攻撃では、一切のダメージを与えられないという性質だ。
 魔法攻撃であれば簡単な術式で低魔力であっても倒すことができる。
 剣士の場合でも、剣にほんのわずかな魔力をまとわせる魔法を使えば何の問題もなく攻撃できる。
 私も先ほどまではそうやって戦っていた。
 魔力をまとった魔剣を使って。

 しかし、私のそれは一般的な方法とは違う。
 普通は、自分の魔力を魔法で剣にのせて使う簡単な技を用いるのだが、私は魔法を使えない。
 だから、魔力をためられた魔石を使っていたのだが……

 魔石にためられていた魔力を使い果たし、今壊れてしまったようだ。

 みんなが何事かと光の源となる私の方向を向いた。
 エルザだけが私の状況に気付いたようだった。

「きゃああ。あの子、魔法が使えないのよ!!誰か助けて!!」

 私は今や無力だ。
 何の役にも立てない足手まとい。
 ならせめて、おとりくらいにはなれるだろうか。
 群れの中に飛び込んで戦っていたので私の周りには大量のスライムがいる。
 数個体の集団を引き連れてみんなからなるべく遠い所へと離れていった。




 20体くらいが私についてきてくれたのだろうか。
 酸や触手の攻撃を避けつつ、大分離れたところまで来た。
 この辺で適当にまいて逃げよう。
 そう思い前方を確認するとそこは行き止まりだった。
 逃げ道をふさがれるように周りをスライムに囲まれる。

 まいったな。
 こうなったら少しくらいの怪我は覚悟して道を開かなければどうしようもない。
 もはやスライムにとっては何の意味もなさない剣を振りながらスライムに突進する。
 攻撃をしても水を切るような感覚でやはり手ごたえは全く感じない。
 少し変形したスライムが酸攻撃のモーションに入る。
 避けてしまうとせっかく切り開いた道に進めなくなってしまうためそのまま走り抜ける。
 予想される痛みに体をこわばらせたその瞬間……

「《ウォーターレイン》!!」

 その声が響くと同時に水の矢のようなものが全てのスライムを攻撃した。
 辺りには、スライムだったものの残骸が散らばっている。
 そして、その前には1人の男性が立っていた。

「リュカ、無事だったか?もう大丈夫だ。」

 そこには不敵な笑みを浮かべたウィルがいた。
 その姿にあの夜助けてくれたあの人、ガブリエルの姿が重なる。
 そして私は無意識にも彼に底知れぬ安心感を感じていたのだった。






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