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第3章
エピローグ
しおりを挟む「魔法は三つの要素によって成り立っている。一つ目は原料となる魔力。二つ目は手段となる術式。三つ目は引き金となる言霊だ。この中のどれか一つでも欠ければ、魔法を発動することはできない。だから、今のうちからしっかりと勉強しなければいけないよ………って聞いてる!?」
机と椅子が並べられた教室で教鞭を執っていたコンドラッドは悲壮な声を出した。
席に座るのは十人程度の子供達。
だが、机に伏せて寝ていたり、別のことに夢中になっていたり、あろうことか教室の中を走り回っている子供さえいた。
誰一人として、教壇に立つコンドラッドに話を聞いていなかった。
「だってー、先生のはなしはいつも長いんだもん。それに難しくてよくわかんないよー」
「もっと楽しいおはなししてよ!」
子供達はコンドラッドに向かってそんな風に文句を言ってくる。
それも仕方のないことだろう。
ここにいるのは皆、十歳に満たないような子供達なのだから。
コンドラッドは王都の孤児院の子供達の教師役になってほしいと頼まれた時は、二つ返事で受け入れたがこんなに苦労するものだとは思っていなかった。
引き受けたことを後悔しそうであった。
コンドラッドは子供の頃から優秀であったため、理解できないということが理解できず、子供に分かりやすく教えるということが苦手だった。
「あら、みんなちゃんと勉強しないと駄目じゃない。でも、それじゃあ今日はこの本を読んでみましょうかしら」
「エルザ………」
コンドラッドがやんちゃな子供達に途方に暮れかかった頃、扉から一冊の本を持ったエルザが教室へと入ってきた。
エルザの姿を見たコンドラッドは縋るような声を出す。
そんな情けないコンドラッドの様子に呆れながらも、エルザは教壇ではなく子供達の机の開いていた席の一つに座り、本を開いた。
子供達はその周りを取り囲み、本をのぞき込んだ。
「エルザお姉ちゃん、それなんのご本?」
「これはね、『おわりの物語』っていって、悪魔に乗っ取られた国に本当の平和をもたらすまでのお話よ」
「私、知ってる!赤い髪の王子様と声を失った女の子のお話でしょ。その二人が愛を紡いでいくっていう恋愛のお話」
子供達の中でも比較的年上の女の子が手を上げてそう言った。
女の子というものは幼い頃から、こういった恋愛話が好きなのだろう。
「あら、読んでくれたのね」
「うん。悪魔と戦っていくうちにお互いのこと好きになっていくんだけど、最後、王子様が悪魔にやられて死んじゃって………えっと、どうなるんだっけ?」
「最後は女の子が声を出して想いを伝えて“奇跡の力”で王子様が息を吹き返す大団円。素敵な話だろう?さて、今日の授業はこれくらいにしたらどうだい。シスターからおやつのマフィンが焼き上がったから、みんなを呼んできてっていわれてさ」
「お、そうなのか。よし、みんな、今日の授業はここまでだ。おやつを食べに行っておいで」
教室に新たに一人の青年がそう言いながら入ってきた。
それを聞きコンドラッドが授業を終わりにすると、おやつと聞いた子供達は一斉に教室を飛び出していった。
「いやあ、元気だね、子供達は」
「まあね、こっちは繰り回されっぱなしだけど。キース、久しぶり。長旅だっただろうに元気そうで何よりだ」
コンドラッドにそう呼ばれた青年、キースはローブのフードを脱いだ。
その顔は傷一つなく、疲れも見えない。
コンドラッド達がキースのそんな姿に安心していると、その後ろから一人の少年が顔を出した。
「ご無沙汰してます。こんにちは」
「ヒース!また一段と大きくなったわね」
エルザは現れた少年、ヒースの横に立つと頭に手をかざした。
その身長はエルザと同じくらいだった。
「もう、あれから二年も経ちますからね。僕も成長しますよ」
「そうなんだよ。ヒースも成長して、俺のこと“兄さん”なんて呼ぶようになっちゃって。前はお兄ちゃんって呼んでくれたのにね」
「当たり前でしょ。僕だって、もういい歳なんだから」
ヒースはからかうようにそう言うキースをたしなめた。
キースには全然堪えてないようだが。
ヒースの言葉を適当に流したキースは机の上の本を手に取り、話題を変えるようにエルザに話しかけた。
「そうそう、君が書いたこの『おわりの物語』、俺も呼んだよ。なかなか上手く書けているとは思うけど、色々と脚色しすぎでしょ。あれじゃただの恋愛小説だよ。それに最後の終わり方、適当すぎやしないかい?」
「あら、良いじゃない。物語なんだから。それにあの子達の馴れ初めを皆に知ってもらいたいじゃない」
「うーん、そういうものなのかなあ………」
キースは納得したような、していないような微妙な表情をしていた。
恋愛色が強い物語は男性陣への受けはあまりよろしくないのかもしれない。
コンドラッドはそんなキースに援護するように、口を開いた。
「まあ、最後はエルザがよく分かってなかったからああいう終わり方になっただけなんだけどね。僕が何回説明しても分かってくれなくて」
「分かっているわよ。もう、何回も聞いたもの」
「いいや、君は全然わかってない。いいかい?あの時起こったことは二つ。蘇生魔法の発動、そしてそれを起こすための“乙女の力”の発動だ。エリザベートが声を出したことで魔法の発動条件である言霊を満たした。魔力も術式も元々彼女の中にあったからね。でも、蘇生魔法なんて本来はほとんど伝説の魔法で、理論が分かっていたとしても使えるはずがないものだった。そこに“奇跡の乙女”であるエリザベート自身の力が加わった。その乙女の力は相手を想えば想うほど強くなるといわれている。だからあの時、ウィリアムは生き還ることができたんだ」
コンドラッドはそう口を挟む間もないほどに流れるように説明した。
そんなコンドラッドにエルザはうんざりしながら、話半分で聞いている。
やっと話が途切れたところで、エルザはコンドラッドに反論した。
「でも、要するに奇跡の力ってことでしょ。子供達も読む物語なんだからそれくらい分かりやすい方が良いのよ。そんな風に頭が硬いから、コンドラッドは子供達に教えるのがへたなのね。そんなことより、私達も食堂に行きましょうよ」
コンドラッドは先ほども細かい知識まで説明しようとして、子供達に飽きられていた。
頭が良すぎるのも苦労するようだ。
エルザはまだ何か言いたげなコンドラッドを教室から押し出した。
そんな二人の掛け合いを、キースとヒースは面白そうに眺めて笑っていた。
四人で食堂へ向かう途中、孤児院の門に人影を認めた。
その人物は小さく会釈すると、エルザ達に近づいて来た。
「こんにちは。今日はお届け物があって参りました。おや、お久しぶりですね、キース。まさかあなたまでここにいるとは。王都に帰ってきていたんですね」
「やあ、ジェラール。俺に会えて嬉しいのかい?」
「いえ、まったく。ヒースの顔を見れたのは良かったですがね」
そんな風にキースに憎まれ口を叩いた青年、ジェラールはそれでも何処か楽しそうだった。
やっぱり、久しぶりの再会は嬉しいのかもしれない。
「明日はついにあの二人の結婚式だからね。二人の晴れ姿は見逃せないよ」
「ほんと、やっとって感じだわ。ここまで長かったわよね」
エルザがそう感慨深げに口にした。
それにつられるように皆、明日、神の目前で結ばれるとある男女のことを思い浮かべた。
皆一様に自然と頬に柔らかい笑みが浮かんでいた。
「そうでした。それもあって、私はここへ来たのでした。彼女から手紙を届けるようにお願いされまして」
ジェラールはそう言って懐から手紙を何通か取り出した。
エルザ、コンドラッド、キース、ヒースそれぞれに渡していく。
差出人には全てエリザベートの名があった。
「この国の風習で婚姻前にお世話になった人や大切な人に手紙を送るんですよ。未来の自分に宛てることもあるんだとか。あと二人分、手紙をお預かりしているんですが………」
「ああ、彼女だったらさっきシスターの手伝いをしていたから台所にいると思うわよ。彼は薬を売りに行っているけれど、もう少ししたら帰ってくると思うわ。私達今からお茶にするところだったの。ジェラールも二人を待ちながら、一緒にどうかしら?」
「そうですね。では、お言葉に甘えまして……」
懐かしい面々は揃って歩みを進めた。
その先からは子供達の楽しそうな声が溢れ出ていた。
差し込む日の光はあたたかい。
望み描いていた未来がそこにはあった。
今日も明日も世界は平和で満ち溢れている。
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