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第3章

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 暗く長い廊下を私達は走り続ける。
 このまま進んで良いのか。
 引き返した方がいいんじゃないか。
 後ろを振り向いて戻りたい気持ちは大きい。
 でも、それでも、私達は前へ、未来へ向かって駆けなければならない。
 その未来へ続く道を走る足音は三人。
 私、ウィリアム様、ヒースだ。

 最初は四人だった。
 ここにジェラールも加わっていた。
 だが、走り出してすぐにジェラールは立ち止まった。

「………すみません。俺も残ります」

 短く、私達にそう告げると踵を返した。
 その表情は迷いに満ちたものだったが、その足先は意を決したように躊躇うことなく真っ直ぐとキースの元へと向けていた。

「ジェラール!そっちは任せたぞ!行ってこい!」

 そんな突然のジェラールの行動をウィリアム様は止めることなく、檄を飛ばした。
 ウィリアム様の言葉を受けて、ジェラールの背中は心なしかしゃんと伸びたようにみえた。
 その力強い声に私も胸が高まるような、そんな力があるように感じた。

 恐らく、大きな魔力を必要とする召喚魔法陣はもうないだろう。
 悪魔のもとまでの道筋で出くわすとしても、魔術師や剣士といった人間になるだろう。
 私達だけでもなんとか戦える。
 だが、ジェラールがいてくれた方が何倍も危険度が下がるのは言うまでもない。
 正直なところ、悪魔のもとへたどり着くことも悪魔と戦うことに関してもぎりぎりだ。

 それでも、こちらは私達で何が何でも絶対に成功させる。
 させてみせる。
 未来は私達に託されたのだから。

 それに、キースだけがあの場に残っていたら足取りはもっと重いものだっただろう。
 キースとジェラール二人でなら大丈夫だと、そう思えた。
 だから、前に進むことを託された私達は振り返らずに走り続けた。

 しばらく進み続けていると、先導していたヒースがある扉の前で足を止めた。
 豪華な造りの扉はどことなく威圧感を放っているような気さえした。

「ここは兄上……第二王子クラレンスの部屋か」

 ウィリアム様が独り言のようにぽつりとこぼした声は、辛さを含んでいるようにも感じた。
 ここで眠っているはずの第二王子を襲撃する。
 この扉を開けば戦いが始まる。
 そのことを考えると、緊張で鼓動が速くなる。
 隣のウィリアム様もヒースも表情が険しい。

「開けるぞ」

 ウィリアム様が分厚い扉を押す。
 鍵は掛かっていなかったようで、ゆっくりと開いていく。
 だけど……….

「…………いないだと?」

 部屋の中からは何の気配も感じられないと思っていたが、やはりここには第二王子の姿はなかった。
 窓が開けたままになっていて、そこから風が吹き込みカーテンをばたばたと揺らしていた。

「僕らの計画が気づかれたというのか。だったら、何処に……」

 ヒースが呆然としたようにそうこぼす。
 時間はない。
 闇雲に探すわけにはいかなかった。
 王宮は広く見当をつけなければ夜が明けてしまう。
 ここに来て予想外の事態に、私達は頭を悩ませた。
 悪魔が、クラレンス様が行きそうな場所はどこだろうか……
 そう考えて、私はウィリアム様に問いかけた。

 “クラレンス様は、どんな方だったのですか?”

「そうだな……俺にとっては良い兄だったよ。俺は幼い頃、兄上には可愛がってもらった記憶しかない。優しく、努力家で尊敬する人だった。いつの頃からか、態度がよそよそしく変わってしまったんだが、今思うと悪魔のせいだったのかもしれないな」

 “そうなんですか………”

 私は考える情報になればと思い、クラレンス様について尋ねた。
 幼い頃に王宮で見かけたことはあるものの、実際クラレンス様のことはあまり知らなかった。
 きっとクラレンス様は優しいがゆえに心は繊細な人だったんだろう。
 だからこそ悪魔につけ込まれた。
 それにクラレンス様もウィリアム様の心の支えになっていた。
 それをなくすためにも悪魔はクラレンス様に接触したのかもしれない。

 そのとき、突然、さらに強い風が窓から一気に吹き込んだ。
 その風は机の上にあったノートをめくりあげる。
 ページがこすれる音に、思わず目を向ける。
 開かれたそれは日記のようだった。
 他人のプライベートをのぞき見るような行為ははばかれるが、私は引き寄せられるようにそこに書かれた内容を、綴られた思いを気づいたら読んでいた。
 そのノートに書かれていたものに、目を見張る。

 それは、そこには………悲しみや苦しみ、辛さ、憎悪といった負の感情のみがびっしりと書き込まれていたから。

 ―――――何で僕ばっかり。生きている意味なんてないのかもしれない。認められたい。僕を見て。愛されたい。比べないで。僕だって頑張っているのに。

 ―――――国王になりたい。兄上が邪魔だ。ウィリアムが邪魔だ。父上が邪魔だ。国王になるのはこの僕だ。

 ―――――僕は国王にならなければ。必ずならなければならない。邪魔者は全て消さなければ。兄上を、ウィリアムを、父上を……殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す…………

 最後の方は荒々しい文字でその言葉だけが殴り書かれていた。
 だけど、遡ってみると日記の最初の方は楽しかったことや嬉しかったことが綺麗な文字で綴られていた。
 クラレンス様はもともとは心優しい方だったのだろう。
 それなのに悪魔のせいで心を病んでしまった。
 悪魔はそれだけ残酷な生き物なのだ。

 “悪魔は人が最も嫌悪することをしようとするのですね。そして、そんな人の脆い部分を見つけるのが嫌なくらいに上手い……”

「ああ、そうだな。俺がエリザベートから離されたことも、俺にとっては一番の不幸だった。エリザベートだって悪魔に直接それをされたのだから、その残忍さは分かっているのだろうな」

 その通りだ。
 私はまんまと悪魔の策略にのってしまい、自殺までしようと思ってしまった。
 あの言葉を告げられた図書館にはもう二度と行きたくないというくらいに、心に爪痕を残している。
 そこまで考えて、私ははっとした。
 もしかして………

「図書館………」

 そう思っていたら、私が思っていたことと同じ事をウィリアム様が口にしていた。
 私はウィリアム様と顔を見合わせて大きく頷く。
 私達の様子でヒースも気が付いたみたいだった。

「人が最も嫌悪する、俺たちが最も忌避する場所、特にエリザベートが。そこは恐らく図書館だ」

 私にとってその場所は全てが終わりになった場所。
 そして、始まりにもなった場所。
 私達は目で確かめ合うと、そんな特別な場所へと一直線に走り出した。







 ――――誰もいなくなった部屋、再び風でノートがめくられる

 ――――――ごめんね

 開かれた最後のページには、そんな言葉が小さく綴られていた


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