92 / 103
第3章
88.
しおりを挟む方向が決まったとなればやることはいくらでも出てくる。
私は“奇跡の乙女”としての力を悪魔に対してもっとも効果的に使えるように色々と準備を進めた。
最終的に、キースが作った銃のような魔法道具で魔力を放出させるという方法になった。
私は来たるべき日に向けてその練習に明け暮れた。
時間はいくらあっても足りないくらいで、気づけばついにその日の朝がやって来ていた。
できることは全てやりきったはずだ。
不安だなんてそんなことを考えるのは時間の無駄だと思える。
やるべきことをやるだけだ。そう自分に言い聞かせていた。
「おはよう、皆!私とコンドラッドで作ってた強化服、渡していくわね!」
最終確認をしようとリビングに皆が集まり始めていたところに、最後にエルザとコンドラッドが勢いよく部屋に入ってくる。
その腕には綺麗に折りたたまれた服を抱えていた。
強化服は服に強化魔法をかけることで鎧と同じくらいの防御力を持つようになるものだ。
完成した服に強化魔法をかけることでも作ることが出来るのだが、それよりも服の作成過程で魔法をかけながら作っていく方がその力が高まるのだという。
だから、実は裁縫の得意だったエルザがコンドラッドと協力しながら作ってくれていた。
エルザ、そういえば昔はよく人形とか作ってたっけ。
「エリザベート、あなたはこれよ。あなたの服が私の一番の自信作なんだから!」
服を渡してくれたエルザは私のことをエリザベートと呼びかけた。
エルザはあの日から私のことをそう呼んでくれている。
そう呼ばれることに最初は違和感があったけど、エルザの方が少しも気にしてないように私の名前を口にしてくれたから、今はもう受け入れられるようになった。
私はエルザから受け取った服に目を落とした。
強化魔法のおかげもあるのか少しのほつれもない綺麗な仕上がりだ。
だけど、この服にはそれ以上に私の目を引くところがあった。
“エルザ、この服って……”
「ええ。自信作って言ったでしょ?ほら、早く着替えた着替えた!」
私が不安げにそう問いかけると、エルザはそれがどうした、というように満面の笑みでばちんと片目を瞑った。
そして私をリビングから引っ張ると私を私の部屋へと押し込んだのだった。
一人になった部屋で、腕の中にあったその服を広げてみた。
細部まで丁寧に作られていてエルザの頑張りが分かった。
きっと、私の事を思って作ってくれたんだろうな……
こういった服を着ることに抵抗はすごくあるし、怖さだってある。
でも、いつかは着てみたいと思っていた。
その一歩を踏み出すきっかけをエルザはくれた。
私はそう考えると、怖さを忘れてその服に袖を通していた。
***
服を着替えるだけにしては随分と時間をかけすぎた。
もう私以外の皆はリビングに戻っているみたいだった。
私は服を着替えたものの、この姿で皆の前に現れることにとても躊躇っていた。
だが、リビングの扉の前で立ち止まること数秒、私がドアノブに触れる前にその扉は反対側から開けられてしまった。
「あら、エリザベート。遅いから呼びに行こうとしていたところだったのよ。……やっぱり、そのデザインにして良かったわ。私、良い仕事したと思わない?」
扉を開いたのはエルザだった。
すぐ目の前にいた私に目を開いて驚いていたが、その顔はすぐに嬉しそうな顔に変わった。
弾むような声音でリビングにいた他の皆に問いかけると、私を勢いよく部屋へと引っ張り入れた。
中に入ってきた私に皆の視線が集まる。
動きやすいパンツスタイルに上はジャケットの様な服だけれど、その裾はふんわりと広がりフリルが付いている。
そして、服の所々には控えめながらもポイントとしてリボンや花の刺繍が施されている。
スカートではないけれど、そんな“女の子の服”を私は着ていた。
女の子の服を着るなんて家を飛び出した時以来だ。
久しぶりすぎて恥ずかしさもあったが、私がこんな服を着て良いのだろうかとか、こんな服を着ている私を見てどう思われるだろうかとか、そんなことがぐるぐると私の中を巡っていた。
「ああ、よく似合っている。とても可愛いよ、エリザベート」
そんな私のどうしようもない思考を吹き飛ばすような言葉が、声が聞こえてきた。
それも他ならぬウィリアム様から。
私は無意識にウィリアム様に視線を動かす。
だけど、私は彼にかけられた言葉を頭の中で反芻するだけで、何も考えることは出来なかった。
「ウィル、やるじゃない。あなたから一番にその言葉が聞けるなんてね。あなたのことだから、恥ずかしがって言わないかと思ったわ。ヘタレだし」
「ヘタレは余計だ。いや……本当に可愛いと思ったから。服も可愛らしいが、エリザベート自身が。それにこれからは全部、伝えられる時に伝えていこうと思っていたから……」
エルザにそう指摘されたウィリアム様は口に手を当てて、耳まで真っ赤にさせながら再びそんなことを言ってくれた。
そんな彼の様子を見ていて、私はやっとかけられた言葉の意味を理解して、ぼっと顔が熱くなった。
可愛いなんて……
そんなこと、誰からも一度も言われたことなかった。
初めて言われた。
それも、この世界の中で一番、言われたかった人から。
こんなに幸せなことはない。
あふれ出しそうなほどの気持ちと、どうしようもない恥ずかしい気持ちから、私は両手で熱をもった顔を覆った。
だけど、私もこのことだけはウィリアム様に伝えたかった。
“ウィリアム様、とてもかっこいいです……”
ガターン!!
突然、椅子に座っていたウィリアム様が椅子ごと後ろにひっくり返って大きな音が響いた。
そんな思ってもいなかった出来事に、私は恥ずかしさも忘れて慌ててウィリアム様に駆け寄った。
“どうしたんですか?ウィリアム様、大丈夫、ですか……?”
「ああ……大丈夫だ。何でもないから気にしないでくれ……」
顔を背けながらそう言ったウィリアム様に怪我はなさそうで安心した。
でも、何故だか赤い髪の隙間から覗いたその首は、その髪の色と同じくらい真っ赤に染まっていた。
そんな私たちの様子を見ていた他の皆は声を上げて笑っていた。
0
お気に入りに追加
450
あなたにおすすめの小説
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!
ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。
自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。
しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。
「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」
「は?」
母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。
「もう縁を切ろう」
「マリー」
家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。
義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。
対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。
「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」
都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。
「お兄様にお任せします」
実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる
kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。
いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。
実はこれは二回目人生だ。
回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。
彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。
そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。
その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯
そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。
※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※ 設定ゆるゆるです。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる