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第3章
87.
しおりを挟むヒースから想像も出来ないほどに衝撃的な事実を伝えられてから数日、私たちは思っていたよりものんびりと日々を過ごしていた。
決行が決まった新月の日まであと一月もないとはいえ時間が全く無いわけではない。
疲れを癒やす時間も必要だ。
まあ、ヒースは今日も連日のように行われているコンドラッドの質問攻めにあっているんだろうけど。
ヒースも自分が知っていることならなんでも教えたいと思っているみたいだから、無理しない程度に二人の気が済むまでやってもらおうということになった。
私はこの数日間でエルザとたくさん話をした。
普段のくだらないこととか、昔のこととか、出会った日のこととか、これからのこととか。
偽らない自分のありのままの姿でエルザと話せた。それが嬉しかった。今まで以上にエルザのことを本当の家族のように思えた。
キースとジェラールとも話をした。
ジェラールは私が女性だったことをあの時初めて知ったと言っていた。
というか、ジェラール以外は皆、私が男のふりをしてるって知っていたみたいだ。そのことを考えると恥ずかしすぎる。
ジェラールは突然そんな事実を知ったばかりだというのに、さすがは人に仕えていた人だからなのか、私の事を完全に女性として扱ってくれていた。
そんな態度に慣れなくて、私は戸惑ってばかりいたんだけど。
キースとはいつも通り他愛のない話をした。以前と少しも変わらないようなやり取りで。
思えば、キースには私の事がバレてしまっていたから偽りでない姿を出せていた。
キースは最初から偽っていない本当の私の事も受け入れてくれていた。
そのことに私は気が付いていなかっただけで、かなり心の支えになっていたと思う。
だけど、そのことをキースに言ったところで上手くはぐらかされてしまいそうだ。
だから、その代わりにキースとはいっぱい笑って話をした。
そんな平和なゆっくりとした時間が楽しかった。
「みんな、ある程度悪魔のことが分かってきたから一つ、作戦を立ててみたんだ。聞いてくれないかい?」
籠もって話し合いをしていたコンドラッドとヒースが部屋から出てきて、そう呼びかけた。
きっと、この二人は悪魔のことをこの世界で一番分かっている二人だ。
その二人が考えたものだから、反論するところはないだろう。
ついにこれからは、最終決戦に向けて動いていく。
全員でその日に向かって走って行く。
リビングに集まった全員を見渡すと、コンドラッドは話を始めた。
「決戦の日まであと2週間。今から準備すれば十分に間に合うと思う。それで、その方法なんだけど……」
コンドラッドは最終決戦となるだろうその日のことを一つ一つ真剣な面持ちで話し出した。
それに私たちが少しの修正を加えた後、話はまとまった。
まず新月の日、前回王都へ行った時にキースの家に設置してきた転移魔法陣を用いて全員で転移する。
そしてそのまま王都へと直行し、正面から派手に襲撃して注目を集める。
それを囮として、裏から侵入した他の仲間が第二王子、悪魔のもとへと奇襲をかける。
簡潔にまとめてみれば、そんなシンプルな作戦だった。
「いろいろと考えてみたんだけど、結局のところこの方法が最善だという結論になったんだ。大がかりな罠を仕掛けるような時間はもう残ってはいないし。その分、個人の力に頼るところが多くなるとは思うけど、みんななら大丈夫だよね?」
コンドラッドはそう問いかけはしたものの確信しているのがありありと感じられた。
当然、悪魔は自分の僅かでも弱点となるその日に警戒していないことはないだろう。決して楽な道ではない。
細かな計画を立てないということは、個人の戦闘力、判断力に頼るような無茶な作戦だ。
普通に考えれば無謀としか言いようがない。
それでも、この場にいる誰一人として無謀とは思っていなかった。
皆、一様に大きく頷いていた。
「ですが、悪魔のところへたどり着いたとしても奴の力は強力です。何か手はあるのですか?」
ジェラールがそう尋ねた。その問いはもっともだ。
パレードでの襲撃の際、あの魔法道具での攻撃は効かなかった。
同じことを繰り返しても意味がない。
コンドラッドはジェラールの言葉を受けると頷き、私の方へと強い視線を向けた。
「うん。悪魔は邪悪な強い力を持っている。それはどんな力にも勝るとも思える。実際に目にした君たちならよりいっそうそう思うだろう。でも、そんな悪魔にも一つだけ致命傷にもなり得る力があるんだ。それは、聖なる力。“奇跡の乙女”である君の力でなら、悪魔を消滅させることすら可能だと僕たちは考えている」
コンドラッドの言葉にヒースも頷き、私を見つめた。
「パレードの日、僕の中にまだ悪魔がいた時、あなたの光に触れどれだけあの悪魔が苦しんでいたか、僕には分かります。間接的な力でさえあの効果なのですから、十分な対策を行えばその力は悪魔を圧倒する莫大なものになるはずです」
“僕の力が……”
二人はそんな風に確信をもったようにそう断言した。
その言葉に私は目を見開く。
“奇跡の乙女”という存在がそれほどまでに力を持っていたということに。
私がそんな力を持っているかもしれないということに。
気づけば全員の視線が私へと集まっていた。
その眼差しには期待と不安が入り交じっているような色をしていた。
「それが本当ならそれ以上に良い手はないのだろうな……だが、それはリュカに大きな負担がかかる。だからリュカ、お前がどうしたいかで決めれば良いと俺は思う」
ウィリアム様は心配するように不安げな表情を私に向けた。
その不安は私の力を疑うようなものではなく、私に大きな責任を持つような役割をさせてしまうことを心配するようなものだった。
こんな時まで私の事を優先して考えてくれている。
周りの皆も、ウィリアム様の言葉に同意するように優しく微笑んだ。
………私は今まで本当の自分のことを知られてしまったら、この場所にはいられなくなるんだとそう思っていた。
そう思って、皆のことをずっと騙していた。
騙していることをとても申し訳なく思っていたけれど、それ以上に本当の自分のことが嫌いだったから。
でも、蓋を開けてみればそんなことはなんてことなかった。
そんな私のことをあっさりと受け入れてくれた。
それどころか本当の私を必要としてくれている。
だから、私はそれに応えたい。
きっと、昔の自分だったらそんなこと出来るはずがないと逃げ出していたと思う。
正直なところ、今だって出来るはずないと思う自分もいる。
でも、こんなこと一人だったら出来ないけれど………
“大丈夫、出来るよ。悪魔を倒すことが出来る。そんなこと一人だったら出来るはずないって思うけれど、一人じゃない。|私(・)には皆がいるって知ってるから。|私(・)の力で、|私(・)たちの力で悪魔を倒したい!”
私はしっかりと前を向いて皆の顔を見た。
自身がなくて俯きがちな私は捨てる。
顔を上げれば、こんなにも私のことを思ってくれる人達がいる。
|私(・)には仲間がいる。
リュカとしての私はここまでだ。
これからは本当の私として皆と向き合っていきたい。
私は|私(・)として生きていくことにした。
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