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第2章
閑話3.無知な姉の気がかり(1)
しおりを挟む腰まである長い髪を念入りに梳かしてから結い上げる。
他国から特別に取り寄せたおしろいに希少な花から作られた紅をつける。
ドレスは国一番の職人に作らせた私だけのデザイン。
コルセットをつけてからそのお気に入りのドレスを着込んだ。
大きな宝石がキラキラと光り輝くネックレスに、繊細で複雑な造りの金の髪飾りをつけてっと。
これで準備は完了ね。
大好きなあの方にお会いするんだから、少しでも綺麗になる努力は怠らないわ。
だから、私の身支度をするメイド達にはちゃんと働いてもらわないといけないわね。
前のメイドよりも今の化粧係のメイドの方が腕がいいから、変えて良かったわ。
そういえば、次の舞踏会に着ていく新しいドレスをまだ作っていなかったわ。
間に合うように早く作らせないと。
アクセサリーももっと人目を引くような豪華で素晴らしい物を手に入れないと。
だって、私はあの方の婚約者で、あの方の妻になる者ですもの。
準備資金も好きなだけ使って良いと仰って下さったし。
あの方に恥じないためにも、私は美しくあるべきだもの。
鏡の前でくるりと回って今日の私を確認する。
うん。今日も可愛いわ。
これであの方に会いにいける。早く会いたいわ。
私は浮き立つ気分で足早にそれでいてしとやかに食卓へと向かった。
「おはよう、レイラ」
「おはようございます、クラレンス様」
ドアを開き中へ入ると私の大好きなあの方、この国の第二王子であるクラレンス様はすでに席に着いていて、私に優雅な笑みを向けて下さった。
彼のその笑みに、私も自然と頬が上がる。
一礼してから部屋へと入り、使用人に引かれた椅子に座ると、ちょうど朝食が運ばれてくるところだった。
ここは王宮のとある一室。
王家の者が食事をとる場所。
私は毎朝、クラレンス様と一緒に食事を取ることになっている。
私がクラレンス様の婚約者だから。
正式な婚姻前であるのに私が王宮に移り住んでいるのは、私が王家の者になるための勉強のためだった。
勉強は大変だけれども、クラレンス様と一つ屋根の下だって考えると、夜も眠れなくなっちゃいそうなくらいに嬉しい。
そんなことを考えて朝食を食べていると、クラレンス様が私に話しかけて下さった。
「レイラ、今日は何をする予定なんだい?」
「今日はお勉強の後、教会の孤児院の子供達にお菓子を渡しにいく予定ですわ」
「そうか、それは良いことだね」
「はい。クラレンス様もお仕事頑張って下さいね」
「ああ、ありがとう。さっそく、今日もこれから会議なんだ。先に行かせてもらうよ」
朝食を食べ終わったクラレンス様は私に一言そう断ると、忙しそうに部屋を後にした。
私もその背中に行ってらっしゃいませ、と伝える。
私はそのまま、一人になった食卓で、一人では広すぎるその部屋で食事を続けた。
***
「あ!お姉ちゃんだ!!一緒に遊ぼー!」
「僕が先に遊ぶんだー!」
「違うよー!私とだよ!」
街に降りて馴染みの孤児院へ行くと、私の近くにわらわらと子供達が集まってきた。
最初はこんな風に近寄ってきてくれないくらいで仲良くもなれなかったけど、何度も通っているうちに子供達も心を開いてくれたみたい。
「久しぶりね、みんな。良い子にしてたかしら。喧嘩しないで全員で一緒に遊びましょうよ」
「「わーい!!」」
私が皆に向かってそう言うと、さっきまで喧嘩しそうになっていた子供達も一緒になって嬉しそうに飛び跳ねた。
私の手を引いてそのまま外へと連れ出す。
ここに来たら私はいつも子供達に混ざって一緒に遊ぶ。
おままごとや人形遊びからかくれんぼ、おいかけっこまで。
屋敷ではしたことのない遊びは私にとっても珍しくてやってみたら結構楽しい。
私も子供達と一緒になって笑っていた。
「そろそろおやつの時間にしましょう。今日はレイラ様が持ってきて下さったくるみのクッキーですよー!」
遊び疲れてへとへとになっていたら、ちょうどタイミングのいいところにシスターが私たちにそう声を掛けてくれた。
子供達は疲れを知らないというように、おやつという言葉を聞くと喜びながら一斉に建物の中へと駆けていった。
転んで泣きそうになっていた子も、遊びで負けていじけていた子もみんな。
ほんと、子供っていうのは単純なものね。
純粋で正直で、どうしようもなく可愛らしい。
そして、それ故に認められない人間に対しては残酷なほどに無慈悲だ。
それは以前の私に対しても例外ではなく。
私が今みたいにこの子達に受け入れてもらえたのは、あることがあってから。
ほんと、子供って本能で感じ取るものなのね。
***
私が教会の孤児院に行くことになったのはクラレンス様の勧めからだった。
朝食の時、ふっとそのことを話題に出された。
王族となる者として、国民の生活を知ることや慈善活動は大切だと王妃教育の授業でも言っていた。
なにより、クラレンス様の仰ったこととなればやらない理由はない。
私は二つ返事でその勧めを聞き入れた。
慈善活動って何をすればいいのかしら?
よく分からなかったからそう思って先生に聞いてみると、難しいことは考えずに子供達と一緒に遊んであげれば良いだけだと言っていた。
あら、結構簡単そうね。
あとは、おみやげを持って行くともっと良いって言っていたから何か持って行きましょう。
そうだわ。もう着なくなっていたドレスをあげましょう。
私は飽きてしまったけど、可愛いことには変わりないからきっと気に入ってくれるわ。
そんなことを考えながら私は支度をして孤児院に出掛けた。
だけど、それは思っていたほど簡単なことではなく、とっても難しいことだったなんてこの時の私は思ってもいなかった。
「みんな、この方はレイラ様よ。今日はみんなに会いに来てくれました。きちんとご挨拶しましょうね」
「「こんにちはー!」」
シスターに紹介された私に子供達は元気よく挨拶をした。
私を珍しそうに見つめてくる子供達を眺め見る。
小さい子から大きい子まで様々だ。
この子達と遊んであげれば良いのね。
「ごきげんよう。今日は特別に私があなた達と遊んであげるわ。それと、このドレスをおみやげに持ってきたの。遠慮せずに着てちょうだいね」
それからシスターはお仕事があると言って事務室に入っていったのでここには私と子供達だけになった。
さて、何をしようかしら。
そう思っていると、一人の男の子が私に近づいて手を引いてきた。
「ねえ、お外で一緒にかけっこしようよ!」
「嫌よ、そんなの。靴も服も汚れてしまうじゃない。もっと違うことなら遊んであげてもいいわよ」
レディーである私になんてことを言うんでしょう。
でも、子供だから仕方がないのね。
私がそう答えると、その男の子はふてくされたような顔をしてぱっと手を離した。
「えー、つまんないの。じゃあいいよ。遊ばなくて」
そんな失礼なことを私に言うと、そのまま顔を背けて走り出し外へ駆けていった。
思ってもみなかった出来事に呆然としていると今度は違う女の子が私に話しかけてきた。
「お姉ちゃん、こっちで私たちとお話しようよ」
「ええ、いいわよ」
「うん。こっち来てー」
女の子の後について行き、硬い椅子に腰掛けると私の周りには何人かの女の子達が集まっていた。
私の事をきらきらとした目で見つめている。
「お姉ちゃん、きれいだね」
「あら、ありがとう。でも、当然よ。ちゃんと努力しているんだもの」
「私もお姉ちゃんみたいになりたいな」
私のことをここに連れてきた女の子がそんなこと言った。
その子は他の子よりも見た目に気を遣っているのか髪を編んでリボンを付けている。
そんな女の子が私の事を期待に満ちた目で見ながらそう呟いた。
その声は私にも聞こえていた。
「そんなの、無理に決まっているじゃない。私はあの方の婚約者なのよ。こんなところにいるあなたが私みたいになれるわけなんてないわ」
その声が聞こえていたから、私はただ思ったことをその子に言っていた。
ただそれだけだった。
それなのに、私の言葉を聞いた女の子は顔を真っ赤にして目に涙を浮かばせると、その場を走り去ってしまった。
「あんた、最低ね。あんたなんて全然きれいじゃない。心がみにくいから」
集まっていた女の子達の中で一番大きい女の子が私を睨んで吐き捨てるようにそう言った。
そして、他の子供たちも私に不満そうな顔を向けて私の元から離れていった。
ここにはあんなにたくさんの子供達がいるのに私の周りには誰一人としていなかった。
私のあげたドレスも床に捨てられ踏み散らされていた。
「何なのよ!もう!!」
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