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第2章
70.
しおりを挟む私がそう決意してから数日後、クラレンス様の国王即位のパレードの日が決まった。
それからは、より綿密な計画が練られ、そして私たちは来たる日に向けて出発することとなった。
パレードが行われる場に直接向かうのは、ウィリアム様、キース、ジェラール、私。
悪魔を転送する予定のダンジョンに向かうのは、コンドラッド、エルザだ。
パレードを襲撃するのには、大いに戦闘力が必要となってくる。
言わずもがな実践向きの私たち4人が向かうこととなった。
今回の戦いでは私はキースの魔法道具のおかげで、魔法発動に必要な言霊を発する事が出来るようになったので複雑な魔法も使える。
緊迫した何が起こるか分からない状況では、手数が多い方が有利に働く。
ダンジョンには魔界への転送に成功しているコンドラッド、その助手としてエルザが行く。
私とエルザは離れることになってしまったけれど、一応はこちらよりも危険が少ない方に行ってもらえたので良かったと思った。
それに、コンドラッドは魔力量が少ないと言っても、それは王国魔術団に入るだけの魔力がなかったというだけで魔術師としては一流だ。
エルザと一緒にいてくれるのであれば何も心配はない。
そんなこんなで、家を出た私たちは山を下っていた。
コンドラッドであれば、歩かずとも魔法で移動することも可能だが、それは高度な魔法で体力も魔力も使うため、もしもの時のために温存して歩くことにしたようだった。
コンドラッドの家からダンジョンは、パレードが行われる王都よりも近いので、パレードの日に十分に間に合うからということもあった。
それでも対決の日は確実に近づいている。
「なあ、リュカ。そっちの荷物重くないか?俺の方は余裕があるからこっちの渡してくれていいぞ」
“ありがとう。でも、見た目よりも全然重くないから平気だよ。それよりも、もうすぐ分かれることになっちゃうんだからエルザと話してきたら?”
「………あ、ああ、そうだな。そうするよ………」
前方を歩いていたウィリアム様が振り返り、私の横につくとそう話しかけてきた。
私はいつも通りの薬などが入った荷物と剣、それに加えてコンドラッドから渡された魔法道具をいくつか持っている。
だから、鞄は大きくなってしまったけれど十分に持てる重さだった。
そう思って、ウィリアム様には大丈夫だと言ったんだけど………
私の返事を聞いたウィリアム様は少しがっかりしたような声を出すと、私の助言通りエルザの近くへと歩いて行った。
うーん、逆に悪いことしちゃったのかな。
ウィリアム様はこの前も荷物を持つことにこだわっていたし、エルザに良いところを見せたかったのかもしれない。
私は断らない方が良かったのかも。
でも今後の戦いのことを考えると、ウィリアム様だけに多く負担がかかるのは避けたいし。
ウィリアム様に協力したいとは思うんだけど、難しいなあ。
「あれはリュカと話したくてそばに行ったみたいだね。でも、あんなことしか聞けないから、勘違いされて追い返されてしまったようだよ」
「そうねえ、やっぱりウィルはヘタレな男なのよ。あの日だってあれだけお膳立てしてあげたって言うのに、結局何も伝えられなかったっていうんだから。もう、見てるこっちがもどかしくてたまらなくなるわ」
「はは、そうだねえ。ウィルは正真正銘のヘタレだよねえ」
「………そんなことは俺が一番分かってる。何とでも言え!」
「え?何の話?僕にも聞かせてよ」
エルザ達の近くに行き、会話に参加したウィリアム様は何だかふてくされたような顔をしていた。
ここからだと会話の内容は聞こえないけれど、いつもみたいにウィリアム様の事を2人でからかっているみたいだ。
そこに興味津々という感じのコンドラッドが加わって、さらにウィリアム様はうんざりといった表情になった。
でも、楽しそうな様子が伝わってきて、本当に気の置けない仲間になったんだなと嬉しく思いながらそんな様子を離れたところから眺めていた。
「まったく、緊張感の欠片もありませんね。これからどういうところに向かっていくのか分かっているのでしょうか」
“あはは、みんないつも通りだね。でも、こんなときだからこそ暗くなるよりも、笑い合える方が良いんじゃないかな!”
「……それもそうですね」
ジェラールは私の言葉を聞いて苦笑した。
ジェラールがそんなみんなの様子を呆れたように眺めているのも、いつも通りのことだ。
いつも通りということがどれだけ幸せなことか、と考えてしまう。
みんな、この先が危険な状況になるであろうことは分かっている。
もしかしたら……なんてことがあるかもしれないことも。
こんな風にみんなで笑い合うことすら出来なくなってしまう可能性だってある。
それでも、その可能性をしっかりと考えて受け止めた上で、この当たり前の日々が再び訪れることを信じて疑わない。
この先、本当にどうなるかなんて誰にも分からないけれど、そんな日々を心から願っていた。
***
「それじゃあ、ここでしばらくの別れだね。エルザ、気をつけるんだよ。コンドラッドはやせの大食いだから、つられて一緒に食べすぎて太ったなんてことにならないようにするんだよ」
「な!?失礼ね!そんなことになんてならないわよ!」
「キースさん。女性にそういったことを言うのはマナー違反ですよ」
「エルザ、美味しいものいっぱい食べようね!」
山のふもとにたどり着き、二手に分かれる道の前まで来た。
隣国の王都へ行くには右の道へ、ダンジョンに向かうには左の道へ進む。
いよいよ作戦が始まり出すんだという感覚が身に染みた。
でも、別れが暗い雰囲気になることはなかった。
作戦とは全く関係のないことで盛り上がっていた。
ふふ、こんな時でもみんなが気負いすぎないで話せるなんて、心が通じ合っている証拠なんだろうな。
皆の顔には笑みが宿っていた。
「リュカ!」
不意にエルザがそのはきはきとした元気の良い声で私を呼んだ。
やっぱりエルザからも不安なんてものは感じられない。
ずっと見慣れてきた強気な笑顔だった。
だけど、この笑顔もしばらくは見られなくなってしまうのか。
私がリュカとして生きてきてから今まで、片時もエルザと離れることはなかった。
いつも一緒にそばにいてくれた。
それが、こんなに長く離れることになるなんて。
いつかは来る別れの時はエルザの邪魔にならないようにいなくなろう、なんて考えたことはあったけれど、本当にそんなことになった時のことを私がちゃんと考えていなかったことが今わかった。
私はエルザと分かれるというこの状況に、酷く動揺していた。
エルザは………私は大丈夫だろうか。
そんなことが私の頭をよぎった。
私の顔には不安の色が浮かんでしまっていたのかもしれない。
エルザは私の顔を見ると優しく微笑んで、私の両頬をぐにぐにとひっぱった。
「そんな顔しなくても大丈夫よ。周りをみてごらんなさい。ここには私たち2人だけじゃないのよ。頼もしい仲間がいるじゃない。きっとうまくいくわ」
“………そうだね”
私なんかよりもずっと頼りになる人達がこんなにいるのだから、心配なことは何もない。
そんなことは頭では分かっている。
分かってはいるのだけれど、エルザともう2度と会えないかもしれないとどうしても考えてしまう。
肯定の返事をしていても、心の中でそう思っていた私の不安を感じ取ったのか、エルザは自分の胸元に手をかけ、首に掛かっていたペンダントを外した。
それは、私がエルザと出会ってすぐの頃、彼女に渡した赤い宝玉のペンダントだった。
私が、エリザベートだった頃にウィリアム様に貰ったものでもある。
エルザは外したペンダントを大事そうに指でなぞると、私の手を取ってペンダントごと包み込んだ。
「このペンダントはあなたに預けておくわ。これ、私にとってとても大切なものなの。ちゃんと次に会ったときにあなたの手で私に渡してね」
エルザの手から私の手にじんわりと温かさが伝わる。
きっと、エルザも心のどこかには不安を抱えているのだろう。
それでも、エルザは分かれて何があったとしても、また会えることを疑っていなかった。
そして、私を安心させようとして守らなければいけない約束を作ってくれた。
私とエルザが無事に再び会えるようにと。
私はエルザから受け取ったペンダントを自分の首にかける。
宝玉が胸に当たる感覚がとても懐かしかった。
優しい表情で私を見ていたエルザに、私は約束を絶対に守ると力強く頷いた。
「それじゃあ、そろそろ行くとするか。そっちも気をつけてね。まあ、何かあってもこの“電話”を使って連絡すれば良いから大丈夫なんだけどね」
コンドラッドとの最後の打ち合わせが終わったキースが、みんなにそう声をかけた。
キースの言う“電話”という魔法道具は、前にキースがコンドラッドと連絡を取った時や、ダンジョンで皆が離ればなれになったときに使った魔法道具を改良したものだ。
キースとコンドラッドが何か作っているなと思っていたら、こんな凄いものを短期間で作ってしまっていた。
遠くにいる人とも話が出来る魔法道具で、電気魔法式遠距離会話装置、略して“電話”だそうだ。
魔力や魔法石を使わなくてはいけないから頻繁に使うことはできないけど、信じられないほど便利な道具だ。
こんなものまで作ってしまうなんて、本当にこの人たちがいれば何でもうまくいくような気がしてきた。
私たちは笑顔で手を振ってから分かれ道を歩み出した。
「あ、そうだリュカ」
隣国へ向かう道で一番後ろを歩いていた私を、コンドラッドが呼び止めた。
キースたちはその様子に気がついていないみたいだ。
コンドラッドは私に近づくと私の両肩に手を置き、真剣な表情で口を開いた。
「………キースのこと頼んだよ」
そう言ったコンドラッドは重く頷くと、そのままもう一方の道へと進んでいった。
コンドラッドの声には、キースのことを心配している気持ちがにじみ出ていた。
いつも飄々として余裕ぶった態度を取っているキースが取り乱すことなんてほとんどない。
でも唯一の例外は、悪魔が直接的に絡んだときだ。
彼の様子からはそんな徴候は全く感じられなかったが、長い付き合いのコンドラッドが言っているのだからそうなのかもしれない。
今まで、キースにはこの短い間に何度も助けられてきた。
私はキースにまだ恩を返しきれていない。
キースに何か起こったときは、私が必ず助けになろう。
私は先を進む彼のどこか寂しそうなその背中を追いかけながら、そんなことを考えていた。
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