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第2章
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しおりを挟む浮いては沈みまた浮かぶ
決して気持ちの良いとはいえないような浮遊感が続く
この居心地の悪さはまるで今の自分の心のようだ
浮き沈みが激しく不安定でじぶんでもコントロールできないこの心に似ている
そしてそれに酔わないように目を瞑ってじっと耐えて気がつかないフリをしていることにも
***
「………カ………リュカ!大丈夫か、しっかりしろ!」
揺さぶられる感覚と自分を呼ぶ声で意識が浮上する。ゆっくりと目を開くと私を至近距離で覗き込む顔があった。覚醒したばかりの働かない頭でその心配そうな顔をぼんやりと見つめていた。
ここはどこなんだろう?
徐々にはっきりしていく思考に、私は状況を思い出し勢いよく体を起こした。
ゴツン!!
「~~~っ!」
そのせいで私と私を覗き込んでいた人物は強くお互いの頭をぶつけた。予想外の衝撃にその人物は声を出すことも出来ずに額を抑えていた。
「……う……お前、もう少し気をつけて起き上がれ。まったく、危ないだろうが」
その人は痛そうに少し涙目になりながら呆れたように注意した。
私にも痛みがあったがそんなことを気にする余裕はなかった。
なんでこの人がここにいるの?
助けられたと思ったのに。
私の目の前には私があの時魔法の発動範囲から押し出したはずのウィルがいた。
なぜ、と訴えかけるようにウィルを見つめていると、その私の問いかけるような視線に気がついたのかウィルが話し始めた。
「リュカが発動した魔法の中で消えそうになっていたから俺もその中に飛び込んだんだ。そうしたらこの部屋に移動していた。転移魔法だったんだな」
ウィルはこともなげにそんなことを言ってのけた。この人は分かっていないのだろうか。ダンジョンの魔法がどんなに危険かということを。
おそらくあの時に発動した魔法はこのダンジョンに仕掛けられたトラップの一種だ。壁や足下に発動のスイッチがありそれに触れると組み込まれた魔法が発動するものが多い。
今回のトラップは私が意識を失っていたことから考えて、眠りと転移の魔法が組み込まれていたのだと思う。転移する場所はランダムなのだろうか。もしこれが魔物がひしめく場所なんかだったらそのまま死んでしまってもおかしくない。
他にも強力な攻撃魔法や毒など人を死に至らしめるトラップもある。不用意に飛び込んでいいものなんかではない。
“ウィルはダンジョンが危険なところだって分かってないの?今回は無事だったけど魔法を発動しているトラップに飛び込んで来るなんて迂闊すぎるよ”
「そんなことは知っている。知っていて飛び込んだんだ」
私は思わずウィルに責めるようにそう伝えてしまった。初めてだったら知らなくても当たり前だというのに。そう書いた紙を見せてそのことに気がつきはっとした。
でも、ウィルは知ってるといつになく真面目な顔でそう言った。それは知らなかったのかと聞かれて見栄を張っているという様な表情ではなかった。
だったら、どうして!
私は叫ぶ様にそう紙に殴り書いた。私はあなたを助けたかったんだ。それを無駄にするようなことをして欲しくない。私に少しでも価値を与えて欲しい。私の生きてきた意味が欲しいというのは贅沢な望みではないだろう。
“なんで僕のことなんかを気にかけたの?僕の事なんて放っておいて良かったのに。僕一人がいなくなったところでどうにもならないでしょ”
訴えかけるようにそう続けて書いた。自分のせいで他の人が危険な目に遭うなんてその方が耐えられない。
紙に書いた手を止めると、私は顔を上げてウィルを見上げた。すると私の言葉を見ているウィルはとても傷ついたような表情をしていた。
どうしてあなたがそんな顔をしているの?
ウィルのそんな顔を見るのは初めてだった。怒ったり焦ったりする顔を見せる時もあるけれど、すぐに楽しそうな顔に変わる。それなのに今のウィルの表情はそんな兆候を欠片も見せないような苦しそうなものだった。
そんな彼の表情と沈黙に耐えきれずに何か言葉を綴ろうかと考えたが、突然のウィルの行動でペンと紙が手からこぼれ落ちた。
気がついたら、ウィルに抱きしめられていた。
「………頼むから!頼むからそんなことを言わないでくれ!一人で全部抱え込もうとしないでくれ。お前もあいつみたいにいなくなってしまったら、そんなこと耐えられない」
切羽詰まったように私の耳元でそう叫ぶ。身じろぐ私に逃がさないというようにぎゅっと腕を絡みつける。
「いつも目を離すとすぐにどこかへ消えてしまいそうで不安なんだ。リュカの事をそんな風に思っている奴は俺たちの中には誰もいない。俺にもリュカが抱えていることをいつか一緒に抱えさせてくれないか?」
ウィルが囁くように問いかけた。
私のことを思ってくれている人がいることは私にも分かっていた。エルザやガブリエル、キースは私の気持ちを考えてくれていると思う。触れて欲しくない私の気持ちを放っておいてくれてそっと見守ってくれている。一歩引いたところで一緒にいてくれる。その距離は私にとってとても居心地の良い場所にだった。
でもウィルはそんなことは関係ないというように、私の心にどんどんと踏み込んできた。私の心をかき乱してくる。それは私のことを考えた上でしているようでなおさら悩みの種になることだった。
けれども、そんな人だからこんなにも彼に惹かれるんだ。
変わらないなあ。
そんな風に思ってしまった。
ウィリアム王子も私が悩んでいることや悲しんでいる心にずかずかと踏み込んでくるような人だった。そして、私の気持ちを分かって一緒になって考えてくれた。
ウィルは本当にウィリアム王子なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
でも、そんなことは今の私にとっては問題ではない。
ウィリアム王子に気持ちを伝えたあの時、否定の言葉を投げられたことで私は逃げ出し自分の気持ちすらも否定して覆い隠した。そして全てをなかったことにしようとした。
しかし、それが間違っていたんだ。例えそれが純粋に私のためにしてくれたことではなかったとしても、その人が私にしてくれた行動やかけてくれた言葉はそこにあった。私がそれに救われていたという事実も。
私にとっての一番の問題は自分に嘘をついていたこと。
自分の好きという気持ちに嘘をつき続けてきていたこと。
私はいつも逃げてばかりいる。臆病な自分が嫌いだ。
ウィルはエルザに何度断られても諦めなかった。相手がいると知ってもなお。自分の気持ちを決して曲げずにしっかりと持ち続けているというのに。
もう逃げるのはやめよう。
そう決意した瞬間、せき止められていた川が流れ始めるように感情が私の中を巡る。
そして、自覚した。
私がこの人を、ウィルを好きだということを。
ウィルはいつだって私の事を見つけてくれる。不遜な態度をとりながらも私の欲しい言葉をくれる。私に優しく手を伸ばしてくれる。
一度そう思ってしまったら止めどないほどにウィルへの気持ちが溢れてきた。
ウィルはエルザのことが好きだ。だから、私のこの気持ちを彼に届けることはしない。
けれど、私は自分の気持ちを無かったことにはしない。自分の気持ちに嘘をついても、心の底の自分は騙せないから。
きっと、諦めたり気のせいだと思うよりも辛いことだと思うけれど、私はこの人を好きなままでいよう。私はそうしたい。
好きになったことを誇りに思えるような、この人みたいに。
私はウィルの背中に腕を回した。そして、左手の人差し指にはまった指輪の魔法道具のスイッチを入れる。
“ありがとう”
私が心から伝えたい今の気持ちだ。この一言には色々な意味が詰まっている。
いつも私を助けてくれてありがとう。
私を見つけてくれてありがとう。
私にあなたを好きにならせてくれてありがとう。
きっともう、ウィルには私の声が聞こえるようになったはずだ。
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