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第2章
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しおりを挟む見たくないと目を閉じてみても、聞きたくないと耳を塞いでみても頭の中にすでに入り込んでしまった記憶からはどうやっても逃れられない。それは私の事を強く悩ませた。
だから、逃げられない事実に冷静になって考えてみた。
実際のところウィルがウィリアム王子というのは考えにくい。エクソシス王国の王子がわざわざ隣国にまで赴いて、貴族でもなんでもないエルザに求婚しなければならない状況はないだろう。王宮には私以外の婚約者候補もたくさんいたはずだ。
それにウィルとウィリアム王子とでは見た目が違う。10年経っていて分からないということもあるかもしれないが、髪の色や目の色が違う。変装している可能性もないこともないが。
だから、あれは何かの聞き間違いに違いない。もしくは、慣れない魔法を使ったことで幻聴が聞こえてしまったのかもしれない。そうだ。きっとそうに違いない。
私は自分の中でそう結論づけた。そう自分に言い聞かせた。
こんなに楽しかった日々は、充実した日々は今までなかった。ガブリエルとエルザと出会って、ウィルとジェラールと出会ってキースと出会って、仲間という存在を感じられた。でも、幸せだと思っていた事が一瞬にして無くなってしまうということはもう知っている。その幸せが私の勘違いであるかもしれないことも。
こんな幸せな日々をここで終えたくはない。例えそれがまやかしだとしても、少しでも長くその中にいたい。だから私は何も聞かなかったことにする。
***
翌日、皆を集めたキースはげんなりと少し疲れたような表情だった。例の友人と連絡を取るといっていたが長く連絡を取っていなかったのだから消息を掴むのが大変だったのだろうか。
「なんかだいぶ疲れてるみたいね。その友人って人と連絡は取れたの?」
「連絡事態はすぐに取れたよ。離れたところからでも声を伝える事が出来る魔法道具の試作品をその友人と昔に作ってたんだけど、それをまだ持っていてくれたみたいで。それにつながる魔法道具を作って連絡を取って話したんだ。で、今の所在地を聞き出してそこに行こうと思ってたんだけど、面倒なおつかいを頼まれてさ」
“面倒なおつかい?”
「うん、久しぶりに話したって言うのにダンジョンに行ってきてそこにある秘宝を取ってきて欲しいって言うんだ。まったく、人使いが荒いよね」
「なんだと!ダンジョンだと!?」
ダンジョンという言葉を聞いたウィルは興奮して勢いよく立ち上がった。ダンジョンとはある日突然何もなかったところにまるで植物が根を張るように現れる塔のような階層状の建物だ。しかし、その構造や仕組みなどほとんどの原理は分かっていない。中には魔物が多く生息しているため魔物達が作った自分たちの巣であると考える人もいれば、ダンジョン以外では手に入れることが出来ないような宝石や剣などが隠されていたりするので、古代人が作った遺跡か神からの贈り物であるなどと考える人もいるがどれも推測の域を出ない。
こういった特徴を持つ建物なので冒険者達が自分たちの腕を鍛えたり、秘宝を求めて訪れたりしている。だから、冒険者に強い憧れを持っているウィルが反応しないはずがなかった。
「ウィル、ちゃんと今の状況が分かっていますか?浮かれている場合ではないんですよ?しっかりして下さいね」
「わ、分かっている。別に俺は浮かれてなどいない。キース、どのダンジョンに行くんだ?」
「あはは、良いじゃないか。楽しめることは楽しんでおかないと損だよ、ジェラール。俺の友人がここから北に進んだところの隣国との国境付近に住んでるみたいだからそこに行く途中にある緑のダンジョンで良いんじゃないかな。秘宝って言ってもどんなダンジョンにでもある簡単なものが欲しいんだって」
ダンジョンと聞いて私が初めに思ったことは危険ではないのだろうかということだった。ダンジョンは階を上がるごとに高ランクの魔物が増え危険度を増す。それと比例して上層の方が貴重な宝石や武器が眠っていることが多い。欲に目が眩んだ冒険者達の多くがダンジョンから帰らぬ人となったという話もよく聞く。
まあ、それほど上らなければ道中に遭遇する魔物を倒すのと同じくらいのものだ。キースの話を聞いて安心した。
“それだったらエルザも合わせて皆で入れるね”
「そうだね。分かれるとなると危険度も増すし効率も悪くなるしね」
「私だって足手まといにならないくらいは戦えるわ。でも、みんな剣も魔法も相当のレベルだし大丈夫そうね」
“油断は禁物だけどね。でも、ウィルはポイズンビーもファイヤーウルフも倒すくらい強いからエルザは頼りにするといいよ”
私はそう言ってウィルに笑いかけた。ジェラールとの約束。ウィルとエルザの関係に協力すること。こういう風にさりげなくウィルの魅力をエルザに伝えてフォローしてみようと思った。それなのにウィルはダンジョンのことにまだ気を取られているのか私のパスを見事にスルーした。私の意図に気がついていたジェラールはあきれ顔で助け船を出した。
「いつの間にそんなことがあったんですか?どちらも高ランクの魔獣ではないですか。お強くなりましたね」
「は?何の話だ?」
「今、リュカさんが言っていたでしょう?あなたがポイズンビーとファイヤーウルフを倒したと」
「リュカが?そんなことを言っていたか?というかリュカは今日、全然しゃべっていないではないか。どうかしたのか?」
ウィルの言葉に私たちは顔を見合わせた。なんとなく話がかみ合っていない。私の声が聞こえていなかったってこと?
「あれ?故障かな?ちょっとその腕輪見せてみてくれる?……うーん、特に壊れてそうなところはないけど。こっちならどうかな。持ってるだけで使えるから。リュカ、何か話してみて」
キースがウィルから魔法道具である腕輪を受け取ると自分のピアス型の魔法道具をウィルに渡した。
“……僕の声聞こえる?”
「あれ、聞こえるなあ。ウィルは聞こえた?」
「いや、また何も聞こえない」
「そっかー、魔法道具には問題は無いみたいだね」
キースは私とウィルをちらりと見ると何か考えるような素振りを見せた。魔法道具に問題がないとすると問題があるのは……
「もしかしたらリュカとウィルは波長が合いにくいのかもしれないね。ちょっと調節してみるよ。他の2人のもついでにみてみるから貸してくれる?」
「聞こえなくなることもあるのね。いざって時に声が聞こえなかったらちょっと怖いわ。でも、リュカと話せるようになる魔法道具を作ったってだけでも凄いことなんだけどね」
「いやー、それほどでもあるんだけどね。じゃあ、魔法道具は調節しておくよ。皆はもう準備できてるよね。行き先も分かったことだし明日の朝に出発ということで良いかい?」
「ああ、大丈夫だ」
エルザとジルベールもキースに魔法道具を手渡す。みんな特に異論はないようなので明日が出発の日となった。
そして今日もまた、私だけキースと共に部屋に残った。魔法道具の調整のためだ。でも、今の気分は昨日とはほど遠いものだった。
だって、そのことは建前だと分かっているから。
私の声がウィルに聞こえなかったことの原因は私にあるのだから。
「さてと。リュカ、君はウィルと何かあったのかい?」
キースが私にまるで小さい子をなだめるように優しく語りかける。キースはきっと分かっているんだ。私がウィルに声を届けたくないと思っていることを。
この道具が伝えたい気持ちで発動すると言っていた。私が伝えたいという気持ちをウィルに対して持っていなかったから魔法道具が発動しなかった。もちろん、私が意識的にウィルとは話したくないと思ったわけではない。無意識のうちによるものだった。むしろ話そうと思っても話せなかった。
もしかしたらキースはそんな私の事を全部分かった上で嘘をついてくれたのかもしれない。
それでも私はそんなキースに対して無言で首を振ることしか出来なかった。
「……そうかい。それなら苦しいだろうけれども自分たちで解決するしかない。でも、覚えておいて。俺は、俺たちはいつでも君の味方だから。人に頼るって結構難しいことだけどね。俺も誰かさんのおかげでついこの間出来るようになったばかりだ」
キースは優しく微笑むと私の頭をひとなでして部屋を後にする。深く追求せずに放っておいてくれる事もまた優しさだった。
暖かい手の感覚だけが頭に残った。
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