上 下
49 / 103
第1章

閑話1 魔法道具屋の独り言(1)

しおりを挟む
 


 ガラガラガシャーン

 物が崩れ何かが割れる音がした。
 しまった、またやってしもうた。
 作業部屋の机の上には所狭しと物が置かれ山になっており、その山がふとしたことで崩れるのは日常茶飯事だ。
 わしはどうにも昔から整理整頓は苦手でのう。
 せっかく手に入れた魔法道具を損傷してしまったことも1度や2度ではない。
 作業の手を止め、雪崩の起こったところまで行くと、どうやら今回はマグカップが割れただけのようだった。
 ふう、このカップは使い勝手が良かったんじゃが仕方がない。
 魔法道具が壊れなかっただけましかの。
 まあ、本当に壊れたら困る貴重な魔法道具は間違っても雪崩に合わないように作業部屋じゃなく、店の方に出しとるんだがの。
 わしの店は盗難対策は強力だから店に出しとく方が安全じゃからな。

 ……じゃが、今日のことを考えるとそれも安全とはいえんかもしれんの。
 客に、いや、作製者に危うく壊されるところじゃったからのお。

 わしは今日の昼間のことがあってから作業部屋の中になんとか安全な場所を作りだしその中にある貴重な魔法道具を入れていた。
 そしてこの部屋で唯一の安全地帯であるその戸棚の中から魔法道具を一つ取り出した。
 平べったい箱の上には0から9までの数字と4つの記号が書かれた出っ張りがある。
 そこを押すと押した数字と記号が箱の1番上にあるマス目に映し出される。
 わしはまた商会に依頼して作成した帳簿を取り出し、その魔法道具を使った。
 やはり、何回やってもぴったりじゃ。
 この魔法道具はデンタクというらしい。
 計算士でなくもと誰でも数字を入れるだけで難しい計算もできる魔法道具じゃという。
 わしは難しい計算は出来んからこうやって商会に依頼して帳簿を出してもらっとった。
 じゃが、計算士は人数が少なく結果が戻ってくるのは何ヶ月もあとということが当たり前じゃ。
 わしの店よりも大きいような店は不便を要しとることじゃろう。
 売り上げや資本金の変化なんかはすぐにでもわかった方が良いに決まっとる。
 それが分かってれば得られた利益もあることじゃろう。
 じゃから、もしこの魔法道具が本当に間違いなく計算できるものだとしたら、商業界に革命が起きるに違いない。
 それに蔑ろにされつつある魔法道具も脚光を浴びるようになるじゃろう。
 わしはその一片を担うことになるのかのう。
 そう考えると逸る気持ちを抑えられん。
 しかし、こんな魔法道具をぽんとわしに渡してくるなんて奴は何を考えとるのじゃろうか。
 魔法道具界では名が知られている程度のわしに頼むよりもむしろ自分で売り込んだ方がよっぽ良いと思うがの。
 じゃが、わしは余計なことは詮索しない主義じゃ。
 この店がここまで生き残ってこれたのも、そのおかげといっても過言ではないからの。
 じゃが、気になるのお。
 わしは柄にもなくその男がこの店に来たことを思い出し始めていた。

 ***

 あれは3日前、普段と同じように店番は盗難防止の魔法道具に任せて作業部屋で魔法道具をいじっとる時じゃった。
 その店番の魔法道具が客の来店を告げ、カランコロンと音を立てて扉が開いた。

「ごめんください。誰かいるよね?」

 店の中には店内にもカウンターにも人がいないのを見た客が声をかけてきた。
 全く、せっかちな奴じゃのう。
 年寄りをそんなに急がせるもんじゃないぞ。
 そう思いつつも、一切急ぐ気はないんじゃがの。

「なんじゃ?わしに何用じゃ?」

 ゆったりと歩いてカウンターに出てきたわしはいらっしゃいの挨拶もなしにそう尋ねる。
 わしの店は珍しい魔法道具ばかりを集めており、そんな店に来るのは変わり者ばかりじゃ。
 大概、わしも変わり者といわれているようだが、そんな奴らにはこれくらいの接客がちょうど良いじゃろう。
 わしの店の商品もろくに見ずに声をかけるのだから、こいつはわし自身に用があるんじゃろう。
 普通の魔法道具屋と違ってわしの店にはわし自身を目当てで尋ねてくる奴らも多い。
 今回の人物は全身を黒いコートで隠し、顔の右半分を仮面で覆った見るからに怪しい若い男だった。

「あー、うん。ちょっと見てもらいたい魔法道具があってね。これなんだけどさ」

 その男もわしの態度に特に不満を抱くことなく、淡々と用件を伝えた。
 どうやらこいつも魔法道具界の常識を分かっとるようじゃ。
 見た目とは裏腹に意外にもその男は気さくに話してきた。
 この業界にいて長いわしじゃが、経験的にこういう見るからに怪しい奴は珍しい魔法道具を持ってくることが多い。
 その男が持っていた袋から取り出した魔法道具に期待を抱いた。

「俺が作った魔法道具でね、難しい計算が数字を打ち込むだけで誰でも簡単にできちゃうって物なんだ。画期的でしょ?」

 カウンターの上に両手に収まるくらいの大きさの平べったい箱を置きながらさらりとそういってのけた。
 その言葉にわしは耳を疑う。
 そんな物が本当にあるのなら画期的所の話ではない。

「な……なんじゃと?そんな物聞いたこともない。魔法道具の名はなんというんじゃ?」

「名前か、そういえば考えてなかったな。うーん、この魔法道具の活力源は電気魔法だから、電気魔法式卓上計算機で“デンタク”っていうのはどうだい?」

 どうと言われてもそれを考えるのはお前の役割だろうとわしは奴に呆れるとともに疑惑の視線を送った。
 今までの奴の言動で信用に足る判断が出来る要素は一つもない。
 じゃが、逆にこういういけ好かないような奴が驚くような物を持ってくることもあるのがこの業界じゃ。
 ひとまずはこれが本物かどうかの鑑定をせにゃならんな。
 わしゃ鑑定技術には相当の自信があるからのお。

「あ、その目は全然信じてないね。まあ、俺も自分みたいな奴が持ってきた道具なんて偽物だと思うだろうけどね。じゃあさ、その魔法道具は預けるから好きに使ってみたり、鑑定してみてよ。壊さないんだったら分解してみても良いし。また3日後にここに来るからそれをどうするかはまたその時で良いからさ」

 その男はわしが返事をする前に一方的に提案してきた。
 わしの店に来る者は変わり者が多いがこいつはその中でも群を抜いて変わっとる。
 自分で分かっとるならもっと人に信用されるように振る舞わんか。

「ああ、分かった。お前さんのことはちっとも信じられんが、魔法道具は嘘をつかん。正体を暴ききってやるわい」

 この男の提案は悪くない。
 わしが望んでいたことと同じで鑑定も3日もあれば事足りる。
 そう考えて返事をしたのに、何故かその男は少し面食らったような表情をし、そして笑い出した。

「くっ……ははっ!おじいさん、面白い人だね。良く変わってるって言われない?うん、じゃあ3日後にここに来るときのことを楽しみにしてるよ」

「変わってるなどと、お前さんだけには言われとうないわい!」

 わしの反論を聞くと再び笑い出したその男は、そのままひらひらと手を振って店を去っていった。
 まったく、最近の若いもんのことはとうてい理解できんわい。
 じゃが、魔法道具の鑑定を初めてわしは別の意味でもその若者の事が理解できんことになるのじゃった。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

処理中です...