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第1章
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しおりを挟む大怪我をしたキースを運んでお世話になっていた宿へとなんとか戻ってきた。
力業ながらもどうにかキースの怪我を治し、安静にさせるべくベッドに寝かせる。
ウィルとジェラールが大きな布を担架の代わりにしてキースを動かしたのだった。
あれから一日がたったがキースはまだ目覚めない。
傷による痛みのせいか、何か悪い夢を見ているのか、キースは時々うなされ苦悶の表情を浮かべている。
私とエルザはキースのそばについて看病をし、ウィルとジェラールは食材や日用品などの調達へ行ってくれた。
私はキースの汗を拭きながらその顔を眺めていた。
すっと、キースの瞳が何の前触れもなく開かれた。
良かった、目が覚めた!
そして、すぐさまキースは上体を起こそうとしていた。
それをエルザが慌てて止めて私に状態を尋ねてきた。
そうだ、まだ目が覚めたからと言って本当に良くなったわけではないかもしれないんだ。
そう思い、注意深くキースの傷を再び診察した。
大丈夫、経過は良好だ。
エルザにそのことを伝える。
怪我人の彼に文字を読ませることは辛いと思うのでエルザに伝えてもらうことにした。
「……ここは?」
キースがしっかりとした声を出した。
うん、思ったよりも体調は回復しているようだ。
エルザと私はここまでのことを簡単に説明した。
キースの傷をどうやって塞いだかも。
その方法を教えた時、キースは笑っていた。
「くくっ、君ってやっぱり最高だね」
いつもの調子でそう言うキースに安心したのとその方法を彼が認めてくれているということ、それに加えて彼が少し面白そうにしているのが分かった。
私は彼のその様子に自分でも斬新な方法だとは分かっていたので、嬉しいやら少し恥ずかしいやら複雑な気持ちだった。
「今、キースの声が聞こえた気が……キース!目が覚めたのか!」
慌ただしく部屋に帰ってきたウィルがキースのその様子を見て安堵する。
ウィルはキースが倒れたときも一番に駆け寄り、ずっと心配していた。
心から相手のことを思っている気持ちがウィルにはある。
一緒に行動していてそのことがありありと感じられるようになっていた。
ウィルは本当に信頼に足りうる人物なんだろうな。
そんなことをほのぼのと思っていた矢先、ウィルと一緒に部屋に入ってきていたジェラールが口を開いた。
「………説明して下さい」
抑揚なくそう言うジェラールの声で、この部屋の温度が下がったような気がした。
キースを見据えるジェラールの視線は冷たい。
ジェラールはあの状況をキースのせいだったのではないかと詰め寄った。
そのキースに掴みかかりそうなほどの勢いに、私たちはなんとかジェラールを落ち着かせようとする。
しかし、その手をキースは制した。
「いいんだ。全部、話すよ………」
キースはどこか諦めたようにそうこぼした。
そして私たちが傷を治療するときに図らずも見てしまっていたキースの身体について|見た(・・)か尋ねてきた。
そう、私たちはキースの身体に普通ではあり得ないものを、身体に巻き付くまるで植物の蔓のような物体を見ていた。
私たちの反応で観念したようにキースはとてつもない話を語り出した。
「………って言うのがことのあらまし。ごめん」
キースの話が終わった。
壮絶な話に誰も口を挟むことはなかった。
まるで本当に作り話でも聞いているかのような感覚に陥る。
でも、これが現実だと言うことが目の前のキースの存在ではっきりとしている。
魔法の効かない存在、そしてこの世のものとは思えない植物が目の前にいるのだから。
キースが私たちに自分の身体を見たか確認したことはここにつながっているのかもしれない。
確かに、今の話を信じる人などほとんどいないだろう。
しかし、実際に自分の目で見た私たちなら信じるしか、現実を受け入れるしかないだろう。
「……っ、キースが謝ることないわよ!その悪魔が全部悪いんだから!一番辛いのはキースなんだから……」
「そうだ!お前はそんな身体になってまで、悪魔を討伐しようとしていたという責任感のある奴なんだから誇れることだぞ」
申し訳なさそうに話を締めくくったキースの謝罪の言葉にエルザとウィルが反応した。
今の話を聞けばキースに何の非もないことが明らかだろう。
誰もキースを責めたりはしない。
キースが一番の被害者であるのだから。
そう思い、私も頷いて同意した。
「………違うんだ。俺はそんなことを言ってもらうような人間なんかじゃないんだ。俺は君を………リュカを利用しようとしたんだから」
するとキースはそんな私たちに耐えられないと言うように、その言葉を否定する。
そして、キースから告げられたその言葉に、私に向けたその言葉に私は目を見張った。
私のことを利用していた?
今まで少ない時間ながらも彼と過ごしてきて、私はキースに何かされたような覚えはまるでなかった。
むしろ彼には助けられていたのだから。
思い当たることがなく疑問に思っていたが、そういえばあの夜に1つだけキースが私にしたことで分からないことがあったんだった。
あの私に向けた発動しなかった魔法のことだ。
彼はそのまま話を続けた。
そうか、あの魔法道具はそんな機能もあったのか。
私の魔力が悪魔に狙われるほどのものだったなんて全く実感がない。
それと、あの時の魔法は発動しなかったのではなくて、魔法道具に向けて制御の解除がちゃんと行われていたのか。
キースの話は初めて知るような事実ばかりで驚きが絶えなかった。
そして、キースは私のことを囮にして悪魔を誘き出そうとしていた。
でも、不思議と彼の告げるその事実に嫌悪感は浮かんでこなかった。
それは先ほど彼から感じていた申し訳なさそうな悲しそうな雰囲気が一変し、まるで仮面をかぶったようになんの感情も感じられなくなったからだろうか。
「やはり、あなたのせいだったんですね。私たちを騙していた。私たちを、リュカを傷つけようとしたんですね」
キースの独白に誰も口を挟めずにいたところ、ジェラールが静かに言い放った。
その声は冷静さを保ちつつも、とてつもない怒りが込められており部屋の温度が下がったような気がした。
ジェラールは自分の仕えている人、ウィルが危険に遭いそうだったことを怒っているのだろう。
そんな張り詰めた雰囲気の中、場違いにもキースはふっ、と笑った。
「この際だから言うけど、無効化魔法が使えるっていうのも嘘だから。この身体のせいで自分に降りかかってくる魔法が全部吸収されてるだけ。それに、自分の魔力はほとんどないから女の子たちにちょっと魔力を分けてもらったりしてたわけ。まあ、無断だけどね。リュカの魔力も結構吸い取らせてもらったよ。ありがとう」
そう言うキースはいつも以上に軽い口調だ。
そして、まるでパンを分けてもらった時のように気軽な感謝の言葉を笑って述べる。
そしてその笑顔は………仮面の表情だ。
その仮面の下には隠された表情があるのだろう。
「お前は!!!」
怒りでそのことに気がつかないジェラールは、キースの言葉をそのまま受け取ったようで沸点を超えてキースのことを殴りかかろうとしている。
ジェラールを止めようと手を伸ばすが、先にウィルが間に入り込みそれを防いだ。
結局のところキースはジェラールに殴られなかったのだが、キースはまるでそれを避けようとも抵抗しようともしていなかった。
そしてすべてを諦めたようなそんな悲しい表情をしていた。
その表情を見たとき、私は分かってしまった。
皆がキースの微妙な様子に気がつかないんじゃなくて私だから気づいたんだ。
一度、自ら死を選んだことがある私だからこそ。
私はあの時、もう私の帰る場所はない、居場所はないと思ったからその気持ちに向かっていった。
キースは逆に自分からそんな状況を作ろうとしているんじゃないか。
自分から死に向かって行っているのではないだろうか。
そんな気がしてならない。
そしてキースは貼り付けたような笑顔で自らにとどめを刺すように言った。
「君の魔力はすごく魅力的なんだ。だから、俺と一緒にきてくれないかい?」
私を囮にすることなんて厭わない。
そんな意味を含んでいるような無神経な提案。
でもそれは、初めから同意を求めてはいない。
拒否されることを前提に考えているのだ。
自らを死へと追いやるために。
………だから私はその提案に頷いた。
“分かった。僕はキースと一緒に行くよ”
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今の私がいるのはあの時、エルザ達が私の存在する理由となってくれたから。
だったら今度は私が誰かのために理由となりたい。
エルザは新たな居場所へ、ウィルの元へと行く。
エルザから離れるのにもちょうど良いタイミングだ。
望まれていなくたってキースをもう一人になんてさせない。
目の前のキースは驚き、笑顔の仮面が外れていた。
そしてそこには泣きそうな顔をした彼がいたのだった。
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