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第1章
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しおりを挟むあくる朝水場に行くと、井戸から水をくんでいるジェラールがいた。
その姿を見たとき私は反射的に踵を返してその場から離れようとしていた。
拒絶された人間にはやはり臆病になってしまう。
昔からの性格は変わろうと思ってもなかなかうまくはいかないようだ。
「待っ……待ってください!!」
後ろからそう呼び止める声がした。
ジェラールからこちらまでだいぶ距離があったので気づかれないと思っていたのだが、私の姿を認めてしまったようだ。
昨日の今日でまだ私にジェラールと話すような勇気はなかったが覚悟を決めなければならない。
私はジェラールがこちらへと歩みを進める間にさらさらと一行、紙に書いてそれを彼に渡した。
“心配しなくても大丈夫だよ。ちゃんとウィルをサポートするから”
きっとジェラールは私に釘を刺しに来たのだろう。
結局のところエルザとすぐに離れるのは無理で、昨日もそのまま同じ宿に泊まってしまっているし。
それでも私はちゃんと約束を守ろうと思っているから。
「違うんです!あなたに……その……謝りたくて……」
手渡した紙を見た彼は勢いよくそれを否定した。
そして、申し訳なさそうにそう言葉を絞り出した。
私が予想していなかったジェラールの言葉に驚いていると、目の前の人物はきっちり90度に頭を下げた。
「……申し訳ありませんでした!あなたに心ない酷いことばかりを言ってしまって。昨日の私は焦っていてどうかしていたなんて言っても言い訳にしかなりませんよね。謝ったところで昨日言ってしまったことは取り消せず、あなたを傷つけてしまったことには変わらないのは分かっています。決して許してもらえるとは思っていませんが、どうか私の気持ちだけでも聞いていただきたいのです」
そう一気に頭を下げたまま言いきったジェラールはそれでもまだ頭を上げる気配がない。
ジェラールの昨日の態度から今の状況が信じられず、私はただひたすらに動揺した。
それでも、ジェラールから伝わってくるのは本当に心からの謝罪の気持ちだということに疑いはなかった。
いつも一線を引いたような優しそうではあるがどこか無機質な笑顔とは違って、昨日見せたような表情と同じでジェラールの素の部分から出てきているように感じる。
私はそんな彼にかける言葉を綴って、しゃがみ込んで顔の下に持って行った。
“顔を上げて。仕方がないことだったんだよね。僕のことは気にしなくて大丈夫だから”
許すも何も私はジェラールが昨日言ったことに納得してそれで返事をしたのだ。
私だってエルザに幸せになってもらいたい。
謝られることなんて何もされていないだろうに。
しかし、私のそんな態度にジェラールは見て分かるくらいにはっきりと驚き、勢いよく顔を上げた。
そして私のことを悲しそうに見つめるのだった。
「……あなたは……なんて……」
そう独り言のように呟くと膝をついて私と同じ目線になり、そっと私の肩に手を置いて優しく諭すようにこう言った。
「気にして下さい。もっと自分を大切にして下さい。もっと自分に自信を持って下さい。もっと自分の望むままに自由に生きて良いんですよ」
そう言いながらも辛そうに申し訳なさそうに付け加える。
「……すみません。あなたにエルザさんから手を引けなんて言った私が言えることではないですよね。ですが、それだけは譲れないんです」
そしてまた、ジェラールは項垂れてしまった。
しかし、そんな彼の様子にもすぐに対応できないほど私は彼の言ったある言葉に衝撃を受けていた。
自由に生きていい。
そんなことを言われたのは生まれて初めてだった。
エリザベートとして生きていた頃は期待されていない中でも必死に迷惑にならないようにすることだけを考えて生きていた。
そしてそのしがらみから抜け出たはずの今でも自由に生きようなんてそんなことを考えたことは一度もなかった。
初めて出来た大切な居場所を壊さないように。
この人たちの役に立てるように。
無意識にもそんな風に考えていたのだから。
でも自由に生きるなんて私はそんな大きなことは望めない。
きっとエルザのために生きるという自分に対しての目的を与えることで今日まで生きてこられていたんだと思う。
だからこれからもその考えは変わらない。
それでも私のことをそんな風に心配して考えてくれたジェラールが嬉しかった。
立ち入った事情を知らないからこそ言えるようなことだけれども、まっすぐな気持ちが心に染みる。
ジェラールは今、自分の気持ちと避けられないことの間で葛藤しているのだろう。
そして私にしてしまったことに対しても。
このままではずっと罪悪感に支配されて自分を責め続けてしまう。
私もエルザを守るためにどうしても他人を傷つけなくてはならなかった場合、同じような気持ちになるのだろうなと想像できる。
その時にどうしてもらえたら救われるかも。
私は再び書き綴った。
“じゃあ代わりにジェラールが僕の居場所を見つけてよ!半端なところじゃ許さないからね”
罰を与える。
仕事を与える。
そうすることで少しでも心が軽くなる。
私だったらそうだ、そうしてもらいたい。
ここで私がジェラールに|許す(・・)と言ったところで何の意味もない。
ジェラールを一番許せないのはジェラール自身に他ならない。
私から許しを得たことでジェラールはよりいっそう自分のことを責めるだろう。
だから、私は許すという言葉を使わない。
私が許さない代わりにジェラールは自分のことを許してあげてね。
そんな心を読み取らせないように、私は精一杯のふてぶてしい笑みを向け悪ぶって見せた。
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