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第1章
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しおりを挟む「お母さーん!」
街に着き男の子の家へと向かっていると、ウィルから飛び降りて家の前で花に水をやっていた女性に走って抱きついた。
「………ヒース、あなた今までどこに行っていたの!!心配したのよ!」
男の子、名前は聞き忘れてたけどヒースっていうのか、が抱きついた女性は一瞬固まっていたが、叱咤というよりも安堵の声を上げて抱きつき返した。
その女性の目には次第にうれし涙か光る物が浮かんでいた。
「そんなに怒らないでやってくれ。こいつは病気の弟のために月の花を手に入れようとして森に入ったんだ」
「え?あなた達は......?」
「この人たちがここまで連れてきてくれたんだよ。なんでも病気を治しちゃう凄い人なんだって」
「ヒース!なんて危険なことをしていたの!......でも、あなた方がこの子を助けてくれたのですね。昨日の夜から帰ってこなくて不安で仕方なかったんです。本当にありがとう」
ウィルがフォローを入れるがそれを聞き、さらに青ざめていた。
後に言わなければならないことだが、伝えるタイミングが良くないのはウィルらしいというか何というか。
その女性は私たちに向き直り、目頭をぬぐいながらお礼を言った。
「いや、そこまでのことはしていない。それよりも、病気の弟はどこにいるんだ?」
謙遜でも何でもなく本当にそう思っているようにウィルが答えるが、彼は実際に当然のことをしたまでだと思っているのだろう。
そうだ。
ヒースが無事家に帰って来られたことも大切だが、病人がいるならば手遅れになる前に早く会わなければならない。
「この子の弟のコニーは二階で寝ています。もう1週間も目を覚ましていなくて。でも、もしあなたがお医者様ならここまで来ていただいて申し訳ないのですが診てもらうことは出来ません。うちには診察料を払えるような余裕がないので……」
女性は暗く沈んだようにそう言った。
一般的な市民の家庭はやはり、高額な医療費を払えないところが多いのだろう。
それに、1週間も目を覚ましていないような症状の病気は恐らく治療費もさらに高額になってしまうだろう。
「ヒース、あなたが月の花まで取りに行こうとしてくれただけであの子は嬉しいと思うわ。せめて、最期の別れの時まで一緒にいてあげましょう」
「いや、まだ諦めるのは早い。医者ではなくて薬売りだ。だが、そんじょそこらの医者なんかよりよっぽど凄い奴なんだぞ!こいつは!」
そう言ってまたもやウィルは私のことを指さし、自分のことのように高々と言った。
ヒースの母親はその勢いに驚いてつられたように私のことを見た。
その目にはやはり期待の色が浮かんでいる気がしたがプレッシャーに弱い私は気にしないことにした。
費用が私に払えるくらいのものならどうかお願いしますと案内され家へと通された。
部屋の中を進んで行くにつれ、私はわずかに違和感を覚えた。
なんだろう。
何か分からないけど、不自然な感じがする。
「何か、妙な気配を感じるな」
ウィルもそれを感じ取ったらしく2階の部屋へと通じる階段を上がりながら顔をしかめる。
「こちらです」
母親がドアを開いた瞬間、中から悪質な魔力が流れ出るのを感じた。
その魔力の根源となっているだろうところに目をやると、一人の男の子がベッドに横たわっている。
「妙な気配はこれか」
その子からは絶えず禍々しい魔力が発せられている。
私は魔力感知能力が高い方なので分かるのだが、ヒースや母親にはこの魔力は恐らく感じ取れないのだろう。
森で一緒に行動していたときにもしやと思ったが、やはりウィルもこの能力が高いようだ。
とても異様な魔力を感じるのだが......
うーん、私がさっき感じた違和感はこれだったのかな?
抜けたところにぴったりとはピースがはまらないような心地悪さが残る。
これとは別の違和感だったような気がする。
「これってどう見ても病気じゃないよな」
「え?病気じゃないの!?だったら治せない?」
ウィルがそう呟くとヒースは悲しそうに尋ねてきた。
いや、薬を使う治療方法ではないがこれは治すことができる。
ヒースと母親がとても不安そうにしているので早くその不安を除いてあげなければ。
ひとまず違和感の正体は置いておこう。
「これは、お前の弟は魔物に取り憑かれているんだ」
そう。
人の物ではないこの魔力は魔物から発されているものであるのだ。
そして、コニーが眠りから覚めない原因はその魔物にある。
だから、その魔物を取り払えば病気だと思われていたコニーの症状はなくなり、目が覚めるはずだ。
“ウィル、浄化魔法を使える魔術師を呼んできてもらうように言ってくれる?”
このように外からでは分からないほど人の身体と密接にくっついてしまっている場合は、まず魔物を身体から引きはがさなければならない。
人に取り憑く魔物のタイプはゴーストタイプだ。
それには人には無害であるが、ゴーストタイプの魔物には大ダメージとなる浄化魔法を使うのが有効だ。
魔物を弱らせて身体との接着がなくなったところを攻撃するのだ。
浄化魔法を使える魔術師は少ないが、教会に従事するシスターや牧師は習得していることが多いからこの街にも1人や2人はいることだろう。
「は?ここにいるじゃないか」
怪訝な顔でそう言われるが、予想していた答えとは全く違うものが出てきたので私は一瞬理解できなかった。
「俺が浄化魔法を使えばそれでいいだろう」
何をおかしなことをとでも言いたげにただ淡々とそう答えた。
……どこまで、ウィルは凄いんだろう。
そんな特殊な魔法まで使えるとは思ってもみなかった。
よし、もうウィルのことはただの魔術マニアだと思うことにしよう。
思いもよらない事実に私は考えるのをやめた。
「こういうのは早いほうがいいだろ?お前が準備できたらやるぞ。いいか?」
私ははっとして剣を構える。
ウィルに目で合図を送ると彼は頷き、コニーに手をかざした。
「《プリフィケーション》」
コニーが暖かい光に包まれると同時にそこから黒い塊が飛び出してくる。
取り憑いていた魔物だ。
ウィルの質の高い心地良い光に犯されてだいぶ弱っている魔物を攻撃するのは簡単で、剣に触れると跡形もなく消え去った。
「二人とも、本当にありがとう!コニーの命の恩人だよ!」
魔物が離れたコリーはその後すぐに目を覚ました。
多少衰弱していることもあって、再び眠ってしまったがもう大丈夫だろう。
弟思いのヒースは嬉しそうに私たちに何回もお礼を言った。
私たちが帰るときになり扉の前まで来たときにもまた言ってくれる。
「私からも本当にありがとうございます。もう駄目かもしれないと思って諦めかけていたところだったんです」
「そうか、目が覚めて良かったな。また、取り憑かれないように注意するんだぞ。それじゃあ、失礼する」
「あ、そうですね。もう暗くなってしまいますものね。昨夜も通り魔がでたとかで物騒ですよね。しかもその人物は魔法が効かないとか。まあ、お二人ならお強いから大丈夫だと思いますが、お気をつけて」
そう言って笑顔で送り出し彼女は扉を閉めた。
その横ではヒースが大きく手を振っているのが閉まりながらに見えた。
そんな暖かい家庭の前で私たちは互いに息をのんで互いに見つめ合っていた。
「魔法が効かない………無効化魔法……」
そう口をこぼしたウィルに同じことを考えているんだろうと確信した。
少し前まで一緒に旅をしていたあの無効化魔法が使える人物のことを。
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