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第1章

23.赤い宝玉(3)

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「お前、こっちとこっちの宝玉ならどちらの方が良いと思うか?」

 本を読むウィリアム様が私に開いているページを見せながら問いかける。
 ウィリアム様との図書館での読書会はそこで初めて会った時から恒例のように行われるようになっていた。
 今日も天気がいいというのにウィリアム様は私と図書館で過ごしている。




 話しかけられた次の日、図書館に行くとそこにウィリアム様の姿はなかった。
 ただの気まぐれだったのだろうと彼がいないことにほんの少しだけ気を落としながらいつも通り読書に没頭した。
 でも、自分で気づかないうちにいつもよりも何かを振り払うように一心不乱に。
 私に興味を持ってくれる人なんていないことは分かり切っていたはずなのに。

「おい!お前はまた無視する気か!」

 突然肩をゆすられ本に向けていた意識を戻される。
 後ろを振り向くと不機嫌そうに仁王立ちしているウィリアム様がいた。
 集中しすぎて、また彼の呼びかけに気づかなかったようだ。

「す、すみません。本に集中していて……。今日はいらっしゃらないかと思っていました」

「は?昨日、今日も来ると言っただろう。じゃあ、読み始めるぞ」

 私に今日もここに来るようにと言っただけですが。
 そう思っていても本人には決して言わない。
 それと、彼が図書館に来てくださったことに今までにないくらいの安堵と嬉しさを感じたことも。
 彼は何冊か本を物色し、当たり前のように私の向かいに座り読書を始めたのだった。
 満足そうに本を読むウィリアム様に声をかけられず、また、彼と同じ空間にいることに緊張を解く事は出来なかった。


 しかし、人間の適応能力とは素晴らしいものでこの読書会が5回を過ぎたあたりからそれほど緊張しなくなり自分の読書にも楽しめるようにまでなってきていた。

 ウィリアム様が図書館によく来るようになったのは何故なのか分からないが、彼はいろいろな物語を楽しんでいった。
 少し失礼になってしまうかもしれないが、ウィリアム様はあまり文章を読むのが得意ではないようで一般的な読み書きは問題ないにしても難しい言葉が出てくると意味や読みが分からない様だった。

 しかし、図書館に来てから熱心に本をお読みになっており最初よりも私に聞いてくることが少なくなっていた。
 自分を磨くことを怠らないなんて素敵な方だ。

 この会が10回を超えたころにはウィリアム様と普通に世間話までも出来るようになっていた。
 本についての感想、意見交換もしている。
 最近、本当に毎日が楽しい。




 そして、今日はいつも物語を読んでいるウィリアム様が宝玉の図鑑のようなものを見て私に訪ねてきたが、いつもと同じ意見交換の類だろう。

「青い宝玉は空や海のような清々しさと広大さを思い浮かべさせられ、赤い宝玉は炎や太陽の温かさと情熱を感じられますね」

 その図鑑は色つきの写真で宝玉が掲載されていた。
 本は普通白黒で、印刷魔法で製本されるが色つき写真となると一度に大量生産が出来なくなってしまう。
 一冊ずつ作らなければいけないので時間も手間もかかりかなり高価なものになるが、この図鑑は惜しげなく写真が、しかもものすごく鮮明に印刷してあるように見える。
 さすが、王宮内の図書館である。

「それで、どっちが良いんだ?」

「どちらもとても素敵ですが、私は赤い宝玉の方が魅力的に感じます」

 青い宝玉も、心を安らかにしてくれるようなそんな雰囲気を感じられて捨てがたいが、それでも私は赤い宝玉の方が良いと思った。
 なぜなら、その色の宝玉を見た瞬間に、あ、ウィリアム様の髪のように素敵だと思ってしまったから。
 このことも、彼には秘密にしておくけれど。

「そうか、赤か。参考にする」

 そう言うと普段通り手帳にメモして、何事もなかったかのように読書を再開する。
 私の言葉を書き留めておくのはその後の単語の復習のため。
 やっぱり、熱心な方で素晴らしい。



 それから数日後、図書館に来たウィリアム様は何だかいつもと違ってそわそわとしていた。
 本を読み始めたかと思ったらすぐに閉じてしまったり、ずっとページを繰る音が聞こえないので何か分からないところがあるのかと思って彼を見ると目が合って逸らされてしまったり。
 何かあったのだろうか?
 でも、私なんかが本の事以外で彼の役に立てることなんてないだろうし……。

 それに、ウィリアム様は自分がして欲しいと思ったことはすぐに言ってくれる。
 私は、これはお節介になって逆に迷惑になってしまうんじゃないかという考えが先行していつも何も行動できずにいる。
 だからウィリアム様の性格は私にとってありがたく、その点に関してとても信用している。
 今日もそのまま気にせずに読書を続けることにした。


「ふーーーーーーーーー」

 しばらくして突然、彼が長く深いため息を吐いたかと思うと、よしっと呟いて私に向き直った。

「これをお前にやる」

 短くぶっきら棒にそう言い、私に小さな箱を手渡してきた。
 開けろと視線で促す彼に私は恐る恐る箱を開けた。

「……わあ、きれい」

 そこには窓から差し込む太陽の光が反射してキラキラと光り輝く赤い宝玉があった。
 数日前に写真で見たものとは比べ物にならないほど美しい。
 手に取って見てみると、細いチェーンが付いていてペンダントになっているのが分かった。
 つけてみると胸に彼のぬくもりを感じるように錯覚した。

「……っっ!!」

 すると彼が急に自分の胸を押さえて、どこか苦しそうにしだした。
 もしかしたら、今日、ずっと様子がおかしかったのは体調が悪かったからなのかもしれない。
 そんなことにも気づけないなんて。

「ウィリアム様!!大丈夫ですか?どこかお身体の調子が悪かったんですか?」

「……あ、体調が悪いわけではなくて…………いや、調子がおかしいことは確かだな」

 私が心配で駆け寄ると彼は何故か嬉しそうにそう言った。
 やっぱり体調はおかしかったんだ。
 私がいたせいで無理していたのかもしれない。
 しかし、私が不安げに俯いていると彼はすっと立ち上がり

「心配することはない。大丈夫だ。だが、今日は用事があるから先に帰らせてもらう」

 と、私の肩をぽんと叩き、扉まで歩く彼からは先程まで苦しそうにしていた様子は全く感じられない。
 そして廊下に出て扉を閉める直前、彼は思い出したように「またな」と小さく手を振ったのだった。







 この国の歴代の王たちは皆、王妃に宝玉のペンダントを贈っていたという事を私が知るのはそれから少し後の事だった。

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