攻略キャラは王子様の息子様

白雪狐 めい

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長年通いなれた王宮内では迷うことなく、私は庭へたどり着いた。庭に設置してあるベンチに腰を掛けてしばらく待っていると、ディルハムがお願い通りにひとりで現れた。
気づいた私は慌ててベンチから立ち上がり、貴族の令をとる。
遠目に見た時も思ったが、ディルハムもいつもよりもしっかりとした格好をしているようだった。私にドレスを指定するくらいなのだから、当然自分もそれなりの服を着ては来るだろうとは思っていたけれど、想像以上にちゃんと正装をしてきていた。式典や夜会などで2年前までは彼の正装なんてよく見ていたはずなのに、この2年でさらに大人びた彼のその姿はなんだかいつもの倍はかっこよく見え、私は彼に見惚れてしまった。

「……ルビー。待たせたか?」
「いいえ、全然待っておりませんわ。お会いする場所を勝手に変えたのは私ですもの。お気になさらないでくださいませ」
「そうか。……ルビー、その、なんだ。……ドレスよく似合っている」
「ありがとうございます。このような素晴らしいものを贈っていただき光栄ですわ。一生の宝物に致しますわね」

だって、きっとこれがディルハムからの最後の贈り物だろうから。たとえ2度と着ることはなくとも、クローゼットの奥にしまい、一生大切にしていこうと思う。

「大袈裟だな。まぁいい。喜んでくれたのなら贈ったかいがあったな」

そういって笑うと、ディルハムはベンチに座り、私にも座るように促した。
促されるままに腰を掛けるが、そのままディルハムはなかなか話しを始めようとはしない。そんなに話し辛いのなら、アデール姫なんか好きにならずに、私のことを好きになってしまえばよかったのに、そうすればすべて丸く収まるのに、なんて思ってしまい、辛い気持ちのはずなのになんだかおかしくなった。
仕方がない。ディルハムよりも人生経験の長い転生者の私のほうから話を切り出してあげよう。

「ディルハム様。アデール様とお話し合いはどうなりましたか?」
「アデールとの話?……なんのことだ?」
「先ほどアデール様とお話しをされていたのでしょう?てっきり私との婚約解消後について話していて、今日もアデール様が同席する予定だったのかと思ったのですが」
「馬鹿な!そんなわけがないだろう!アデールとは偶然あっただけだ!……だから、ひとりで来いといったのか。そうか。なるほどな」
「お察しくださって何よりですわ。婚約解消については私とディルハム様ふたりで話し合うべきだと私は思ったのです」

国の政治が多少なりとも絡んでくるとはいえ、これはあくまで私とディルハムの問題だ。たとえ他国の姫とはいえど、他の誰かに邪魔をされたくなかった。
大体、婚約解消の話し合いの最中に目の前でアデール姫とふたりでイチャイチャされようものなら、流石の私でも耐えられない。泣く。間違いなく、泣く。

「ディルハム様。私も色々と考えましたの。ですが、やはりディルハム様の御意思にお任せすることが良いのではないか、と思うのです」
「そうか、わかった」

また、沈黙が続くかと思われたが、以外にもすぐにディルハムは返事を返した。

「婚約の解消はしないし、今後もするつもりはない。俺の妻になるのはルビーだけだ。俺はルビーと結婚する」
「……はい。わかりました。ディルハム殿下の御心のままに」

私を見つめ、しっかりと告げるディルハムに頷き、返事を返す。あまりにも真剣な表情なので、まるで告白をされているような気分になった。
きっとこれから私は辛い人生を送ることになるかもしれない。夫のことを愛しているのに、その夫に愛されない妻なんて辛いに決まっている。だけど、ディルハムはきっと私のことは妹くらいには大切に思っているはずだ。きっと心配はいらない。恋人として愛されなくとも家族としては愛される。それに私だけを妻にする予定ということは、まさか一国の姫君を愛人にするわけにはいかないだろうから、アデール姫を諦めるということだ。ディルハムにとっては辛い決断であろうが、将来王になる立場の者として決断したのだろうから、私は将来の王妃としてその決断に従おう。
そう決心していると、ディルハムがふと、零すように言った。

「そういえば、この辺りだったな」
「……何のことですの?」
「ルビーが父上に求婚した場所」
「あぁ。そういえばそうでしたわね。……あら?でもどうしてディルハムがそのことをお知りになっているのです?」

ディナール様にでも聞いたのかしら、なんて考えつつ、聞いてみると、予想外にディルハムは固まってしまった。
そんなに聞きにくいことを質問してしまったのだろうか。
そのままなかなか返答してくれないディルハムの顔を見つめながら返事をじっと待っていると、なぜか顔を真っ赤にしてディルハムは言った。

「あのとき、近くに俺もいたんだ」
「まぁ、そうなんですのね。私てっきりディナール様からお聞きになったのかと思いましたわ」

なるほど、と納得していると、ディルハムはまだ何かを言いたそうな顔をした。
なんだろうと思いつつ、再びおとなしく待っていると、深呼吸をひとつして、ディルハムは言った。

「……一目惚れだったんだ」

ひとめぼれ?一体どういう意味だろう。
……あぁ、そうか。

「……アデール様のことですか?」
「違う!なんでそうなるんだ!」

こんなタイミングでアデール姫のことを口にするなんて本当に無神経な男だなぁ、と思ったが、激しく否定するあたり、どうやら違うみたい。
ディナール様との求婚のときということかな?そうなるとひとめぼれって、父親のディナール様であるわけはないので必然的に……私?

「あの、ディルハム様。私、その、勘違いかもしれないのですが。もしかして、もしかしたらですよ?ディルハム様のひとめぼれのお相手って私、ですか?」
「あぁ、そうだ。俺がひとめぼれしたのは、ルビーだ」
「そ、そうなんですのね。……たとえ昔の話だとしても嬉しいです」

昔の話だとしても、嬉しいものは嬉しい。自然と笑みが溢れてくる。
このことだけでこれから先ずっと喜んでディルハムの妻をやっていける気がする。
でも、ひとめぼれのわりには酷い態度をとられたような記憶があるけど、もしかしたら、あの態度は本当に照れ隠しだったとか?……そう思って当時のディルハムを思い出してみれば、可愛すぎて死にそうなくらい。
今は好かれてなくとも少なくとも昔は愛されていたという事実に、浮かれていると、ディルハムがまた何かを言いたそうな目で私を見てきた。

「ディルハム様、どうかなさいました?」

ちょっとだけ機嫌が良いので、小首を傾げて可愛こぶって聞いてみると、ディルハムは私の両手を優しく握ってきた。

「聞いてくれ、ルビー」
「はい、なんでしょう」
「俺はルビーを愛している」
「え?」

アイシテル?どういう意味だろう。……もしかしてこれは、ディルハムの新しい何かの罠?いや、罠ってなんの罠よ。
でも、だって、ディルハムは、昔は私のことが好きだったとしても、今はアデール姫のことが好きな、はず、だよね?
動揺して私が何も言えずにいると、ディルハムは俯いて苦しそうな表情をした。

「……ルビーが今でも父上のことを愛しているのは知っている。だが、父上には母上がいる。可哀想だが、諦めてくれ。それに、俺が生きているうちはルビーを他の男に渡すつもりもない。だから、婚約解消も愛人を作ることも許してやれない。すまない。」

申し訳なさそうに暗い顔をしているディルハムの気持とは反対に、私はとても幸せな夢をみている気分だった。これではまるで本当にディルハムは私のことが好きみたいじゃないか。もし、もしも、本当にそうであるならば、私はディルハムに告げてみてもいいのかもしれない。私の今のこの思いを。
深呼吸をひとつして、口を開く。

「あの、ディルハム様はアデール様ではなく、私のことが好きなのですか?」
「そうだ」
「えっと、ディルハム様」
「……なんだ?」
「私もディルハム様のことが好きです」
「そうか…………は?」

私の告白を聞いたディルハムは、怪訝な顔をしたが、そんな顔をしていてもディナール様ゆずりの美しさと煌めきは失われていない。

「それは、本当なのか?本当なら嬉しい。……いや、でも、ルビーは、この間、父上に告白していただろう?」

ディルハムも素敵よね、なんてふわっと考えていたら、とんでもないことを言われてしまった。まさか、あれを聞かれていたとは。私はこんなとき、ディルハムに対してどんな顔をすればよいのかわからなかった。これでディルハムがアデール姫を好きだというのならともかく、ディルハムが私のことが好きだというのが真実なら、自分の婚約者が自分の父親に告白するシーンなんてトラウマ確定案件だ。

「ち、ちがいます!いえ、告白したのは事実といえば事実なのですが、軽い気持ちというか、ほんの出来心というか、冗談というか、なんというか、と、とにかく違うのです!今、私が愛しているのはディナール様ではなく、ディルハム様なのです!信じてくださいディルハム様!本当なんです!私はディルハム様のことが好きなのです!愛してるんです!」

私はなんとか弁解をしようと、握られていた両の手を逆にがっしりと握り返し、身を乗り出すようにして、ディルハムに詰め寄る。

「わ、わかった。信じる。信じるから、すまないが少し離れてくれ」
「傍に寄るのも不快ということですか!」
「違う!とりあえず落ち着くんだ、ルビー」

私はそのあとも何度も説明して、なんとかディルハムのことを好きだということを信じてもらえたのだった。
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