悪役令嬢エリザベート物語

kirara

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エリザベート嬢はあきらめない

夕闇が近づく空に・・

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 ドリミア王国の魔法騎士団の本部では、泣いて「もう聖女はいやです」と言い続けるロリエッタがいた。

「アフレイド様、あの瘴気を放っておくわけにはいきません。私が行きましょう。ロリエッタ様をお借りしても宜しいでしょうか?」

「勿論かまいませんが、レティシア様、お疲れではありませんか?」

 長い長い浄化の祈りの旅を終えた直後に、ロリエッタが瘴気を浄化できなかったとの知らせが入いった。

 それを聞き、急いでこの国にやって来たのだ。

 ここに来る前に寄らなければならない場所があった。その用を急いで済ませ、ここに駆けつけたのだ。

 アフレイドをはじめとする魔法騎士団も、彼女に従った。

「大丈夫です。その為に急いでこちらに参ったのです。ただ、ロリエッタ様にもご同行をお願いしなければなりません」

「エッ?私?イヤです!絶対に嫌!私には無理です。もうあの場所には行きたくない・・」

 聖女としての自信をすっかり無くしてしまったロリエッタの震えは止まらず、その場から動けなかった。

 レティシアは困っていた。

 ロリエッタはこのドリミア王国の国王が認めた聖女だ。その上、つい先日、盛大なお披露目パーティーまで行っている。

 瘴気が浄化出来なかったのは、1度めの時とは比べ物にならないほど、『異世界と繋がっている空間の綻(ほころ)び』が大きかったからだ。

 あの綻びを塞ぐことが出来るのは、自分ともう1人。エリザベートだけだろう。

 そして今、レティシアが1人で動けば、この聖女ロリエッタは、〈聖なる力を持たない〉〈聖女としての資質がなかった〉と、ヴァイオレットの聖女である自分が認めた事になってしまう。それを避けたかった。

 アフレイドも、他の者達も、それが分かっていた。

「仕方がない。レティシア様、お疲れのところ申し訳ありませんが、お願い致します」

 アフレイドがレティシアに言った。他の者達も頷いた。

 この聖女ロリエッタを国の聖女と認めた、国王陛下の威厳(いげん)を守る為に、彼女を宥(なだ)めるだけの時間がなかった。

 その時だった。

「大変です!魔物が現れました」

 国を守っている魔法騎士団のメンバーから知らせが入った。

「魔物?」

 驚いたのはレティシアだ。
 1度めは、このドリミア王国には魔物は現れなかった。発生する瘴気が多すぎたのかしら?

 レティシアの考えは当たっていた。今回は発生する瘴気が多すぎた。魔物は常に瘴気と共にある。この多発した瘴気に気が付いた魔物達が、あの大きな『綻び』から現れはじめたのだ。

 その場に緊張が走った。魔法騎士団の総団長アフレイド・ノイズが部下を引き連れて、瞬間移動しようとした、まさにその時だった。

 夕闇が近づいて薄暗くなっていた王都の空が、パッと明るくなった。

 騎士団の本部にいたメンバーは、急いで城の庭に移動した。レティシアが泣いてるロリエッタも一緒に連れ出した。

 そこには、濃い藍色のドレスに身を包んだ美しい女性と、1人の青年が立っていた。

 精霊テネーブの魔法で夕闇の空にフワリと浮き上がっている2人の姿が、大きな映像となって人々には見えていた。


 国王陛下夫妻も、その側に常にいる宰相デイビス・ブルーノも、親衛副隊長のホワイル・ブラウンも、陛下の部屋の窓を開けて空を見ていた。

 ドルマンをはじめ、城で働いている殆ど全ての人々が、それぞれの場所からその姿を見ていた。


「エリザ!」

「エリザベート!」

「エリザベート嬢!」

「エリザベート様!」

 彼女を知る人々は驚愕に目を見開いた。

 その姿はドリミア王国全土から見ることが出来た。

「あれは・・追放されたエリザベート・ノイズだ!」

「あの女だ!」

「あの女だ!」

 聖女ロリエッタのお披露目パーティーの時も、同じように映像が映し出された。

 その時に、ウィリアム殿下によって国外に追放された公爵令嬢。彼女が王都の空から自分達を見下ろしていた。

 ザワザワ……
 ザワザワ……

 彼女に婚約破棄を言い渡したのは、ウィリアム殿下だ。
 彼女に国外追放を言い渡したのも、ウィリアム殿下だ。

(このウィリアム殿下はドルマンが変装していたのだけれど、国民達はそれを知らない)

 国民達が騒ついている理由は他にあった。

 あの時、彼女の言葉を否定したのは誰か?
 あの時、彼女に暴言を吐いたのは誰か?
 あの時、彼女に「お前など要らない。この国から出て行け!」と言ったのは誰か?

 人々はエリザベート・ノイズ公爵令嬢が、自分達に復讐する為に現れたのだと思った。

 身に覚えがある者達は震えていた。

 ・・・・・

 エリザベートは人々が落ち着くのを待っていた。その横では、彼女のドレスに合わせたような、濃い藍色のマントを羽織った青年が、静かに人々を見下ろしている。

 彼女はまず国王陛下の方を見て礼をした。

「陛下、そして妃殿下。お久しぶりでございます。高い場所から失礼致します」

 彼女からは城だけでなく、ノイズ公爵家も見えているのだろう。

「お父様、お母様、そしてお兄様。お久しぶりでございます」

 ノイズ公爵家では母マーガレットが、空に映った愛娘とその隣りに立つ青年の姿を見ていた。

 アフレイドとリアムも同じように、2人の姿を見ていた。

 リアムにはその青年が人間ではなく精霊である事が分かった。ああ・・『彼』なのか・・『彼』がそうなのか・・

 そのコバルトブルーの瞳が、じっと精霊テネーブを見つめる。その視線に気がついたテネーブがリアムに目を向けた。

『あとは任せておけ』

 頭の中に直接届いたテネーブの言葉に、リアムは頷いた。やはり僕ではダメだったんだな。そして彼なら任せられる。

 嫉妬はしなかった。ただ胸の中に今まで知らなかった寂しさが渦巻いた。この寂しさを1度めのエリザは独りで耐えていたのか。

『リアム、貴方は頑張ったわ。あの子もこれで幸せになれそうね』

 珍しく風の精霊パールが姿を現してリアムの横に立った。

『そうだね、パール』

 リアムが答えると、優しいそよ風が吹き、水色の光がキラキラ輝きながら消えて行った。
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