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大魔法師
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おそらく3時間は歩いたはずだ。ようやく森の外の景色が視界に入ってきた。改めて、俺はとんでもない場所に住んでいたんだと思い知らされた。
森を抜けた先も特に何かがあるわけではなく、どこまでも広がる草原と二車線ほどの幅の舗装もされていない道があるだけだった。
「まだ歩かなくちゃいけないのかよ……」
現状に絶望してうなだれていると、どこからか規則的な音が聞こえてきた。
音の鳴る方を見ると、巨大な馬がこちらめがけて走ってきていた。あまりに一直線で走ってくるものだから瞬時に魔力を込めて迎撃しようとしたが、目をこらすと馬の背後にまだ何かいる。あれは……。
「馬車だ!」
後ろで手綱を握っている人と、荷車が見えた。俺は魔力を引っ込め、最後の元気を振り絞って大きく手を振りながら繰り返しジャンプした。
「おーい! おーい!」
馬車は徐々に速度を落とし、目の前までくると制止した。行商人らしき風貌の若々しい男が馬の背後からひょっこり顔を出した。
「なんだ、こんな所に人がいるなんて珍しい。おめえ、こんなところで何してんだ?」
「王都を目指そうと森の奥からやってきたんですけど、どこにあるかも見当がついてなくて。途中まででいいんです、乗せてってくれませんか?」
「森の奥から……?」
男は訝しむような表情で俺を見ている。俺は両手をこすりあわせ、男に拝んで見せた。とにかく困っている可哀想な少年らしさを醸し出し、感情に訴える作戦だ。ここでこの男を逃したら王都にたどり着く前に力尽きてしまう。
男はまじまじと俺の全身をくまなく見た後、腕を組みながら悩んでいる。あともう一押しだ。
「家族ももういないんです。頼れるひとがいなくて。どうか、どうかお願いします」
男は腹を決めたのか、大きくため息を吐いた。
「わかったよ。その代わり、荷車の中にはのっちゃいけねえよ。大事な商売道具がたんまり入ってるんでな。お前さんは俺の隣だ。それでいいな?」
「ありがとうございます。充分過ぎるほどです」
俺はさっそく男の隣へ座った。男が手綱を引くと、馬は走り出した。
「俺の名前はマルシャル=パンゾ。マルルとでも呼んでくれ。お前さんの名前は?」
「俺の名前は、アルバート=レストナックといいます」
するとマルルは少し驚いたような顔で俺を見た。
「アルバートよ、冗談はいっちゃいけねえぜ」
俺は何のことを言われているかわからず、素っ頓狂な顔をしてしまう。
「レストナックを名乗るとは、いい度胸をしていやがる」
「なんでですか?」
「カールハインツ=レストナックって言えば、もちろんわかるよな?」
もちろんも何も、その名前は……。
「なんでその名前を知っているんですか? それは、僕のおじいちゃんの名前ですよ」
するとマルルさんは目を丸く見開いて、少し固まった後に声を上げて大笑いした。
「アルバート、お前なかなかに面白い奴だ。俺はみてくれの通り行商人をやってる。人を見る目ってやつには多少の自信があるんだ。お前は間違いなく、いいやつだ」
マルルさんは楽しそうに俺の背中を何度かたたくと、再び上機嫌に笑った。俺は状況が全く飲み込めず置いてけぼりにされたような感覚に陥った。
「まあ、何か言いたくない事情があるんだろう。今はそういうことにしといてやるよ」
どうも会話が成り立っていない。自分の名前を名乗っただけなのに、なにやら小馬鹿にされているみたいで気分が悪い。だけど、今はマルルさんに頼るしかないし、適当に話を合わせておいたほうがいいだろう。
「お気遣いいただいて、すみません。そういえば、マルルさんはどこに向かっているんですか?」
「敬語はよしてくれ、どうもむずがい」
「すみま……いや、ごめん。それじゃあ敬語はやめるよ」
「おうよ。それとどこに向かってるって話だったけどな、アルバートは運がいいぜ。俺もちょうど王都を目指してるところなんだ」
その言葉を聞いて、俺はようやく一安心してほっと胸をなで下ろした。
これでとりあえずは、じいちゃんの遺言は守ることができそうだ。
「マルル、よかったら、この世界のこと教えてくれないか? 俺、森の中でずっと暮らしてきて外のこと本当に何も知らないんだ。アルバート=レストナックってのも、俺を拾ってくれたひとがつけてくれた名前なんだ」
マルルは狐につままれたような顔で俺を見た。
「なるほどそういうことか。それじゃあ、まず一つ教えられることがあるぜ。お前のことを拾ってくれた人は嘘つきってことだ」
マルルの心ない言葉に怒りがこみ上げる。15年間大切に育ててくれたじいちゃんのことを何も知りもしないくせに嘘つき呼ばわりするなんてあんまりだ。
「マルルにじいちゃんの何がわかるんだよ。嘘つきだと? 知ったような口をきくな」
「何をそんなに怒ってるんだ。確かな事実だろ」
「なんでそう思うんだ」
「お前を拾った人は、カールハインツ=レストナックって名乗ったんだろ?」
「ああ、そうだよ」
「だから嘘つきだって言うんだ」
俺はあまりの怒りに体が燃えるように熱を帯びてきた。しかし、マルルの言葉を聞いてその熱は一瞬で冷め切ってしまう。
「カールハインツ=レストナックって言えば、世界の誰もが知ってる人物さ。1000年前、たった1人で魔王を討ち滅ぼし、恒久の平和をもたらした史上最も偉大な大魔法師なんだからな」
森を抜けた先も特に何かがあるわけではなく、どこまでも広がる草原と二車線ほどの幅の舗装もされていない道があるだけだった。
「まだ歩かなくちゃいけないのかよ……」
現状に絶望してうなだれていると、どこからか規則的な音が聞こえてきた。
音の鳴る方を見ると、巨大な馬がこちらめがけて走ってきていた。あまりに一直線で走ってくるものだから瞬時に魔力を込めて迎撃しようとしたが、目をこらすと馬の背後にまだ何かいる。あれは……。
「馬車だ!」
後ろで手綱を握っている人と、荷車が見えた。俺は魔力を引っ込め、最後の元気を振り絞って大きく手を振りながら繰り返しジャンプした。
「おーい! おーい!」
馬車は徐々に速度を落とし、目の前までくると制止した。行商人らしき風貌の若々しい男が馬の背後からひょっこり顔を出した。
「なんだ、こんな所に人がいるなんて珍しい。おめえ、こんなところで何してんだ?」
「王都を目指そうと森の奥からやってきたんですけど、どこにあるかも見当がついてなくて。途中まででいいんです、乗せてってくれませんか?」
「森の奥から……?」
男は訝しむような表情で俺を見ている。俺は両手をこすりあわせ、男に拝んで見せた。とにかく困っている可哀想な少年らしさを醸し出し、感情に訴える作戦だ。ここでこの男を逃したら王都にたどり着く前に力尽きてしまう。
男はまじまじと俺の全身をくまなく見た後、腕を組みながら悩んでいる。あともう一押しだ。
「家族ももういないんです。頼れるひとがいなくて。どうか、どうかお願いします」
男は腹を決めたのか、大きくため息を吐いた。
「わかったよ。その代わり、荷車の中にはのっちゃいけねえよ。大事な商売道具がたんまり入ってるんでな。お前さんは俺の隣だ。それでいいな?」
「ありがとうございます。充分過ぎるほどです」
俺はさっそく男の隣へ座った。男が手綱を引くと、馬は走り出した。
「俺の名前はマルシャル=パンゾ。マルルとでも呼んでくれ。お前さんの名前は?」
「俺の名前は、アルバート=レストナックといいます」
するとマルルは少し驚いたような顔で俺を見た。
「アルバートよ、冗談はいっちゃいけねえぜ」
俺は何のことを言われているかわからず、素っ頓狂な顔をしてしまう。
「レストナックを名乗るとは、いい度胸をしていやがる」
「なんでですか?」
「カールハインツ=レストナックって言えば、もちろんわかるよな?」
もちろんも何も、その名前は……。
「なんでその名前を知っているんですか? それは、僕のおじいちゃんの名前ですよ」
するとマルルさんは目を丸く見開いて、少し固まった後に声を上げて大笑いした。
「アルバート、お前なかなかに面白い奴だ。俺はみてくれの通り行商人をやってる。人を見る目ってやつには多少の自信があるんだ。お前は間違いなく、いいやつだ」
マルルさんは楽しそうに俺の背中を何度かたたくと、再び上機嫌に笑った。俺は状況が全く飲み込めず置いてけぼりにされたような感覚に陥った。
「まあ、何か言いたくない事情があるんだろう。今はそういうことにしといてやるよ」
どうも会話が成り立っていない。自分の名前を名乗っただけなのに、なにやら小馬鹿にされているみたいで気分が悪い。だけど、今はマルルさんに頼るしかないし、適当に話を合わせておいたほうがいいだろう。
「お気遣いいただいて、すみません。そういえば、マルルさんはどこに向かっているんですか?」
「敬語はよしてくれ、どうもむずがい」
「すみま……いや、ごめん。それじゃあ敬語はやめるよ」
「おうよ。それとどこに向かってるって話だったけどな、アルバートは運がいいぜ。俺もちょうど王都を目指してるところなんだ」
その言葉を聞いて、俺はようやく一安心してほっと胸をなで下ろした。
これでとりあえずは、じいちゃんの遺言は守ることができそうだ。
「マルル、よかったら、この世界のこと教えてくれないか? 俺、森の中でずっと暮らしてきて外のこと本当に何も知らないんだ。アルバート=レストナックってのも、俺を拾ってくれたひとがつけてくれた名前なんだ」
マルルは狐につままれたような顔で俺を見た。
「なるほどそういうことか。それじゃあ、まず一つ教えられることがあるぜ。お前のことを拾ってくれた人は嘘つきってことだ」
マルルの心ない言葉に怒りがこみ上げる。15年間大切に育ててくれたじいちゃんのことを何も知りもしないくせに嘘つき呼ばわりするなんてあんまりだ。
「マルルにじいちゃんの何がわかるんだよ。嘘つきだと? 知ったような口をきくな」
「何をそんなに怒ってるんだ。確かな事実だろ」
「なんでそう思うんだ」
「お前を拾った人は、カールハインツ=レストナックって名乗ったんだろ?」
「ああ、そうだよ」
「だから嘘つきだって言うんだ」
俺はあまりの怒りに体が燃えるように熱を帯びてきた。しかし、マルルの言葉を聞いてその熱は一瞬で冷め切ってしまう。
「カールハインツ=レストナックって言えば、世界の誰もが知ってる人物さ。1000年前、たった1人で魔王を討ち滅ぼし、恒久の平和をもたらした史上最も偉大な大魔法師なんだからな」
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