闇の媒介者

心憧むえ

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代償魔法

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 じいちゃんは腰の抜けた俺の前にやってくると、優しく頭をなでた。



「じっとそこで、見ておきなさい」



 じいちゃんはいつもみたいに優しい笑顔を向けると、魔物の方へ向き直った。

 その背中はいつもより大きく、どこか物寂しさを覚えた。



「それでは、始めようかのう」
「ええ、もちろんですとも」



 そこから、魔物とじいちゃんとの戦闘が始まった。さっきまでのじいちゃんは全然本気ではなかったんだって思うほどに、魔法の威力、多彩さ、応用力すべてがはじめて目にするものだった。魔物の方は、終始じいちゃんに押され、手も足も出ない様子で、まるで自分のことのようにうれしく思った。



 魔物の方も、決して弱いわけではない。おそらく今の俺ではあと一歩及ばないところにいる。
 あっという間に魔物の方はボロボロになり、立っているのもやっとの状態だ。



「どうした、その程度かい」
「まさか現代にこれほどまでに強い魔法使いがいたとは驚きです。生涯最後にあなたのような魔法使いと戦えたこと、光栄に思います。私の手を、取ってはくれませんか」



 魔物は握手をしたそうに、右手を差し出した。じいちゃんは俺の方に一瞥だけくれると、魔物の方へと歩み寄った。


「いいでしょう」


 じいちゃんも右手を差し出し、お互い握手した。魔物という言葉の持つイメージから底意地の悪いやつばかりと思っていたが、そうではないらしい。そう思った瞬間、魔物の右手に魔力が込められた。


「迸れ、イオグラン」


 魔物の右手からじいちゃんの手に魔力が流れ込み、指先から徐々に真っ黒になっていく。


「あと数分もすれば、その穢れは全身を浸食し、爆発しますよ。さあ、どうします」
「お前、だましたのか!」
「何を言っているのですか、君は。人を殺すためならなんだってするのが、我々魔物ですよ。騙しは私たちにとってのいわば専売特許です」
「アルバート、いいのですよ。落ち着きなさい」


 じいちゃんは左手で右腕を押さえ、魔法を唱える。


「崩壊せよ。クラプス」


 言い終わると同時に、浸食する速度より早くじいちゃんの腕がボロボロと崩れ落ちて、気付けば体から右腕はなくなっていた。


「ほう、右腕を早々に差し出し体全体に浸食が行き渡るのを防ぎましたか。老齢にしてその判断力の早さも実に素晴らしい」
「あなた程度の魔物、右腕がなくともなんら変わりません。他になにもないなら、そろそろ終わりにしましょう」


 じいちゃんは錫杖を2回地面に打ち付けた。込められた魔力のあまりの大きさに、俺は自分の周りに結界を張った。


「いい判断です、アルバート。――焼き喰らえ、フレイムドラゴン」


 俺が出したフレイムドラゴンより一回り小さいドラゴンが出現したけれど、俺のものよりはるかにやばい。火は青く、密度と純度があまりにも高い。結界を張っていなければおそらく肉体が溶けていた所だ。結界を張っていても、まるでサウナに入っているみたいに汗が噴き出る。
 錫杖の先を魔物の方へと向けると、ドラゴンは魔物めがけて飛び出した。


「代償魔法、死者の綻び」


 魔物は右手を空に突き上げた。手の平から黒い火が吹き出ると、それはやがてドラゴンの形を成した。


「フレイムドラゴン!?」


 形はフレイムドラゴンそのものだが、魔力は一切感じられない。なんだか寒気がする。


「焼き殺せ」


 互いのフレイムドラゴンが宙でぶつかると、すさまじい音と魔力の波が森の中に響き渡った。
 俺はただ、結界の中でその様子をただ傍観することしかできなかった。
 じいちゃんならきっと、きっと勝てるはずだ。そう思ったのも束の間、黒い炎のドラゴンがじいちゃんのドラゴンを喰らい始めた。
 なんでだ。さっきまでは一方的にじいちゃんが圧倒していて、魔法では微塵も負けていなかったというのに。


「アルバートよく見ておきなさい」


 言葉は落ち着いているが、じいちゃんのドラゴンはみるみる喰われていき、すぐに食い尽くされてしまった。
 なすすべがなくなったのか、じいちゃんは立ち尽くしたままだ。


「じいちゃん、逃げて!」


 俺は結界を解き、じいちゃんの元へと走り出す。走り出してすぐ見えない壁にぶつかった。見えない壁、これは……。


「結界!? じいちゃん、なんで!」
「よく見ておきなさいと、言ったでしょう」


 刹那、目の前で黒い炎のドラゴンがじいちゃんに突っ込んだ。
 けたたましい音ともに、土煙が辺り一帯に広がり視界が塞がれる。
 じいちゃん、じいちゃんはどうなったんだ。結界が勝手に解かれ、俺は慌てて風魔法で土煙を払った。
 目の前の光景を見て、俺の体は硬直してしまう。二つの足で地面を踏みしめる魔物に、地面に倒れ込むじいちゃん。


「じいちゃん!」


 硬直した体を無理矢理動かしてじいちゃんの元へと走り寄った。まだかろうじて息がある。今ならまだ、助かるかも知れない。


「じいちゃん、待ってて。今治療するから」
「あ、アルバート、奴を見なさい。奴はまだ生きています。私は大丈夫、あとはお前がやるのです」
「で、でも、多分今のあいつでも俺じゃ……」


 じいちゃんは息を整え、じっと俺を見据えた。


「アルバート、お前は闇を媒介物とする。この結界の中のように、闇の中であればお前は最強の魔法使いじゃ」
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