3 / 5
代償魔法
しおりを挟む
じいちゃんは腰の抜けた俺の前にやってくると、優しく頭をなでた。
「じっとそこで、見ておきなさい」
じいちゃんはいつもみたいに優しい笑顔を向けると、魔物の方へ向き直った。
その背中はいつもより大きく、どこか物寂しさを覚えた。
「それでは、始めようかのう」
「ええ、もちろんですとも」
そこから、魔物とじいちゃんとの戦闘が始まった。さっきまでのじいちゃんは全然本気ではなかったんだって思うほどに、魔法の威力、多彩さ、応用力すべてがはじめて目にするものだった。魔物の方は、終始じいちゃんに押され、手も足も出ない様子で、まるで自分のことのようにうれしく思った。
魔物の方も、決して弱いわけではない。おそらく今の俺ではあと一歩及ばないところにいる。
あっという間に魔物の方はボロボロになり、立っているのもやっとの状態だ。
「どうした、その程度かい」
「まさか現代にこれほどまでに強い魔法使いがいたとは驚きです。生涯最後にあなたのような魔法使いと戦えたこと、光栄に思います。私の手を、取ってはくれませんか」
魔物は握手をしたそうに、右手を差し出した。じいちゃんは俺の方に一瞥だけくれると、魔物の方へと歩み寄った。
「いいでしょう」
じいちゃんも右手を差し出し、お互い握手した。魔物という言葉の持つイメージから底意地の悪いやつばかりと思っていたが、そうではないらしい。そう思った瞬間、魔物の右手に魔力が込められた。
「迸れ、イオグラン」
魔物の右手からじいちゃんの手に魔力が流れ込み、指先から徐々に真っ黒になっていく。
「あと数分もすれば、その穢れは全身を浸食し、爆発しますよ。さあ、どうします」
「お前、だましたのか!」
「何を言っているのですか、君は。人を殺すためならなんだってするのが、我々魔物ですよ。騙しは私たちにとってのいわば専売特許です」
「アルバート、いいのですよ。落ち着きなさい」
じいちゃんは左手で右腕を押さえ、魔法を唱える。
「崩壊せよ。クラプス」
言い終わると同時に、浸食する速度より早くじいちゃんの腕がボロボロと崩れ落ちて、気付けば体から右腕はなくなっていた。
「ほう、右腕を早々に差し出し体全体に浸食が行き渡るのを防ぎましたか。老齢にしてその判断力の早さも実に素晴らしい」
「あなた程度の魔物、右腕がなくともなんら変わりません。他になにもないなら、そろそろ終わりにしましょう」
じいちゃんは錫杖を2回地面に打ち付けた。込められた魔力のあまりの大きさに、俺は自分の周りに結界を張った。
「いい判断です、アルバート。――焼き喰らえ、フレイムドラゴン」
俺が出したフレイムドラゴンより一回り小さいドラゴンが出現したけれど、俺のものよりはるかにやばい。火は青く、密度と純度があまりにも高い。結界を張っていなければおそらく肉体が溶けていた所だ。結界を張っていても、まるでサウナに入っているみたいに汗が噴き出る。
錫杖の先を魔物の方へと向けると、ドラゴンは魔物めがけて飛び出した。
「代償魔法、死者の綻び」
魔物は右手を空に突き上げた。手の平から黒い火が吹き出ると、それはやがてドラゴンの形を成した。
「フレイムドラゴン!?」
形はフレイムドラゴンそのものだが、魔力は一切感じられない。なんだか寒気がする。
「焼き殺せ」
互いのフレイムドラゴンが宙でぶつかると、すさまじい音と魔力の波が森の中に響き渡った。
俺はただ、結界の中でその様子をただ傍観することしかできなかった。
じいちゃんならきっと、きっと勝てるはずだ。そう思ったのも束の間、黒い炎のドラゴンがじいちゃんのドラゴンを喰らい始めた。
なんでだ。さっきまでは一方的にじいちゃんが圧倒していて、魔法では微塵も負けていなかったというのに。
「アルバートよく見ておきなさい」
言葉は落ち着いているが、じいちゃんのドラゴンはみるみる喰われていき、すぐに食い尽くされてしまった。
なすすべがなくなったのか、じいちゃんは立ち尽くしたままだ。
「じいちゃん、逃げて!」
俺は結界を解き、じいちゃんの元へと走り出す。走り出してすぐ見えない壁にぶつかった。見えない壁、これは……。
「結界!? じいちゃん、なんで!」
「よく見ておきなさいと、言ったでしょう」
刹那、目の前で黒い炎のドラゴンがじいちゃんに突っ込んだ。
けたたましい音ともに、土煙が辺り一帯に広がり視界が塞がれる。
じいちゃん、じいちゃんはどうなったんだ。結界が勝手に解かれ、俺は慌てて風魔法で土煙を払った。
目の前の光景を見て、俺の体は硬直してしまう。二つの足で地面を踏みしめる魔物に、地面に倒れ込むじいちゃん。
「じいちゃん!」
硬直した体を無理矢理動かしてじいちゃんの元へと走り寄った。まだかろうじて息がある。今ならまだ、助かるかも知れない。
「じいちゃん、待ってて。今治療するから」
「あ、アルバート、奴を見なさい。奴はまだ生きています。私は大丈夫、あとはお前がやるのです」
「で、でも、多分今のあいつでも俺じゃ……」
じいちゃんは息を整え、じっと俺を見据えた。
「アルバート、お前は闇を媒介物とする。この結界の中のように、闇の中であればお前は最強の魔法使いじゃ」
「じっとそこで、見ておきなさい」
じいちゃんはいつもみたいに優しい笑顔を向けると、魔物の方へ向き直った。
その背中はいつもより大きく、どこか物寂しさを覚えた。
「それでは、始めようかのう」
「ええ、もちろんですとも」
そこから、魔物とじいちゃんとの戦闘が始まった。さっきまでのじいちゃんは全然本気ではなかったんだって思うほどに、魔法の威力、多彩さ、応用力すべてがはじめて目にするものだった。魔物の方は、終始じいちゃんに押され、手も足も出ない様子で、まるで自分のことのようにうれしく思った。
魔物の方も、決して弱いわけではない。おそらく今の俺ではあと一歩及ばないところにいる。
あっという間に魔物の方はボロボロになり、立っているのもやっとの状態だ。
「どうした、その程度かい」
「まさか現代にこれほどまでに強い魔法使いがいたとは驚きです。生涯最後にあなたのような魔法使いと戦えたこと、光栄に思います。私の手を、取ってはくれませんか」
魔物は握手をしたそうに、右手を差し出した。じいちゃんは俺の方に一瞥だけくれると、魔物の方へと歩み寄った。
「いいでしょう」
じいちゃんも右手を差し出し、お互い握手した。魔物という言葉の持つイメージから底意地の悪いやつばかりと思っていたが、そうではないらしい。そう思った瞬間、魔物の右手に魔力が込められた。
「迸れ、イオグラン」
魔物の右手からじいちゃんの手に魔力が流れ込み、指先から徐々に真っ黒になっていく。
「あと数分もすれば、その穢れは全身を浸食し、爆発しますよ。さあ、どうします」
「お前、だましたのか!」
「何を言っているのですか、君は。人を殺すためならなんだってするのが、我々魔物ですよ。騙しは私たちにとってのいわば専売特許です」
「アルバート、いいのですよ。落ち着きなさい」
じいちゃんは左手で右腕を押さえ、魔法を唱える。
「崩壊せよ。クラプス」
言い終わると同時に、浸食する速度より早くじいちゃんの腕がボロボロと崩れ落ちて、気付けば体から右腕はなくなっていた。
「ほう、右腕を早々に差し出し体全体に浸食が行き渡るのを防ぎましたか。老齢にしてその判断力の早さも実に素晴らしい」
「あなた程度の魔物、右腕がなくともなんら変わりません。他になにもないなら、そろそろ終わりにしましょう」
じいちゃんは錫杖を2回地面に打ち付けた。込められた魔力のあまりの大きさに、俺は自分の周りに結界を張った。
「いい判断です、アルバート。――焼き喰らえ、フレイムドラゴン」
俺が出したフレイムドラゴンより一回り小さいドラゴンが出現したけれど、俺のものよりはるかにやばい。火は青く、密度と純度があまりにも高い。結界を張っていなければおそらく肉体が溶けていた所だ。結界を張っていても、まるでサウナに入っているみたいに汗が噴き出る。
錫杖の先を魔物の方へと向けると、ドラゴンは魔物めがけて飛び出した。
「代償魔法、死者の綻び」
魔物は右手を空に突き上げた。手の平から黒い火が吹き出ると、それはやがてドラゴンの形を成した。
「フレイムドラゴン!?」
形はフレイムドラゴンそのものだが、魔力は一切感じられない。なんだか寒気がする。
「焼き殺せ」
互いのフレイムドラゴンが宙でぶつかると、すさまじい音と魔力の波が森の中に響き渡った。
俺はただ、結界の中でその様子をただ傍観することしかできなかった。
じいちゃんならきっと、きっと勝てるはずだ。そう思ったのも束の間、黒い炎のドラゴンがじいちゃんのドラゴンを喰らい始めた。
なんでだ。さっきまでは一方的にじいちゃんが圧倒していて、魔法では微塵も負けていなかったというのに。
「アルバートよく見ておきなさい」
言葉は落ち着いているが、じいちゃんのドラゴンはみるみる喰われていき、すぐに食い尽くされてしまった。
なすすべがなくなったのか、じいちゃんは立ち尽くしたままだ。
「じいちゃん、逃げて!」
俺は結界を解き、じいちゃんの元へと走り出す。走り出してすぐ見えない壁にぶつかった。見えない壁、これは……。
「結界!? じいちゃん、なんで!」
「よく見ておきなさいと、言ったでしょう」
刹那、目の前で黒い炎のドラゴンがじいちゃんに突っ込んだ。
けたたましい音ともに、土煙が辺り一帯に広がり視界が塞がれる。
じいちゃん、じいちゃんはどうなったんだ。結界が勝手に解かれ、俺は慌てて風魔法で土煙を払った。
目の前の光景を見て、俺の体は硬直してしまう。二つの足で地面を踏みしめる魔物に、地面に倒れ込むじいちゃん。
「じいちゃん!」
硬直した体を無理矢理動かしてじいちゃんの元へと走り寄った。まだかろうじて息がある。今ならまだ、助かるかも知れない。
「じいちゃん、待ってて。今治療するから」
「あ、アルバート、奴を見なさい。奴はまだ生きています。私は大丈夫、あとはお前がやるのです」
「で、でも、多分今のあいつでも俺じゃ……」
じいちゃんは息を整え、じっと俺を見据えた。
「アルバート、お前は闇を媒介物とする。この結界の中のように、闇の中であればお前は最強の魔法使いじゃ」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
子育て失敗の尻拭いは婚約者の務めではございません。
章槻雅希
ファンタジー
学院の卒業パーティで王太子は婚約者を断罪し、婚約破棄した。
真実の愛に目覚めた王太子が愛しい平民の少女を守るために断行した愚行。
破棄された令嬢は何も反論せずに退場する。彼女は疲れ切っていた。
そして一週間後、令嬢は国王に呼び出される。
けれど、その時すでにこの王国には終焉が訪れていた。
タグに「ざまぁ」を入れてはいますが、これざまぁというには重いかな……。
小説家になろう様にも投稿。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第二章シャーカ王国編
元悪役令嬢はオンボロ修道院で余生を過ごす
こうじ
ファンタジー
両親から妹に婚約者を譲れと言われたレスナー・ティアント。彼女は勝手な両親や裏切った婚約者、寝取った妹に嫌気がさし自ら修道院に入る事にした。研修期間を経て彼女は修道院に入る事になったのだが彼女が送られたのは廃墟寸前の修道院でしかも修道女はレスナー一人のみ。しかし、彼女にとっては好都合だった。『誰にも邪魔されずに好きな事が出来る!これって恵まれているんじゃ?』公爵令嬢から修道女になったレスナーののんびり修道院ライフが始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる