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第五章
最終話:成すべきことは
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ノエルの話を聞き終えると、私は眉間にしわをよせ頭を抱えていた。
どうして脅迫まがいなことするのかしら……。
きっとシナンがとても心配しているわ。
カミールも……うーん、どうかしら……。
それよりも戻ったらどう説明すればいいの?
3か月もノエルと過ごしていたのだから、きっと匂いが染みついているわよね……。
シナンの怒る顔が目に浮かぶ……はぁ……。
深いため息をつきうんうんと頭を悩ませていると、ノエルは立ち上がり私の手を取った。
「では行きましょうか」
突拍子もない言葉に目を見開き顔を上げると、首を傾げる。
「どこへ?」
「彼女と約束したんですよ。あなたが戻ってきたら彼らの元へ送り届けると」
ノエルの指先から魔力が伝わってくると、辺りの景色が白く染まっていく。
眩しさに目を閉じると、ふわっと体が浮かび上がった。
光が収まり目を開けると、そこはラボのすぐ近くだった。
鬱蒼と茂る森の奥にぽっかりと浮かぶラボ。
数か月に見るそれは何も変わったところはない。
「つきましたよ。ところで壁を壊す方法を見つけたんですか?」
ノエルは手を離すと、乱れた服を整える。
「えぇ、見つけたわ」
「そうですか、それはよかった。ですが壊す前に一つだけ忠告しておきましょう。知っている通り壁がなかったら数百年前、西と東は戦争を繰り返していた。ですから壁を壊せばまた開戦するかもしれませんよ。あなたもラボで見たはずです。白いベールがかかった部屋を」
白いベールがかかった部屋?
……ラボに来たばかりの頃、最初に目についた場所。
カンカンッと金属音が響いていた。
「白いカーテンで隠されていた部屋よね、知っているわ。何をしているのかは見ていないけれど」
ノエルはニッコリ笑みを深めると、こちらへ向き直る。
「率直に話すと、あの部屋で作られているのは兵器。それも対人戦用のね。壁を壊す計画が始まったと同時にあのラボが作られた。壁の傍で研究のしやすさも理由ですが、壁が崩れた際に武器をすぐに用意できるにしているんだよ」
対人用の武器ですって……。
西の国は……戦争を始めようとしているの……?
想像もしていなかったあまりのことに絶句した。
「まぁ、東の国が攻めてきた場合を考えての防衛用かもしれない、実際のところどうかわからないけれどね。だけど万が一を考えると、壁を壊すのであれば一部の方がいいだろうね。君の目的は向こう側へ渡ることだろう。あぁ、君が戦争を望むなら全て壊していいだろうけれど」
「まさかッッ、戦争なんて望んでいないわ!」
すぐさま否定すると、ノエルはクスクスと笑う。
「そうだろうね。私もそうだ。壊す方法も君の胸の内にとどめておく方がいい。いずれ見つけられてしまうかもしれないが、少しでも時間は稼げる」
戦争なんて……。
エレナの記憶で見た惨劇は悲惨なものだった。
もう二度と見たくない。
「わかったわ……ありがとう」
いえいえと笑う彼を見上げると、私はおもむろに口を開く。
「あなたはこれからどうするの?」
ノエルは青い瞳を静かに揺らすと、ラボへ続く道を進み始める。
「ちょっと、どこへ行くの?」
「ラボですよ。私の目的はエレナだけですからね。彼女がもうこの世界へ戻って来られないのなら、私がここにいる意味もない。過去に犯した罪を全て償えるとは思えないが、牢獄で極刑されるのを待つことにする。あぁそれか、カミールに殺された方がいいのかもしれないね」
止まることなく進み続ける彼の姿に、私は反射的に手を伸ばた。
「待って。あなたがしてきたことは許されないことだと思う。罰を受けるべきだとも思う。だけど……大切な人を失って、何としても取り戻したいという気持ちもわかるわ。……もう二度と他人を巻き込まないで。悪事に手を染めないと約束して」
ノエルは立ち止まると、おもむろに振り返る。
「どういうことだい?牢屋に入ればそんなこと不可能だろう。私は別に他人の不幸を喜ぶ人間じゃないよ。エレナ以外に興味もない。もしかして自首するのを止めようとしてくれているのなら、いらぬ世話だ」
澄んだ青い瞳に嘘偽りはない。
全てを受けて入れ覚悟している意思を感じた。
ここで彼を捕まえ罰することが正しい、そうわかっている。
彼のせいで不幸になった人がたくさんいるのも知っている。
だけど……この世界にエレナを戻した時、彼が牢獄に入っていれば、彼女ならどんなことをしても救いだすような気がする。
だって……彼女と私は似ているから……。
私の場合は自分を犠牲した。
だけどもしタクミはこの世界にいて牢屋に閉じ込めれていれば、どんな手段を使ってでも救い出していた。
「……成功するかわからないけれど、エレナをまたこの世界へ戻せるかもしれない。もし成功すれば……あの小屋へ彼女を送り届けるわ」
彼は目を見開くと、私を見つめたまま固まった。
「本当に?……そんなことが可能なの?」
「……わからない。けれどやってみる価値はあると思うの。だからそれまであなたはあの小屋で隠れていてほしい。もしエレナを戻せなかったら……捕まえに行くわ」
ノエルは考え込む表情を浮かべたかと思うと、コクリと深く頷き深く頭を下げた。
そんな彼の姿を見つめていると、足元から魔法が展開し、強い風が吹き上げる。
木々の葉が激しく音を立て枯葉が舞い上がったかと思うと、もうそこに彼の姿はなかったのだった。
***************************
大変お待たせしました!
次話でようやく壁の向こう側へ行きます!
どうぞ最後までお楽しみくださいm(__)m
どうして脅迫まがいなことするのかしら……。
きっとシナンがとても心配しているわ。
カミールも……うーん、どうかしら……。
それよりも戻ったらどう説明すればいいの?
3か月もノエルと過ごしていたのだから、きっと匂いが染みついているわよね……。
シナンの怒る顔が目に浮かぶ……はぁ……。
深いため息をつきうんうんと頭を悩ませていると、ノエルは立ち上がり私の手を取った。
「では行きましょうか」
突拍子もない言葉に目を見開き顔を上げると、首を傾げる。
「どこへ?」
「彼女と約束したんですよ。あなたが戻ってきたら彼らの元へ送り届けると」
ノエルの指先から魔力が伝わってくると、辺りの景色が白く染まっていく。
眩しさに目を閉じると、ふわっと体が浮かび上がった。
光が収まり目を開けると、そこはラボのすぐ近くだった。
鬱蒼と茂る森の奥にぽっかりと浮かぶラボ。
数か月に見るそれは何も変わったところはない。
「つきましたよ。ところで壁を壊す方法を見つけたんですか?」
ノエルは手を離すと、乱れた服を整える。
「えぇ、見つけたわ」
「そうですか、それはよかった。ですが壊す前に一つだけ忠告しておきましょう。知っている通り壁がなかったら数百年前、西と東は戦争を繰り返していた。ですから壁を壊せばまた開戦するかもしれませんよ。あなたもラボで見たはずです。白いベールがかかった部屋を」
白いベールがかかった部屋?
……ラボに来たばかりの頃、最初に目についた場所。
カンカンッと金属音が響いていた。
「白いカーテンで隠されていた部屋よね、知っているわ。何をしているのかは見ていないけれど」
ノエルはニッコリ笑みを深めると、こちらへ向き直る。
「率直に話すと、あの部屋で作られているのは兵器。それも対人戦用のね。壁を壊す計画が始まったと同時にあのラボが作られた。壁の傍で研究のしやすさも理由ですが、壁が崩れた際に武器をすぐに用意できるにしているんだよ」
対人用の武器ですって……。
西の国は……戦争を始めようとしているの……?
想像もしていなかったあまりのことに絶句した。
「まぁ、東の国が攻めてきた場合を考えての防衛用かもしれない、実際のところどうかわからないけれどね。だけど万が一を考えると、壁を壊すのであれば一部の方がいいだろうね。君の目的は向こう側へ渡ることだろう。あぁ、君が戦争を望むなら全て壊していいだろうけれど」
「まさかッッ、戦争なんて望んでいないわ!」
すぐさま否定すると、ノエルはクスクスと笑う。
「そうだろうね。私もそうだ。壊す方法も君の胸の内にとどめておく方がいい。いずれ見つけられてしまうかもしれないが、少しでも時間は稼げる」
戦争なんて……。
エレナの記憶で見た惨劇は悲惨なものだった。
もう二度と見たくない。
「わかったわ……ありがとう」
いえいえと笑う彼を見上げると、私はおもむろに口を開く。
「あなたはこれからどうするの?」
ノエルは青い瞳を静かに揺らすと、ラボへ続く道を進み始める。
「ちょっと、どこへ行くの?」
「ラボですよ。私の目的はエレナだけですからね。彼女がもうこの世界へ戻って来られないのなら、私がここにいる意味もない。過去に犯した罪を全て償えるとは思えないが、牢獄で極刑されるのを待つことにする。あぁそれか、カミールに殺された方がいいのかもしれないね」
止まることなく進み続ける彼の姿に、私は反射的に手を伸ばた。
「待って。あなたがしてきたことは許されないことだと思う。罰を受けるべきだとも思う。だけど……大切な人を失って、何としても取り戻したいという気持ちもわかるわ。……もう二度と他人を巻き込まないで。悪事に手を染めないと約束して」
ノエルは立ち止まると、おもむろに振り返る。
「どういうことだい?牢屋に入ればそんなこと不可能だろう。私は別に他人の不幸を喜ぶ人間じゃないよ。エレナ以外に興味もない。もしかして自首するのを止めようとしてくれているのなら、いらぬ世話だ」
澄んだ青い瞳に嘘偽りはない。
全てを受けて入れ覚悟している意思を感じた。
ここで彼を捕まえ罰することが正しい、そうわかっている。
彼のせいで不幸になった人がたくさんいるのも知っている。
だけど……この世界にエレナを戻した時、彼が牢獄に入っていれば、彼女ならどんなことをしても救いだすような気がする。
だって……彼女と私は似ているから……。
私の場合は自分を犠牲した。
だけどもしタクミはこの世界にいて牢屋に閉じ込めれていれば、どんな手段を使ってでも救い出していた。
「……成功するかわからないけれど、エレナをまたこの世界へ戻せるかもしれない。もし成功すれば……あの小屋へ彼女を送り届けるわ」
彼は目を見開くと、私を見つめたまま固まった。
「本当に?……そんなことが可能なの?」
「……わからない。けれどやってみる価値はあると思うの。だからそれまであなたはあの小屋で隠れていてほしい。もしエレナを戻せなかったら……捕まえに行くわ」
ノエルは考え込む表情を浮かべたかと思うと、コクリと深く頷き深く頭を下げた。
そんな彼の姿を見つめていると、足元から魔法が展開し、強い風が吹き上げる。
木々の葉が激しく音を立て枯葉が舞い上がったかと思うと、もうそこに彼の姿はなかったのだった。
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大変お待たせしました!
次話でようやく壁の向こう側へ行きます!
どうぞ最後までお楽しみくださいm(__)m
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