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第五章
新章1:船旅編
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彼女たちが無事船に乗船してから二週間ほど経過したとある日の事。
半分に欠けた月が夜空へ浮かび、穏やかな波の音が微かに響くとある夜の一室で、何とも不穏な空気が流れていた。
その一室では、黒く美しい髪をした女性がビクビクと委縮した様子で正座し、その彼女の前には腰に手を当て、怒った瞳を見せる、可愛らしい顔立ちの男性が佇んでいる。
その男性の頭上には人間にはない、獣の耳がピクピクと動き、ローブの中から微かにゆっくりと揺れる尻尾が見えた。
・
・
・
うぅぅ……どうしてこんな状況に……。
いや……自業自得なんだけれど……。
私はシナンの顔色をうかがいながらに頭を垂れていると、頭上から怒りを含む声が落ちてくる。
「お姉さん、僕最初に言いましたよね?一人で部屋を出てはいけないと……。どうして勝手な事をしたんですか?」
「えぇっと、その……ごめんなさい。いや、でも……少しだけ……、その……夜風にあたりたいなぁ~と……それで……あの……モゴモゴッ」
船旅が始まって早二週間、私は今……用意された部屋で正座をしていた。
怒ったシナンがじっと私を見下ろす中、気まずげに俯いてみせる。
うぅ……まさかシナンに説教をされる日が来るなんて……。
何とも気まずい雰囲気に体がこわばる中、私はただただ身を縮こませていた。
そう……事の起こりは今から数週間前、この船旅が始まった頃にまで遡る。
無事に船へ乗り込んだ私たちは、チケットを提示し客室へと案内されたいく。
そんな中、ワリッドから聞いた話をカミールへ追求してみると、彼は面倒くさいと言わんばかりにため息をついた。
「ちょっと、私が訪ねたのは、壁へ行く簡易な方法で、こんな大きな船聞いてないわよ。……ってその前にどうして私に嘘を教えたのよ!」
「うるさい、ギャーギャー騒ぐな。嘘は言っていないだろう。壁へ行くには航海が一番早い。だがひと月も航海するんだ、良い船の方が楽だろう。安い船は疲れる」
何ともぶっきらぼうな態度のカミールへ抗議する中、私たちは執事らしきに男に連れられるままに部屋へ案内されると、そこは一人では到底使いきれぬほどの広々とした一室だった。
あまりの豪華さに目が点になる中、カミールは視線を逸らせると、そそくさと自分の部屋へと入っていく。
その様子に私は深いため息をつくと、あきらめるように案内された部屋へと入っていった。
案内された客室へはいると、それに続くようにシナンもやってくる。
「どうしたのシナン?あなたの部屋は隣でしょう?」
「ううん、僕お姉さんと同じ部屋が良いです。ダメでしょうか……?」
シナンはシュンと耳を垂れ下げながらにウルウルとした瞳を浮かべると、私の傍へとやってくる。
かっ、可愛い……っっ。
でもダメよ、ここで折れちゃいけないわ。
「ダッ、ダメよ。シナンも大人になったんだから、部屋は別々よ。ほら戻って」
私はシナンの背を強引に押し返すと、今にも泣きだしそうな顔に良心が疼く。
ダメ、ダメ、ここはちゃんとしておかないと。
シナンはもう子供じゃないの、一人で生活することも覚えさせないとね……。
私はグッと気持ちを強く持つと、グイグイとシナンの背中を押して返していく。
するとシナンはガックリと肩を落としたかと思うと、私の腕を取りながらに振り返った。
「待ってお姉さん、なら……この部屋から出るときには必ず僕を連れていくと約束して欲しいんです」
「へぇ!?どうして……?」
「お姉さんやっぱり知らないんだね……。僕も噂程度でしか知らないのだけれど……船内で女性が一人でいるのは危ないんだ。だから……必ず約束してくれる?」
真剣なその瞳に私はコクリと頷くと、シナンは満足げな笑みを浮かべながらに部屋から出て行った。
そうしてようやく一人になった部屋の中、ほっと胸をなでおろすと、私は真っ白なシーツの上へ寝転がっていた。
はぁ……色々あったけれど……やっとここまでたどり着いた。
まだまだ先は長いけれど、北の国へ少しは近づいた事は間違いない。
カミールは元気にしているかしら……。
あれ、そういえば……黒蝶……まだ送ってないわね。
まずい、絶対に心配しているわ。
私は慌ててベッドから飛び起きると、手に魔力を集めてみる。
しかし魔力はうまく循環していないのか……チリチリになって消えていった。
あれ……魔法が使えない?
もしかして……遣い魔が使えない=魔力が使えないって事……。
嘘でしょう……これはまずいわね……、魔法が使えないとどうしようもないわ。
その事実に、姿勢を正しながらに改めて体の中の魔力を感じてみると、魔力はあるのだが……どうもうまく伝わらない。
魔力は感じる事が出来るか……。
う~ん、ここはひとつ試しに……。
私はキィペペオと呟くと、魔力がフワッと体の中から抜けていく。
その感覚に小さくガッツポーズしてみせると、黒い蝶がヒラヒラと浮かび上がり、私の肩へと下りてきた。
そっと黒蝶へ唇を寄せ、バルァと呟くと、パタパタと羽ばたき始めた。
私は黒蝶を見つめながらに、そっと唇を開くと、エヴァンへの言葉を紡いでいく。
「連絡が遅くなってごめんなさい。私は元気よ。エヴァンも元気だと嬉しいわ。ところで私は今船に乗っているの。ひと月ほどで、壁の近くの街へ到着するわ。そこで壁を自分の目で見て確認してみる。だから……もう少し待っていてね。それと……みんなは元気かしら。また北の国で再会できることを楽しみにしているわ。みんなにもよろしくね」
そう締めくくりエヴァンの姿を鮮明に頭の中で描きながらに羽を閉じる。
「エヴァン」
そうして黒蝶へ彼の名前を囁くと、ヒラヒラと壁をすり抜け船の外へと消えていく。
その様子を茫然と眺める中、エヴァンの姿を思い描くと、自然と笑みがこぼれ落ちる。
きっと……連絡が遅いと怒るのでしょうね……。
ふふっ、早く会ってちゃんと謝らないと。
半分に欠けた月が夜空へ浮かび、穏やかな波の音が微かに響くとある夜の一室で、何とも不穏な空気が流れていた。
その一室では、黒く美しい髪をした女性がビクビクと委縮した様子で正座し、その彼女の前には腰に手を当て、怒った瞳を見せる、可愛らしい顔立ちの男性が佇んでいる。
その男性の頭上には人間にはない、獣の耳がピクピクと動き、ローブの中から微かにゆっくりと揺れる尻尾が見えた。
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うぅぅ……どうしてこんな状況に……。
いや……自業自得なんだけれど……。
私はシナンの顔色をうかがいながらに頭を垂れていると、頭上から怒りを含む声が落ちてくる。
「お姉さん、僕最初に言いましたよね?一人で部屋を出てはいけないと……。どうして勝手な事をしたんですか?」
「えぇっと、その……ごめんなさい。いや、でも……少しだけ……、その……夜風にあたりたいなぁ~と……それで……あの……モゴモゴッ」
船旅が始まって早二週間、私は今……用意された部屋で正座をしていた。
怒ったシナンがじっと私を見下ろす中、気まずげに俯いてみせる。
うぅ……まさかシナンに説教をされる日が来るなんて……。
何とも気まずい雰囲気に体がこわばる中、私はただただ身を縮こませていた。
そう……事の起こりは今から数週間前、この船旅が始まった頃にまで遡る。
無事に船へ乗り込んだ私たちは、チケットを提示し客室へと案内されたいく。
そんな中、ワリッドから聞いた話をカミールへ追求してみると、彼は面倒くさいと言わんばかりにため息をついた。
「ちょっと、私が訪ねたのは、壁へ行く簡易な方法で、こんな大きな船聞いてないわよ。……ってその前にどうして私に嘘を教えたのよ!」
「うるさい、ギャーギャー騒ぐな。嘘は言っていないだろう。壁へ行くには航海が一番早い。だがひと月も航海するんだ、良い船の方が楽だろう。安い船は疲れる」
何ともぶっきらぼうな態度のカミールへ抗議する中、私たちは執事らしきに男に連れられるままに部屋へ案内されると、そこは一人では到底使いきれぬほどの広々とした一室だった。
あまりの豪華さに目が点になる中、カミールは視線を逸らせると、そそくさと自分の部屋へと入っていく。
その様子に私は深いため息をつくと、あきらめるように案内された部屋へと入っていった。
案内された客室へはいると、それに続くようにシナンもやってくる。
「どうしたのシナン?あなたの部屋は隣でしょう?」
「ううん、僕お姉さんと同じ部屋が良いです。ダメでしょうか……?」
シナンはシュンと耳を垂れ下げながらにウルウルとした瞳を浮かべると、私の傍へとやってくる。
かっ、可愛い……っっ。
でもダメよ、ここで折れちゃいけないわ。
「ダッ、ダメよ。シナンも大人になったんだから、部屋は別々よ。ほら戻って」
私はシナンの背を強引に押し返すと、今にも泣きだしそうな顔に良心が疼く。
ダメ、ダメ、ここはちゃんとしておかないと。
シナンはもう子供じゃないの、一人で生活することも覚えさせないとね……。
私はグッと気持ちを強く持つと、グイグイとシナンの背中を押して返していく。
するとシナンはガックリと肩を落としたかと思うと、私の腕を取りながらに振り返った。
「待ってお姉さん、なら……この部屋から出るときには必ず僕を連れていくと約束して欲しいんです」
「へぇ!?どうして……?」
「お姉さんやっぱり知らないんだね……。僕も噂程度でしか知らないのだけれど……船内で女性が一人でいるのは危ないんだ。だから……必ず約束してくれる?」
真剣なその瞳に私はコクリと頷くと、シナンは満足げな笑みを浮かべながらに部屋から出て行った。
そうしてようやく一人になった部屋の中、ほっと胸をなでおろすと、私は真っ白なシーツの上へ寝転がっていた。
はぁ……色々あったけれど……やっとここまでたどり着いた。
まだまだ先は長いけれど、北の国へ少しは近づいた事は間違いない。
カミールは元気にしているかしら……。
あれ、そういえば……黒蝶……まだ送ってないわね。
まずい、絶対に心配しているわ。
私は慌ててベッドから飛び起きると、手に魔力を集めてみる。
しかし魔力はうまく循環していないのか……チリチリになって消えていった。
あれ……魔法が使えない?
もしかして……遣い魔が使えない=魔力が使えないって事……。
嘘でしょう……これはまずいわね……、魔法が使えないとどうしようもないわ。
その事実に、姿勢を正しながらに改めて体の中の魔力を感じてみると、魔力はあるのだが……どうもうまく伝わらない。
魔力は感じる事が出来るか……。
う~ん、ここはひとつ試しに……。
私はキィペペオと呟くと、魔力がフワッと体の中から抜けていく。
その感覚に小さくガッツポーズしてみせると、黒い蝶がヒラヒラと浮かび上がり、私の肩へと下りてきた。
そっと黒蝶へ唇を寄せ、バルァと呟くと、パタパタと羽ばたき始めた。
私は黒蝶を見つめながらに、そっと唇を開くと、エヴァンへの言葉を紡いでいく。
「連絡が遅くなってごめんなさい。私は元気よ。エヴァンも元気だと嬉しいわ。ところで私は今船に乗っているの。ひと月ほどで、壁の近くの街へ到着するわ。そこで壁を自分の目で見て確認してみる。だから……もう少し待っていてね。それと……みんなは元気かしら。また北の国で再会できることを楽しみにしているわ。みんなにもよろしくね」
そう締めくくりエヴァンの姿を鮮明に頭の中で描きながらに羽を閉じる。
「エヴァン」
そうして黒蝶へ彼の名前を囁くと、ヒラヒラと壁をすり抜け船の外へと消えていく。
その様子を茫然と眺める中、エヴァンの姿を思い描くと、自然と笑みがこぼれ落ちる。
きっと……連絡が遅いと怒るのでしょうね……。
ふふっ、早く会ってちゃんと謝らないと。
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