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嫌われ王女の婚約破棄
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とある王都に、美しく聡明な王女がおりました。
しかしそんな王女は人々に嫌われ、巷では王女の悪口が飛び交います。
女のくせに政ごとの場に口出しするなんて、生意気な。
不要な者を簡単に切り捨て、死刑にする残忍な王女。
あの真っ赤な髪は人の血で染められているのよ、気味が悪いわ。
そう口々に噂される王女は、人々に疎まれながらも、必死に国を立て直していました。
王女は汚職にまみれた王宮の上層部の総入れ替え、異論を唱える者を次々に切り捨てる……そんな強引なやり方は人々の反感を買い、気がつけば[嫌われ王女]と呼ばれるようになりました。
そんな王女の隣には、聡明と噂の高いオルシャーが側近として佇み、端正な顔立ちの彼は読めない男で、いつも渇いた笑みを浮かべています。
もう一人王女の隣に佇むのは、王女の婚約者であるアーサーでした。
こちらもまた整った顔立ちで、人望が厚く、優秀な男です。
そんな彼は、王女とは古い友人で気心許せる相手ではありますが、優しい言葉など一度もかけられた事はなく、恋人の甘い雰囲気とは程遠い、戦友のような仲でした。
王宮内にも彼女の悪評は広がり、護衛騎士たちは彼女と目を合わせる事無く、業務事以外で言葉を交わす事もありません。
貴族達も、王女が来ると声を潜め、誰も彼女に近寄ろうとはしませんでした。
王女が王宮を歩けば、令嬢は逃げるように背を向け、令息は彼女の怒りに触れないようにと、頭を垂れておりました。
そんな王女のとある昼下がり、執務室で書類に目を通しているときの事。
うーん、この復興作業の報告書……よくできているように見えるわ……。
だけど……別の報告書と比べると、差異があるわね。
「オルシャー、早急にこの報告書を作成した者を呼んできなさい」
オルシャーと呼ばれた男は満足そうな笑みを浮かべると、畏まりましたと深く礼取り、執務室を静かに出て行きます。
暫くすると、執務室にノック音が響き、静かに扉が開きました。
「王女様、お連れいたしました」
オルシャーは怯えた様子の男と一緒に現れると、王女は間髪入れずに、報告書の差異について言及していきます。
王女の気迫に押された男はすんなりと横領していた事を認め、牢屋へと連行されていきました。
はぁ……こんなことをするから、周りから恐れられ嫌われていくのでしょうが、こういった膿は早々に処分していかないと、横行してしまいますからね……。
まぁ、ここまで腐り切った王宮内を改変するには、このぐらいしていかないと厳しいってのが現実なのよ……。
こんな地位にいる限り、嫌われるのは仕方がないことかしらね……。
王女はそう納得すると、痛む心を隠し、また書類に目を通し始めました。
「王女様、お茶が入りました。一息つきましょうか」
オルシャーはそう声をかけると、王女をソファーへと誘います。
王女は素直に応じると、ドサッとソファーへ深く腰掛けました。
「ふふ、さすが王女様。あれに気が付くとは思いませんでした」
ほめているのか、試していたのか……よくわからないオルシャーに、王女は深くため息をつく中、目の前にある茶葉の良い香りを楽しむと、ティーカップを徐に口もとへと運びます。
そんな王女の姿にオルシャーは、彼女の背後に立ったかと思うと、彼女の髪を結い始めました。
彼の行動はいつもの事なので、王女が咎めることはありません。
オルシャーは楽しそうに、王女の真っ赤な長い髪を、クルクルと指先で遊ばせています。
「王女様の赤い髪は本当にお美しい……」
そうボソッと囁かれた言葉を馬耳東風にお茶を楽しんでいる中、突然執務室の扉が大きく開きました。
「王女!大変だ……ってお前たち何をしているんだ……?」
「ふふ、見てわかりませんか?彼女の髪を結っているだけですが、何か?」
突然現れた婚約者のアーサーは訝し気な表情を見せると、口を閉ざし、オルシャーに鋭い視線を向けています。
そんな二人がバチバチと睨み合うと、執務室の中にブリザードが吹き荒れました。
まぁ……これもいつもの事なので、王女は小さく息を吐くと、徐に立ち上がりアーサーに何があったのか、話を進めるように促しました。
「あぁそうだった……王女、聖女様が召喚された!」
聖女……。
この国には稀に異世界から聖女が現れる。
聖女はこの世界にない様々な物を作り出したりと、賢者のような存在でした。
そんな聖女が召喚されたとなれば、丁寧におもてなしをするのが王族の礼儀。
どこに現れるか、何時現れるかもわからない聖女は、この世界の発展のためにも、大切な存在なのですから。
「わかりました、直ちに聖女様を王宮へ。壮大にもてなしなさい」
そう王女が命令すると、アーサーは急ぎ足で部屋を出て行きました。
そうして聖女を王宮へと招き入れると、国を挙げ王女は丁寧に彼女をもてなしました。
美しい黒髪に、透き通るような漆黒の瞳、見た目は幼く見える可愛い顔立ちだが、王女よりも年上のようです。
そんな可愛らしい聖者はどうやら〈日本〉という異世界からやってきたようで、最初は戸惑っておりましたが、次第に王宮の生活に順応していきました。
聖女は直向きで、努力家で、今まで暮らしていた生活とは全く違うはずですが、喚くこともなくこともしない。
そんな彼女の存在は、あっという間に王宮に知れ渡りました。
彼女がその場に居るだけで、皆が笑顔になっていきます。
王女もそんな聖女が好きでした。
彼女の傍にいると優しい気持ちになれ、自然と笑顔を浮かべる王女。
そんなある日、王女が王宮を歩いていると、聖女と婚約者であるアーサーが楽しそうに話している姿を見かけました。
アーサーは王女と居る時とは違い、自然な柔らかい表情を浮かべ…そんな二人の姿はお似合いでした。
王女は二人の姿を見るたびに、ズキズキと胸の奥が小さく痛むのを感じます。
幼い頃、両親に勝手に決められた婚約者。
王女自身アーサーを好きだったので、断る理由もありませんでしたが、アーサーはどう思っていたのでしょうか。
王女はそんな二人の姿を、只々遠くから眺めておりました。
アーサーはきっと私の恋人など望んでいないであろうことは、彼の態度から薄々気が付いていたわ。
私はそれをずっと見て見ぬふりをしていただけ……。
二人の様子は瞬く間に王宮内に広がり、聖女とアーサーはお似合いだと、王女の耳まで届きます。
その声に王女は深く悩みました。
仕事も手につかず、いつも聖女とアーサー事に思いはせる中、王女の心は沈んでいきました。
聖女と彼はお似合いだとは思う……だけどやっぱり私はアーサーが好き。
手放したくはない……、でもアーサーと彼女は想いあっているのかもしれない……。
私はどうすればいいんだろうか……。
そんな思い悩む彼女の姿を横目に、オルシャーは一人ほくそ笑んでおりました。
「王女様、そんなに悩まれるのでしたら……思い切ってアーサーと一度、婚約破棄をしてみてはいかがでしょうか?」
そんな彼の言葉に、王女はまた悩まし気な様子を浮かべると、窓の外へと視線を向けました。
とある日の昼下がり、王女は聖女と二人で、お茶を楽しんでおりました。
異世界の事を聞き、祭りごとの参考にしたり、王宮で何か不便な事がないかと気を配りました。
聖女は楽しそうに王宮での生活を語り、そんな姿に王女の頬は自然と緩んでいきます。
そんな聖女に王女は、アーサーについても聞いてみることにしました。
「楽しそうで何よりだわ。それに最近アーサー様とも仲が宜しいようですわね……」
「アーサー様ですか?ふふ、彼とても面白いですよね。からかいがい……いえ、彼は紳士的で、かっこいいですし、いつも良くしてくださって……一緒に居てとても楽しいです」
そう嬉しそうに話す聖女の姿に、王女の胸はまたズキンっと痛み始めます。
王女はそっと視線を落とすと、彼女の言葉が反芻する中、自分の世界に浸っていました。
二人はきっと両思いなのね……。
彼女の幸せさそうな表情からしても、アーサーの事を好んでいることはすぐにわかるわ。
やはり私が二人の邪魔をしているのね……。
なら私がしなければならない事は一つ……。
「~~~王女様は良い婚約者に巡り合えましたよね、彼みたいに一途にずっと思い続ける方なんて、そうそういませんよ!……って王女様聞こえてますか?」
聖女は王女へ視線を向けると、王女は心ここにあらずのように伏せておりました。
そうしてお茶会が終わり、王女は急ぎ足で自室へと戻ります。
私から言い出さないダメよね……。
王族に対して婚約破棄なんて言い出せるはずもないし……。
アーサーは公爵家、とても優秀で、人脈もある。
婚約破棄後も良いポストに就く事でしょう。
なら私と婚約を破棄したところで、家にそうそうの痛手もないはずだわ。
それに聖女と結ばれれば、王女との婚約と同等ほどの価値もある。
聖女の笑顔と、アーサーの笑顔を思い浮かべながら、王女はついに決心を固めました。
王女はオルシャーに声をかけ、アーサーを呼び出すように命じます。
彼女の気持ちも確認したわ……後はアーサー次第ね……。
私が身を引かないと……二人は幸せになれないもの。
やっぱり愛するもの同士が結ばれるべきなのよ。
王女は深く深呼吸すると、激しくなる胸の痛みを必死に押さえつけました。
「失礼する、どうしたんだ、俺に用があると聞いたが……」
「えぇ、そこにかけてちょうだい」
王女はアーサーの正面へ腰かけると、その隣にオルシャーが佇みます。
言わないと……。
いざアーサーの姿を目の当たりにすると、王女は中々口を開くことができません。
私はアーサーの幸せを……聖女の幸せを願っているの……。
王女は強く拳を握りしめると、ようやくアーサーに視線をあわせながら、無理矢理に笑みを浮かべました。
長い沈黙を破るように、王女は徐に口を開きます。
「あの……アーサー。婚約を破棄しましょう。私から王子と王妃には話を通しておくから安心して。それにアーサーに非は全くないように、二人を説得するわ。だからアーサー……次の婚約者も決めやすいようにする。それにアーサーは優秀だし、もうすでに王宮の上位ポストに声を掛けられているのでしょう?私と婚約破棄をしても、家にそれほどのダメージはないはずよ。私のような嫌われ王女と呼ばれるような女ではなく、あなたが選んだ人と婚約して欲しいの」
王女は一気に話すと、壊れそうな胸の痛みを耐えるように唇を噛み、頭を垂れました。
アーサーは突然の王女の言葉に放心状態になる中、王女の隣ではオルシャーが口角を上げ、アーサーを見下ろしています。
「……どうして突然……。まさか、オルシャー殿と婚約をするつもりなのか?」
突然出てきたオルシャーの名前に王女は慌てて顔を上げると、アーサーの瞳には怒りが浮かんでいます。
そんなアーサーの様子に戸惑う中、王女はオルシャーに視線を向けました。
「王女様、私はあなたの傍についたあの日から、ずっとあなたを想い続けておりました。でもあなたには、すでに婚約者が居て……この気持ちを口にすることは叶いませんでしたが、ようやくあなたに伝えることができる」
「えぇっ!?」
あまりにも衝撃的な事実に王女は目を丸くし口をパクパクさせていると、アーサーが勢いよく立ち上がります。
「俺は絶対、婚約破棄に同意しないからな!オルシャー気安く彼女に触るな!」
初めてみる荒々しいアーサーの様子に、王女は小さく肩を跳ねさせると、よくわからない現状に、言い合う二人を交互に見つめています。
「えっ……、いぇ……あの……」
王女は二人の権幕に、たどたどしく口を開きますが……いがみ合う二人には、彼女の声は届いていないようです。
そんな殺伐とし状況の中、トントントンとノックの音が響いたかと思うと、扉が静かに開きました。
扉が開く音に二人は口を閉ざすと、バチバチと睨み続けていました。
「王女様、少し宜しいですか?……って何なんですかこの空気!!」
聖女の可愛らしい声が部屋に響く中、王女はあたふたとしております。
「いや……その……何だか私にもよくわからなくて……」
聖女はいがみ合う二人を押しのけ王女の傍へ駆け寄ると、ここまでの経緯を王女から聞き出しました。
「えぇぇ!!!いやいや、王女様、それは大きな勘違いですよ!!!私はアーサー様の事を好きじゃないですからね!!!もうやっぱりあのお茶会の時……、ちゃんとお話を聞いていなかったのですね!!アーサー様は王女の事が大好きなんです!!!むしろ好きすぎて素直になれない、愚かな男なだけですからね!」
聖女に聞かされた衝撃的な事実に、王女はその場で固まると、恐る恐るアーサーに視線を向けます。
アーサーは顔を真っ赤に染めたかと思うと、聖女を咎めるように声を上げました。
そんな二人の様子を王女は呆然と眺める中、オルシャーは不機嫌丸出しに、聖女を睨みつけております。
「はぁ……全く余計なじゃじゃ馬が現れなければ、全てうまくいったものを……」
「はぁあ!?こんな純粋で可憐な王女様に、あんたみたいな腹黒は似合わないわよ!!」
そんな会話が繰り広げられる中、王女は恐る恐る立ち上がると、アーサーの元へ歩いて行きます。
「アーサー先ほどの話は本当なのですか……その……私の事がス……キ……だと……?私はずっとあなたにはそういった対称で見られているとは思っていなかったわ……。だからアーサーが幸せになれるのなら、聖女と婚約をさせてあげたいと思っただけ……。私はずっとアーサーの事が……好きだったから」
王女はそっとアーサーを見上げるように視線を向けると、彼の美しい金色の瞳を見つめました。
するとアーサーは徐に王女の腕を引き寄せると、自分の胸の中に閉じ込めます。
「俺が聖女を好きなわけないだろう!!!俺はずっと、ずっと……幼い頃から、あなたをだけを想い続けていた。俺はあなたが好きだ。誰よりも……、だから婚約破棄なんて俺は絶対認めない!」
その言葉に王女はアーサーの胸に顔を埋めると、瞳から大きな雫が零れ落ちます。
まだ隣では聖女とオルシャーの言い合いが続く中、二人はお互いを確認し合うように抱き合っておりました。
そうして想いが通じた二人は……、めでたし、めでたし。
しかしそんな王女は人々に嫌われ、巷では王女の悪口が飛び交います。
女のくせに政ごとの場に口出しするなんて、生意気な。
不要な者を簡単に切り捨て、死刑にする残忍な王女。
あの真っ赤な髪は人の血で染められているのよ、気味が悪いわ。
そう口々に噂される王女は、人々に疎まれながらも、必死に国を立て直していました。
王女は汚職にまみれた王宮の上層部の総入れ替え、異論を唱える者を次々に切り捨てる……そんな強引なやり方は人々の反感を買い、気がつけば[嫌われ王女]と呼ばれるようになりました。
そんな王女の隣には、聡明と噂の高いオルシャーが側近として佇み、端正な顔立ちの彼は読めない男で、いつも渇いた笑みを浮かべています。
もう一人王女の隣に佇むのは、王女の婚約者であるアーサーでした。
こちらもまた整った顔立ちで、人望が厚く、優秀な男です。
そんな彼は、王女とは古い友人で気心許せる相手ではありますが、優しい言葉など一度もかけられた事はなく、恋人の甘い雰囲気とは程遠い、戦友のような仲でした。
王宮内にも彼女の悪評は広がり、護衛騎士たちは彼女と目を合わせる事無く、業務事以外で言葉を交わす事もありません。
貴族達も、王女が来ると声を潜め、誰も彼女に近寄ろうとはしませんでした。
王女が王宮を歩けば、令嬢は逃げるように背を向け、令息は彼女の怒りに触れないようにと、頭を垂れておりました。
そんな王女のとある昼下がり、執務室で書類に目を通しているときの事。
うーん、この復興作業の報告書……よくできているように見えるわ……。
だけど……別の報告書と比べると、差異があるわね。
「オルシャー、早急にこの報告書を作成した者を呼んできなさい」
オルシャーと呼ばれた男は満足そうな笑みを浮かべると、畏まりましたと深く礼取り、執務室を静かに出て行きます。
暫くすると、執務室にノック音が響き、静かに扉が開きました。
「王女様、お連れいたしました」
オルシャーは怯えた様子の男と一緒に現れると、王女は間髪入れずに、報告書の差異について言及していきます。
王女の気迫に押された男はすんなりと横領していた事を認め、牢屋へと連行されていきました。
はぁ……こんなことをするから、周りから恐れられ嫌われていくのでしょうが、こういった膿は早々に処分していかないと、横行してしまいますからね……。
まぁ、ここまで腐り切った王宮内を改変するには、このぐらいしていかないと厳しいってのが現実なのよ……。
こんな地位にいる限り、嫌われるのは仕方がないことかしらね……。
王女はそう納得すると、痛む心を隠し、また書類に目を通し始めました。
「王女様、お茶が入りました。一息つきましょうか」
オルシャーはそう声をかけると、王女をソファーへと誘います。
王女は素直に応じると、ドサッとソファーへ深く腰掛けました。
「ふふ、さすが王女様。あれに気が付くとは思いませんでした」
ほめているのか、試していたのか……よくわからないオルシャーに、王女は深くため息をつく中、目の前にある茶葉の良い香りを楽しむと、ティーカップを徐に口もとへと運びます。
そんな王女の姿にオルシャーは、彼女の背後に立ったかと思うと、彼女の髪を結い始めました。
彼の行動はいつもの事なので、王女が咎めることはありません。
オルシャーは楽しそうに、王女の真っ赤な長い髪を、クルクルと指先で遊ばせています。
「王女様の赤い髪は本当にお美しい……」
そうボソッと囁かれた言葉を馬耳東風にお茶を楽しんでいる中、突然執務室の扉が大きく開きました。
「王女!大変だ……ってお前たち何をしているんだ……?」
「ふふ、見てわかりませんか?彼女の髪を結っているだけですが、何か?」
突然現れた婚約者のアーサーは訝し気な表情を見せると、口を閉ざし、オルシャーに鋭い視線を向けています。
そんな二人がバチバチと睨み合うと、執務室の中にブリザードが吹き荒れました。
まぁ……これもいつもの事なので、王女は小さく息を吐くと、徐に立ち上がりアーサーに何があったのか、話を進めるように促しました。
「あぁそうだった……王女、聖女様が召喚された!」
聖女……。
この国には稀に異世界から聖女が現れる。
聖女はこの世界にない様々な物を作り出したりと、賢者のような存在でした。
そんな聖女が召喚されたとなれば、丁寧におもてなしをするのが王族の礼儀。
どこに現れるか、何時現れるかもわからない聖女は、この世界の発展のためにも、大切な存在なのですから。
「わかりました、直ちに聖女様を王宮へ。壮大にもてなしなさい」
そう王女が命令すると、アーサーは急ぎ足で部屋を出て行きました。
そうして聖女を王宮へと招き入れると、国を挙げ王女は丁寧に彼女をもてなしました。
美しい黒髪に、透き通るような漆黒の瞳、見た目は幼く見える可愛い顔立ちだが、王女よりも年上のようです。
そんな可愛らしい聖者はどうやら〈日本〉という異世界からやってきたようで、最初は戸惑っておりましたが、次第に王宮の生活に順応していきました。
聖女は直向きで、努力家で、今まで暮らしていた生活とは全く違うはずですが、喚くこともなくこともしない。
そんな彼女の存在は、あっという間に王宮に知れ渡りました。
彼女がその場に居るだけで、皆が笑顔になっていきます。
王女もそんな聖女が好きでした。
彼女の傍にいると優しい気持ちになれ、自然と笑顔を浮かべる王女。
そんなある日、王女が王宮を歩いていると、聖女と婚約者であるアーサーが楽しそうに話している姿を見かけました。
アーサーは王女と居る時とは違い、自然な柔らかい表情を浮かべ…そんな二人の姿はお似合いでした。
王女は二人の姿を見るたびに、ズキズキと胸の奥が小さく痛むのを感じます。
幼い頃、両親に勝手に決められた婚約者。
王女自身アーサーを好きだったので、断る理由もありませんでしたが、アーサーはどう思っていたのでしょうか。
王女はそんな二人の姿を、只々遠くから眺めておりました。
アーサーはきっと私の恋人など望んでいないであろうことは、彼の態度から薄々気が付いていたわ。
私はそれをずっと見て見ぬふりをしていただけ……。
二人の様子は瞬く間に王宮内に広がり、聖女とアーサーはお似合いだと、王女の耳まで届きます。
その声に王女は深く悩みました。
仕事も手につかず、いつも聖女とアーサー事に思いはせる中、王女の心は沈んでいきました。
聖女と彼はお似合いだとは思う……だけどやっぱり私はアーサーが好き。
手放したくはない……、でもアーサーと彼女は想いあっているのかもしれない……。
私はどうすればいいんだろうか……。
そんな思い悩む彼女の姿を横目に、オルシャーは一人ほくそ笑んでおりました。
「王女様、そんなに悩まれるのでしたら……思い切ってアーサーと一度、婚約破棄をしてみてはいかがでしょうか?」
そんな彼の言葉に、王女はまた悩まし気な様子を浮かべると、窓の外へと視線を向けました。
とある日の昼下がり、王女は聖女と二人で、お茶を楽しんでおりました。
異世界の事を聞き、祭りごとの参考にしたり、王宮で何か不便な事がないかと気を配りました。
聖女は楽しそうに王宮での生活を語り、そんな姿に王女の頬は自然と緩んでいきます。
そんな聖女に王女は、アーサーについても聞いてみることにしました。
「楽しそうで何よりだわ。それに最近アーサー様とも仲が宜しいようですわね……」
「アーサー様ですか?ふふ、彼とても面白いですよね。からかいがい……いえ、彼は紳士的で、かっこいいですし、いつも良くしてくださって……一緒に居てとても楽しいです」
そう嬉しそうに話す聖女の姿に、王女の胸はまたズキンっと痛み始めます。
王女はそっと視線を落とすと、彼女の言葉が反芻する中、自分の世界に浸っていました。
二人はきっと両思いなのね……。
彼女の幸せさそうな表情からしても、アーサーの事を好んでいることはすぐにわかるわ。
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なら私がしなければならない事は一つ……。
「~~~王女様は良い婚約者に巡り合えましたよね、彼みたいに一途にずっと思い続ける方なんて、そうそういませんよ!……って王女様聞こえてますか?」
聖女は王女へ視線を向けると、王女は心ここにあらずのように伏せておりました。
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王女はオルシャーに声をかけ、アーサーを呼び出すように命じます。
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私はアーサーの幸せを……聖女の幸せを願っているの……。
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「あの……アーサー。婚約を破棄しましょう。私から王子と王妃には話を通しておくから安心して。それにアーサーに非は全くないように、二人を説得するわ。だからアーサー……次の婚約者も決めやすいようにする。それにアーサーは優秀だし、もうすでに王宮の上位ポストに声を掛けられているのでしょう?私と婚約破棄をしても、家にそれほどのダメージはないはずよ。私のような嫌われ王女と呼ばれるような女ではなく、あなたが選んだ人と婚約して欲しいの」
王女は一気に話すと、壊れそうな胸の痛みを耐えるように唇を噛み、頭を垂れました。
アーサーは突然の王女の言葉に放心状態になる中、王女の隣ではオルシャーが口角を上げ、アーサーを見下ろしています。
「……どうして突然……。まさか、オルシャー殿と婚約をするつもりなのか?」
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そんなアーサーの様子に戸惑う中、王女はオルシャーに視線を向けました。
「王女様、私はあなたの傍についたあの日から、ずっとあなたを想い続けておりました。でもあなたには、すでに婚約者が居て……この気持ちを口にすることは叶いませんでしたが、ようやくあなたに伝えることができる」
「えぇっ!?」
あまりにも衝撃的な事実に王女は目を丸くし口をパクパクさせていると、アーサーが勢いよく立ち上がります。
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「王女様、少し宜しいですか?……って何なんですかこの空気!!」
聖女の可愛らしい声が部屋に響く中、王女はあたふたとしております。
「いや……その……何だか私にもよくわからなくて……」
聖女はいがみ合う二人を押しのけ王女の傍へ駆け寄ると、ここまでの経緯を王女から聞き出しました。
「えぇぇ!!!いやいや、王女様、それは大きな勘違いですよ!!!私はアーサー様の事を好きじゃないですからね!!!もうやっぱりあのお茶会の時……、ちゃんとお話を聞いていなかったのですね!!アーサー様は王女の事が大好きなんです!!!むしろ好きすぎて素直になれない、愚かな男なだけですからね!」
聖女に聞かされた衝撃的な事実に、王女はその場で固まると、恐る恐るアーサーに視線を向けます。
アーサーは顔を真っ赤に染めたかと思うと、聖女を咎めるように声を上げました。
そんな二人の様子を王女は呆然と眺める中、オルシャーは不機嫌丸出しに、聖女を睨みつけております。
「はぁ……全く余計なじゃじゃ馬が現れなければ、全てうまくいったものを……」
「はぁあ!?こんな純粋で可憐な王女様に、あんたみたいな腹黒は似合わないわよ!!」
そんな会話が繰り広げられる中、王女は恐る恐る立ち上がると、アーサーの元へ歩いて行きます。
「アーサー先ほどの話は本当なのですか……その……私の事がス……キ……だと……?私はずっとあなたにはそういった対称で見られているとは思っていなかったわ……。だからアーサーが幸せになれるのなら、聖女と婚約をさせてあげたいと思っただけ……。私はずっとアーサーの事が……好きだったから」
王女はそっとアーサーを見上げるように視線を向けると、彼の美しい金色の瞳を見つめました。
するとアーサーは徐に王女の腕を引き寄せると、自分の胸の中に閉じ込めます。
「俺が聖女を好きなわけないだろう!!!俺はずっと、ずっと……幼い頃から、あなたをだけを想い続けていた。俺はあなたが好きだ。誰よりも……、だから婚約破棄なんて俺は絶対認めない!」
その言葉に王女はアーサーの胸に顔を埋めると、瞳から大きな雫が零れ落ちます。
まだ隣では聖女とオルシャーの言い合いが続く中、二人はお互いを確認し合うように抱き合っておりました。
そうして想いが通じた二人は……、めでたし、めでたし。
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タイトルイラスト
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『背景素材屋さんみにくる』
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