乙女ゲームの世界は大変です。

乙女ゲームの世界

戸惑いと不安

車内に沈黙が流れる中、大通りを抜け繁華街へやってくると、辺りには有名ブランドがズラリと並んでいる。
どこへ向かっているのか……さっぱり見当がつかない。
そんな中、方向指示器がカチカチと光ると、車は駐車場へと入って行った。
キョロキョロと辺りを見渡してみると、そこはどうやらどこかの店の専用駐車場のようだ。
エレベーター式の駐車場へ入庫していく中、私はチラッと彼へ視線を向けてみる。

「ねぇ……何をするの？」

そう恐る恐るに問いかけてみると、彼はまたも返事を返すことなく、何か企むような笑みを浮かべて見せた。

エレベーターが停止すると、そこには従業員だろうか……スーツ姿の男性が運転席へとやってきた。
コソコソと何かを話したかと思うと、突然助手席の扉が開き、その先にはスーツ姿の綺麗めな女性が佇んでいる。

「ご案内いたしますわ」

女性はにこやかに笑みを浮かべると、私の手を取り、店の中へと誘っていく。
突然の展開に状況が読めない中、手を引かれながらに振り返ってみると、天斗は親し気に先ほどの男性と話していた。
何なのよ、あの男は……何も説明しないつもりッッ。
だけど店員ととても親し気ね、よく来るのかしら……？
今はそれよりも天斗は当てにできないし、こうなったらこの人に尋ねてみよう。

「あの……すみません！どこへ向かっているのでしょうか？何が始まるのでしょうか？」

女性の背中へ向かって問いかけてみると、彼女はふふっと小さく笑いながらも、ご安心下さいと優し気な笑みを浮かべて見せる。
ご安心下さい、じゃないよ！
どこへ行って、何をするのかを聞いているのに……。
彼女の様子に私は深く深く息を吐き出すと、諦めるように足を進めて行った。

そうして店内へ入ると、そこは有名ブランド品がズラリと並んだ一室だった。
鞄や宝石、小物類など、様々な物が取り扱われている。
店の中は薄暗い照明で照らされ、一面ガラス張りの窓には黒いスモークが張られていた。
天井には星をイメージしているのだろうか、キラキラとネオンのようなものが光っている。

その光景に感嘆とした声が漏れる中、店内の奥にある部屋へ案内されると、バタンッと扉が閉まった。
試着室だろうか、外とは違い明るい照明、目の前には全身を映す大きな鏡、壁には着替え用の布が置かれ、衣服をかけるだろうハンガーが並んでいる。
着替えるのかな……？
車やいつも用意されている服を見る限り、お金持ちだろうとは思っていたけれど……でもそれなら昔どこかの催しもので出会っていてもおかしくないと思うんだけど。

そんな事を考えていると、ガチャッと音と共に扉が開き、先ほどの女性が入ってきた。

「大変お待たせしたしました」

その言葉を合図に、扉から複数人の女性がやってくると、着用しているみすぼらしい普段着へと手を伸ばす。

「えっと、ちょっと待ってください」

「天斗様のご指示でございます。ふふっ、素敵な恋人をお持ちで羨ましいですわ」

「こっ、恋人！？違います！って、ちょっと、ひゃんっ」

女性たちの勢いに圧倒され、身ぐるみが剥がされていく中、一人の店員が黒のカクテルドレスを手に取ると、ニッコリと笑みを浮かべて見せる。
下着姿となり、素肌に触れられる手に困惑する中、ドレスを頭からかぶせられると、綺麗に整えられていった。

そうして化粧を施され、髪に櫛がとおされると、アップにまとめられる。
髪飾りが飾られ、胸元にはバラをイメージしたコサージュが着けられると、鏡には正装姿の私が映し出された。
淡い赤い紅に、肌の色にあったファンデーション、目元はナチュラルメイクが施されている。
ドレスはノースリーブに、膝上の丈のスカート。
胸元にはルビーのネックレスが輝き何だか大人っぽく映る。

「とてもお似合いですわ！きっと天斗様も喜ばれますね」

隣に佇んでいた女性が嬉しそうに声を上げる中、私は鏡を見つめたままに茫然としていた。
こんな姿、一体どこへ連れていくつもりなの？
何かのパーティーなのは間違いない、でも何の？
そんな事を考えていると、ガチャッと扉が開き、天斗が楽しそうな笑みを浮かべてこちらを真っすぐに見つめていた。

「思っていた以上に似合っているな。そうみると……一条の御令嬢だと言うのも納得できる。まぁ、中身はじゃじゃ馬だけどな」

「なっ、なんなのよ、ってそれよりもどこへ行くの？何かのパーティー？ダメよ、私は……ッッ」

一条家との名前を利用するつもりはない！そう言葉にしようとした刹那、グイッと体を引き寄せられると、腰に腕を回される。

「うるさい、静かにしていろ。あんたの家に迷惑はかけない。最初に言っただろう、俺には一条彩華が必要なだけだ」

嘘は言っていないと感じるほどの、真っすぐに見つめる瞳にゴクリと唾を飲み込むと、私はサッと視線を逸らせる。

「……なら一つだけ、帰りが遅くなるようなら連絡させてほしいの。お兄様が心配するわ」

「それなら問題ない、とりあえずついてこい」

問題ないってなんでそう言い切れるのよ？
首を傾げながら彼を見上げていると、ニヤリと口角を上げる。
彼の反応に私はお兄様から預かった白いバックをギュッと握りしめると、深く礼をとる従業員を背に私たちは車へと戻って行った。