上 下
108 / 169
乙女ゲームの世界

すれ違う思い

しおりを挟む
兄はゆっくりと私の方へ歩いてくると、そっとベッド脇へと腰かける。

「彩華、大丈夫かい?」

「えぇ、心配をかけてごめんなさい。お医者様が言うには一日安静にしていれば良くなるっておっしゃっていたわ」

私の言葉に兄はほっと息を吐くと、髪を優しく撫でる。
その心地よい手にそっと瞳を閉じると、暗闇の中に立花さくらの姿が現れる。

「……お兄様ももう出かけるのよね?……そんな格好して……お父様のお仕事かなにか?」

「あぁ、まぁ……急な来客があったみたいでね、すぐに戻って来るよ」

急な来客。
それなら仕事の後に彼女に会うのかな……。
二人が楽しそうに話す姿が頭をよぎると、ギュッと胸が締め付けられるように痛む。

「…………行かないで……」

熱で頭がぼうっとしている為か、思わず本音が零れ落ちると、私は慌てて体を起こした。

「違うの!今のは……何でもないの!!気にしないで!!」

慌てて取り繕ってみるも、兄は大きく目を見開いたまま私をじっと見つめていた。

「……彩華がそう望むなら、僕はずっと彩華の傍に居るよ」

「ダメダメ!違うの……熱でちょっとおかしなこと口走っちゃただけなの……私は大丈夫だから!」

慌てふためく私の様子に兄は小さく笑みを浮かべると、部屋にノックの音が響いた。
兄はベッドサイドから立ち上がると、扉へと足を向ける。
そんな兄の様子を横目に、私は混乱する意識の中、布団の中へ潜り込んだ。
何言っているのよ……自分。
こんな事言ったらお兄様が困ってしまうでしょ!
暗闇の中で自問自答する中、フワッと布団が持ち上げられた。

「彩華、お粥を持ってきてくれたみたいだ。これを食べた後、薬をのんでゆっくり休みなさい」

思考回路が低下する中、私はコクリと頷くと、お粥に手を差し出した。
すると兄は私からお粥を遠ざけると、そっとスプーンでお粥を掬い上げる。
熱い湯気がのぼるお粥をフーフーと冷ますと、兄はゆっくりと私の口元へスプーンを寄せた。
いつもなら恥ずかしいと思うところだが……弱った私は自然と口を開けると、お粥を食べる。 

「美味しい」

そう呟くと私はもっと欲しいと徐に口を開ける。
そんな私の様子に一瞬兄の動きがとまった。
ゆっくり兄へ視線を向けると、なぜか兄が頭を抱えこんでいた。

「お兄様……?」

そう兄へ呼び掛けてみると、兄はいつも優しい笑みを浮かべ、気を取直し、何事もなかったかのように、スプーンを私の口元へ寄せた。


そうして兄にお粥を食べさせてもらい、薬を飲むと、一気に眠気が襲ってくる。
私はゆっくりとベッドへ横たわると、側にいた兄の手を握りしめた。
行かないで……。
そう何度も考える中、居るはずのない立花さくらの笑い声が耳に響く。
心細い気持ちをギュッと隠す様に、冷たい兄の手を握りしめると、私は深く目を閉じた。

「お兄様、さっき私が言った事は気にしないで。でも……眠るまで手を握っていてほしいの……。お仕事はちゃんと行ってね……今だけで大丈夫だから……行かなかったら怒るからね……んっ」

弱々しくそう口にすると、兄はギュッと私の手を握り返してくれる。
兄は空いた手で私の体に優しく布団をかけなおすと、そっと私の髪を優しく撫でた。

兄の大きく冷たい手に私は心地よさを感じると、徐々に体の力が抜けていく。
そういえば、お兄様には好きな人がいるんだよね……。
立花さくらの事だと思っていたけど、花蓮からあの話を聞いた兄が立花さくらの事を好きになるのかな……?
そんな事を考えながら、硬くかくばった彼の大きな手の感触を感じていると、私は小さく口を開いた。

「お兄様、好きな人とは上手くいっている……?」

そう口にすると、不思議と立花さくらの顔が頭を過り、チクリと胸の奥から嫌な感情が顔を覗かせる。

「……どう……だろうね……」

珍しく歯切れに悪い兄の言葉に、私はぎゅっと兄の手を握りしめる。
やっぱりまだ好きなんだ……。
もしかして、ひとめぼれした相手が私を虐めていた首謀者だから、思い悩んでいるのかな……。
……これ以上聞きたくない……。

「そっか……でもお兄様の彼女になる人は大変ね……。だって妹にもこんなに甘いんだから、彼女だともっと甘やかしてしまうでしょう……?お兄様に甘やかされて、わがままになってしまいそうで、きっと彼女は大変な思いをするわ……ふふっ」

私は徐に寝返りを打つと、お兄様の手をグッと引き寄せ、自分の頬へ添わせる。

「そうかな……彩華はもっとわがままになっても良いんだよ」

「ダメよ。今もこんなわがまま言って……お兄様を困らせているのよ……私はお兄様に嫌われたくないわ……昔のように無視されたら生きていけない……」

弱っている為か、本音がポロリと零れ落ちる。
ヒロインに兄を奪われる嫉妬に駆られた自分が頭を過ると、私はぎゅっと目を閉じた。
暗闇の中現れたのは、ヒロインに罵声を浴びせ、彼女が涙を流す姿を嘲笑っている彩華がいた。
ダメ……イヤ……、私はこんな風にならない……。
醜い私は兄に見捨てられ、もう側にいることもできなくなってしまう。
寂しさで心が壊れそうになっても、私は絶対にお兄様の恋を応援するんだから……。

「お兄様、私ね……お兄様の恋をちゃんと応援するから……だから…………嫌いにならないで……」

そう口にすると、暗闇浮かんでいた彩華の姿が薄れていく。
その様子に私はほっと胸を撫で下ろすと、そのまま夢の中へと沈んでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

処理中です...