上 下
101 / 169
乙女ゲームの世界

のんびりお散歩へ

しおりを挟む
別荘へ来て三日目。
私はいつもより早く目覚めると、服を着替え、そっと部屋を後にした。
廊下でると誰もおらず、辺りはシーンと静まり返っている。
私は足音を殺しながらゆっくりと玄関へと向かうと、音を立てない様慎重に、外へと続く扉を開いた。

別荘を出ると、まだ朝日が昇り始めようとする海へ、足を進めていく。
心地よい海風が私の髪をなびかせる中、波打ち際に足を運ぶと、私は壮大な海を呆然と眺めていた。
立花さくらが何を知っていて、これから一体誰を攻略していくのかわからない。
でもきっとここで、その人との親密度を上げていくのだろう。
昨日の様子から彼女の狙いは二条になるのかな……。
私は胸の奥からこみ上げてくる感情を抑え込むように、潮風を大きく吸い込むと、ゆっくりと吐き出す。
どれぐらいそうしていただろうか……次第に朝日が昇り始めると、私は静かに別荘の中へと戻っていった。

別荘へ戻ると、皆ダイニングキッチンへ集まっていた。
私も皆に交じると、そっと兄の隣へと腰かける。
朝食を食べ終え今日はどうするのかな……と考えていると、兄と二条、奏太君は用があるとの事で外出していった。

そうして、暇を持て余していた私は花蓮に声をかけ、一緒に別荘を出ると、ブラブラと散歩へ赴いた。
あまり遠くへ行っちゃダメだよ!と日華先輩から注意され、私たちは静かな堤防沿いを二人で歩く。

「だれか、誰かぁぁぁぁ!!!」

遠くから聞こえた女性の叫び声に顔を向けると、小さな人影が切羽詰まった様子で必死に叫んでいる様子が遠目に映った。
私たちは慌てて声のする方へ足を向けると、女性の泣き叫んでいる声がはっきりと耳に届く。

「お願いします……!!!息子を助けて!!!」

その声に慌てて海へ目を向けると、そこにはバシャバシャと水をひっかきながら、溺れている少年の姿があった。
私は素早く女性の元へ駆け寄ると、後ろから花蓮の声が耳に届いた。

「彩華様!!!」

「お願いします!!息子を……、私泳げなくて……どうすることもできなくて……どうか、どうか……」

私は振り返らず、涙を流し憔悴しきった女性の体を支えると、近くにあった浮輪を拾い上げる。
上着に来ていたパーカーとサンダルを脱ぎ捨てると、勢いそのままに海の中へと飛び込んだ。

「ダメですわ、彩華様!……ッッ、嘘でしょ。彩華様!!!あぁ……ダメ……私が行っても助けられない……どうすれば……。……しっかりしなきゃ……とりあえず助けを……別荘にいけば……」

花蓮は狼狽しながら踵を返すと、急いで別荘へと走っていった。

海の中へ入った私は、穏やかな波の中少年の元へ浮輪を片手に、ゆっくりと泳いでいく。
溺れもがき苦しむ少年の姿が目に入り、私は浮輪についている紐を固く握りしめると、慎重に少年へ浮輪を投げた。

「君、これに捕まって!落ち着いて、もう大丈夫だから。暴れると助からないわよ!!!」

きつい言葉を投げると、少年は藁にも縋る思いで、浮輪へとぶら下がる。
少年は激しく咳き込みながらも、しっかりと浮輪を持ったのを確認すると近づいて行く。
水を吐き出す彼の背中を優しく撫でながら、少年が落ち着くのを持つと、私はほっと息を吐いた。

「このまま浮輪を、しっかり持っていてね」

そう優しく諭すと、少年は目を真っ赤にしながらも小さく頷いた。
ゆっくりと浮輪を引っ張って岸へ進んでいくと、突然大きな波が迫ってきた。
私は咄嗟に浮輪を強く岸まで押すが、高波は私たちを軽く飲み込むと、浮輪の紐が手から滑り落ちていく。
波が収まると、私は急いで水面へと顔を上げた。
辺りをキョロキョロ見渡すと、少年はしっかりと浮輪にしがみ付いている。
よかった……。

「そのまま足をばたつかせて、岸まで頑張って!!」

声を張り上げた瞬間また大きな波が私を襲った。
さっきまで緩やかな波だったはずなのに……。
水の中へ押し込まれ、私は慌てて口を閉じると、水の中から見える、浅瀬まで泳いでいく。
波に抵抗するように水を掻き分ける中、突然変わった海流に私の体は岸からドンドン離されていった。
嘘でしょう……、ダメ……てんぱっちゃダメよ、落ち着け……落ち着きなさい……。
恐怖が胸の底からこみ上げてくるのを必死に抑え込むと、私はまた水面へと顔を上げる。
ふと視界には先ほどの少年が岸にあがり、お母さんと抱き合っている姿が小さく見えた。
二人はこちらへ視線を向ける中、私は大丈夫だとアピールするように、水面から手を振った。
まずいな……、離岸流にのっちゃったかも……。
とりあえずこの流れから出ないと……。

私は岸と平行に大きく手をかこうとすると、また大きな波に体が飲み込まれていく。
波に逆らい泳ぎ続けた為か……思うように体を動かせない。
私は波に抗う事ができず、そのまま強くうちつけられると、恐怖に体を震わせた。
怖い……怖い……このまま……、ダメダメ……助かることを考えないと……。
必死に海面に上がろうとするも、波に押され次第に意識が遠のいていく中、ふと人影が視界によぎった。
私は咄嗟にその人影に手を伸ばすと、そこでプツリと意識が途切れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

悪役令嬢はお断りです

あみにあ
恋愛
あの日、初めて王子を見た瞬間、私は全てを思い出した。 この世界が前世で大好きだった小説と類似している事実を————。 その小説は王子と侍女との切ない恋物語。 そして私はというと……小説に登場する悪役令嬢だった。 侍女に執拗な虐めを繰り返し、最後は断罪されてしまう哀れな令嬢。 このまま進めば断罪コースは確定。 寒い牢屋で孤独に過ごすなんて、そんなの嫌だ。 何とかしないと。 でもせっかく大好きだった小説のストーリー……王子から離れ見られないのは悲しい。 そう思い飛び出した言葉が、王子の護衛騎士へ志願することだった。 剣も持ったことのない温室育ちの令嬢が 女の騎士がいないこの世界で、初の女騎士になるべく奮闘していきます。 そんな小説の世界に転生した令嬢の恋物語。 ●表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ●毎日21時更新(サクサク進みます) ●全四部構成:133話完結+おまけ(2021年4月2日 21時完結)  (第一章16話完結/第二章44話完結/第三章78話完結/第四章133話で完結)。

処理中です...