乙女ゲームの世界は大変です。

あみにあ

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中等部

災難は突然に

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振り払う事も出来ず香澄に連れられるまま、私は学園を出た。
外で待っていた運転手は、只ならぬ様子に驚いた様子を見せる。
そんな彼に歩いて帰るわ、と合図を送った。

家路とは逆の方角へ進むこと数十分、彼女は一度も振り返ることなくただひたすらに歩き続ける。
どこへ向かっているのか、皆目見当もつかない。
通学路から外れ、小さな公園を横を通り過ぎると、繁華街へと向かっていった。

繁華街を抜け大通りへでると、突然彼女が立ち止まった。
私も慌てて足を止めると、香澄はおもむろにこちらへと振り返る。
また睨みつけられるのかとビクビクしていると、振り返った彼女はなぜか苦しそうに顔を歪めていた。

「えぇ、どっ、どうしたの?どこか痛い?」

「うるさい、うるさい、うるさいぃぃぃぃぃぃ!」

甲高い叫び声に思わず耳を塞ぐと、彼女の頬には涙が伝っていく。

「なんで、なんであんたは、いつもいつも人の心配ばかり……ッッ、どうして怒らないの?どうして私の心配なんてできるのよ!」

子供の様に癇癪を上げる彼女を宥めようとすると、拒絶するように睨みつけられる。

「あんた……あんたなんて嫌い、きらい、きらいよ、大嫌い!」

私から距離を取るように後ずさると、鼻を真っ赤にしながら叫ぶ。
泣きながら怒る彼女にどう対応するべきか、オロオロしていると、彼女の後ろに車が迫った。

「危ない!」

私は反射的に手を伸ばすと、彼女の体を思いっきり突き飛ばした。
彼女の驚いた姿がスローモーションで過ぎていく中、私は道路へと倒れ込み、気がつけば車がすぐ目の前にあった。

キィィィィッ

衝撃と激しい痛み狼狽する。
私の体は宙を舞いコンクリートに打ち付けられると、痛みに蹲る。

「嘘……嘘よ、どうして……嫌、いや、なんで、こんなの……望んでない」

咄嗟に体を丸め受け身を取ったのだが、頬に生暖かい血が流れ落ちていく。
頭の中で香澄の鳴き声が響いた。
視界がぼやけ意識が朦朧とする中、私は力を振り絞ると、香澄へ手を伸ばした。

「うぅッ、大丈夫……だから……ッッ、はぁ、んん、泣かないで。香澄ちゃんに……怪我はない?……くぅッッ」

私は何とか痛みを堪えると、大丈夫だよと笑顔を彼女へ向ける。
視界に彼女の泣き顔が映った刹那、私の意識はプツンと途切れた。






気が付くと、私は真っ白な世界にいた。
私はこの景色知ってる。
ここは記憶を取り戻す前に訪れた場所。
真っ白な世界をグルリと見渡していると、薄っすらと人影が現れる。
目を凝らしてその人影に視線を向けると、次第にシルエットが露わになっていった。
そこにはあの時、私の足を掴んだ女性の姿が現れる。

「あなたまたここへ来ちゃったの?」

声を出そうと口を開くが、なぜか音がでない。
仕方がないので私は首を縦に振った。

「まったくしょうがない子ね、早く戻りなさい」

その言葉に後ろを振り返ってみるが、どこまで白く、出入り口なんてものは見当たらない。
女性はキョロキョロとする私の様子に深いため息を吐くと、私の頬へとそっと手を寄せた。

「もしかして、戻りたくないの……?」

どうしてそんな質問を?
戻りたくないはずなんてない。
私は今の人生で十分満足している。
最初は色々と大変だったけど、両親やお兄様、それに二条や華僑君がいる。
みんなの姿が頭を過ると、これから始まるであろう乙女ゲームの画面が浮かび上がった。

頬に手を当て、高笑いをしながら人を蔑むような視線を向ける私の姿。
人を陥れ、悪役に相応しい最期を迎える私の姿。
怖い、怖い……。
こんな私になりたくないッッ。

だけどもし……二条や華僑、お兄様が攻略対象者だったら?

私は冷静でいられるの?

少し離れるだけでも、こんなにも苦しくて寂しかった。

ずっと傍に居た私の居場所が他の誰かにとって代わるなんてそんなの耐えられる?

怖い、怖い、怖い、怖い。
考えれば考えるほど深みへとはまっていく。
悪役になる自分の姿はひどく醜い。
このまま戻らなければ、心が闇に囚われこともない。
自分が醜くなっていく姿を、誰にも見られなくてすむ。

高等部になるまで後1年と数か月。
進学すれば乙女ゲームが始まり、大切な彼らが私の傍から離れていくだろう。
確信はない、だけどお兄様も二条も華僑君もきっと攻略対象者だと思う……。
ずっとここまで培ってきた仲がゼロ、いやマイナスになって断罪され、嫌われてしまうなんて耐える自信がない。

心が闇に囚われていく中、私の視界を遮るように彼女が現れた。
あまりの近さに思わず後ずさると、目の前に映る瞳は悲しさに揺れている。
その瞳をじっと見つめていると、最後にみた二条の姿が重なった。

その刹那、真っ白な世界に泣きじゃくる香澄が現れた。
それはまるでスクリーンに映し出された映像のように、私の前に大きく広がっていく。
彼女は私の名前を何度も呼び、目覚めて欲しいと強く訴えかけた。

その後ろから二条の姿が現れる。
彼は虚ろな瞳を浮かべ、早く戻って来てくれと私の手を強く握りしめていた。
その隣にはお兄様の姿。
目覚めてくれと何度も何度も絶望の表情を浮かべていた。
華僑は真っ赤に目をはらし必死で私に向かって、エールを送ってくれている。
母、父次々と現れる知人に、囚われていた闇が吹き飛んでいくのがわかった。

私は何をやっているんだろう。
彼らを悲しませて、自分が助かりたいと願うばかり。
私が居なくなることで、皆が悲しんでくれている。
大切な人たちにそんな顔をさせたくない。
早く戻って、大丈夫だよって伝えないと。

私は真っすぐ顔を上げると、白い世界に扉が現れた。

(あなたなら大丈夫、きっと私のようにはならないから――――)

頭の中に響いたその声を合図に、扉が大きく開いていった。





ハッと目を覚ますと、体が鉛のように重く感じる。
あれ、私……どうしたんだろう?
虚ろな視界の中、目を凝らしてみると真っ白なカーテンが映った。
白いカーテン……ここは……?
私は恐る恐る視線を上げると、ポタポタと点滴が目に映る。
次第に意識が浮上し、ざわざわとした音が耳にとどき始めた。

「……先生……か……んで……」

「いち……ッッ、いちじょう……おぃ、……」

ガヤガヤと声のする方へ顔を向けた瞬間、首に鈍い痛みがはしる。
痛みに耐えながら必死で顔を上げると、香澄の泣きはらした瞳が目に映った。
そうだ伝えないと……。

「はぁ、はぁ……泣かないで……私は大丈夫だから……」

声は届いているのだろか、私は酸素マスク越しに笑いかけると、彼女はまた泣き出してしまった。
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