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第三章
シンシアの言葉
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服を着替え髪を乾かし廊下へ出ると、そこにシンシアの姿があった。
私の姿を見つけ、慌てて走り寄ってくると、目の前で立ち止まる。
「お姉様待って、マーティン様と話す前に、一言だけ言わせてほしいの」
シンシアの目は赤く膨れ、涙は流していないが、まだ瞳は潤んでいた。
そんな瞳には何か強い意思が宿り、エメラルドの瞳にはっきり私の姿が映り込む。
私は手で制しケルヴィンを下がらせると、一歩前へと踏み出した。
「どうしたの……シンシア?」
「もしお姉様が婚約を断って私が王妃になれば……私利私欲のために生きていくわ。国民なんて知ったこっちゃない。集めるだけ金を集めて、平民なんかが想像できない豪華絢爛な生活をするつもりよ。もちろん王妃の仕事なんて覚えるつもりも全うする気もない。それだけは覚えておいてね」
淡々と話すとんでもない言葉に、唖然とする。
シンシアの瞳に微かな憎悪が浮かび上がると、私を強く睨みつけた。
こんなシンシアを初めて見る。
有無を言わさぬ彼女の迫力に、思わず唾を飲み込んだ。
返す言葉が何も思いつかない。
そんなことが許されるはずないわ……だけど何かしら違和感を感じる……。
真意を探るように彼女の瞳を見つめていると、スッと視線がそらされた。
そのままスタスタと歩き始めると、彼女は私の横を通り過ぎていった。
シンシアが去って行くと、ケルヴィンがまた私の隣へと並ぶ。
「戯言を、そんな事が許されるはずないでしょう。お嬢様、シンシア様の言葉はお気になさらずに、ご自分の気持ちを優先するべきですよ。ここへきてお嬢様の表情がとても豊かになりました。それはこの生活がお嬢様にあっている紛れもない証拠です」
私は考え込むように視線を下げると、ケルヴィンの優しい笑みを見つめた。
そう……私はこの生活を望んでいた。
そのために色々と策を練って準備していたわ。
だけどシンシアの言葉を聞かないわけにいかない。
彼女の言葉が本当だとしたら、大変なことになってしまう。
マーティンや王と王妃がいる以上、全てが思い通りになるとは思えないが、王妃という立場をわかっていない人間が上に立つのはひどく危うい。
指南役がサポートはしてくれるだろうが、それでも王妃というステータスは強い力を持つのだから――――。
先ほどのシンシアの言葉が、何度も脳裏を過る中、応接室へやってくると、ケルがゆっくりと扉を開けた。
応接室のソファーに俯いていた彼が、おもむろに顔をあげる。
その姿はいつものマーティンではなく、弱弱しい表情をしていた。
以前見た時よりもやつれた気がするわ……こんな彼を初めて見た。
私はそっとスカートの裾を持ち上げ淑女の礼を見せると、ケルヴィンがそっと前へと進み出る。
「マーティン殿、大変お待たせいたしました」
そう話しかけると、マーティンはスッと立ち上がり、手で合図を見せる。
「二人で話をしたい、お前は席をはずせ」
彼の言葉に私はケルヴィンへ顔を向けると、コクリと深く頷いて見せる。
するとケルは複雑な表情を浮かべながらも、渋々といった様子で部屋から出て行った。
二人っきりになった部屋の中に沈黙が流れる。
雨音がBGMのように流れると、私は静かに彼の傍へと歩いていった。
「マーティン様、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
形式ばった挨拶を口にすると、彼は下唇を噛みながら首を横へ振った。
「挨拶はいい、俺は……自分の気持ちを伝えに来ただけだ」
彼の気持ち……?
そっと視線を上げ琥珀色の瞳を見つめると、そこに私の姿が映し出される。
先ほどと同じで、逸らされることはなかった。
私の姿を見つけ、慌てて走り寄ってくると、目の前で立ち止まる。
「お姉様待って、マーティン様と話す前に、一言だけ言わせてほしいの」
シンシアの目は赤く膨れ、涙は流していないが、まだ瞳は潤んでいた。
そんな瞳には何か強い意思が宿り、エメラルドの瞳にはっきり私の姿が映り込む。
私は手で制しケルヴィンを下がらせると、一歩前へと踏み出した。
「どうしたの……シンシア?」
「もしお姉様が婚約を断って私が王妃になれば……私利私欲のために生きていくわ。国民なんて知ったこっちゃない。集めるだけ金を集めて、平民なんかが想像できない豪華絢爛な生活をするつもりよ。もちろん王妃の仕事なんて覚えるつもりも全うする気もない。それだけは覚えておいてね」
淡々と話すとんでもない言葉に、唖然とする。
シンシアの瞳に微かな憎悪が浮かび上がると、私を強く睨みつけた。
こんなシンシアを初めて見る。
有無を言わさぬ彼女の迫力に、思わず唾を飲み込んだ。
返す言葉が何も思いつかない。
そんなことが許されるはずないわ……だけど何かしら違和感を感じる……。
真意を探るように彼女の瞳を見つめていると、スッと視線がそらされた。
そのままスタスタと歩き始めると、彼女は私の横を通り過ぎていった。
シンシアが去って行くと、ケルヴィンがまた私の隣へと並ぶ。
「戯言を、そんな事が許されるはずないでしょう。お嬢様、シンシア様の言葉はお気になさらずに、ご自分の気持ちを優先するべきですよ。ここへきてお嬢様の表情がとても豊かになりました。それはこの生活がお嬢様にあっている紛れもない証拠です」
私は考え込むように視線を下げると、ケルヴィンの優しい笑みを見つめた。
そう……私はこの生活を望んでいた。
そのために色々と策を練って準備していたわ。
だけどシンシアの言葉を聞かないわけにいかない。
彼女の言葉が本当だとしたら、大変なことになってしまう。
マーティンや王と王妃がいる以上、全てが思い通りになるとは思えないが、王妃という立場をわかっていない人間が上に立つのはひどく危うい。
指南役がサポートはしてくれるだろうが、それでも王妃というステータスは強い力を持つのだから――――。
先ほどのシンシアの言葉が、何度も脳裏を過る中、応接室へやってくると、ケルがゆっくりと扉を開けた。
応接室のソファーに俯いていた彼が、おもむろに顔をあげる。
その姿はいつものマーティンではなく、弱弱しい表情をしていた。
以前見た時よりもやつれた気がするわ……こんな彼を初めて見た。
私はそっとスカートの裾を持ち上げ淑女の礼を見せると、ケルヴィンがそっと前へと進み出る。
「マーティン殿、大変お待たせいたしました」
そう話しかけると、マーティンはスッと立ち上がり、手で合図を見せる。
「二人で話をしたい、お前は席をはずせ」
彼の言葉に私はケルヴィンへ顔を向けると、コクリと深く頷いて見せる。
するとケルは複雑な表情を浮かべながらも、渋々といった様子で部屋から出て行った。
二人っきりになった部屋の中に沈黙が流れる。
雨音がBGMのように流れると、私は静かに彼の傍へと歩いていった。
「マーティン様、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」
形式ばった挨拶を口にすると、彼は下唇を噛みながら首を横へ振った。
「挨拶はいい、俺は……自分の気持ちを伝えに来ただけだ」
彼の気持ち……?
そっと視線を上げ琥珀色の瞳を見つめると、そこに私の姿が映し出される。
先ほどと同じで、逸らされることはなかった。
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