逃げて、追われて、捕まって

あみにあ

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逃げ続けるの(短編)

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はぁ……やっと逃げきれた。
とある教室の一角で息を潜める中、私は壁に背を預け肩を激しく揺らしながらに、流れる汗を手で拭っていた。
彼から逃げ始めてどれぐらいたっただろうか。
入学したばかりの頃、こんな事になるなんて考えてもみなかったわ。

大きなため息が漏れる中、ふと廊下からバタバタと走る音が耳にとどくと、私は大きく肩を跳ねさせる。
見つからないように、そのまま四つん這いになり這いながら慌てて扉から離れた。
すると足音がピタリッと止まったかと思うと、ガラッと大きな音を立てて扉が開く。
まずいわ……ッッ。
慌てて身を隠そうと体を起こすが……その前に私の肩に手がかかった。

「ひぃっ、!!!!」

「ふふっ、みぃ~つけた!」

うん……?
思っていたものとは違う、可愛らしい声に振り返ると、そこにはソフィアがイタズラが成功した子供の様にニヤリと笑みを浮かべていた。

「はぁ……もう、驚かさないでよ!」

「ごめんなさい、サラがこの部屋に入るところが見えたからつい来ちゃった。……それよりもまた追いかけっこをしているの?」

「追いかけっこじゃないわ。私は真剣に逃げているのよ!!!」

そう力いっぱい叫ぶと、ソフィアはケタケタと楽しそうに笑って見せる。

「ふふっ、あなたたちの追いかけっこは有名よ、今じゃ学園中が知っているわ。……それよりも、もういいじゃない?そろそろ諦めなさいよ。あなたの様子を見る限り、嫌いじゃないんでしょ?優良物件なんだからさぁ~。彼って容姿端麗で、頭も良くて、騎士にならないかと声までかかっているのよ~。将来安泰じゃない。それになんといっても貴族様だしねぇ~、玉の輿よ、あぁ~羨ましいわ~。貴族様が平民へ目を向けてくれることなんて、そうそうあることじゃない」

「だから……その貴族ってのが一番のネックだって何度も言っているでしょう!!!私はね、貴族にはなりたくないの……」

「もう~またそれ。あなたって本当に変わっているわよね~。普通平民の私たちは貴族にあこがれるものよ。私だって貴族様になれるのなら、今すぐにでもなりたいわ~。綺麗なドレスに、豪華な宝石、甘いお菓子もお腹いっぱい食べられる。それになんといっても煌びやかな夜会、あぁ~女のあこがれよ」

ソフィアの夢見る姿を横目に、私は深いため息をつくと、まだ続いている彼女の話を馬耳東風に、真っ赤な夕日が傾いていく姿へ視線を向けた。

なぜ平民の私なのか……あれだけの容姿も、権力もあれば女なんて選り取り見取りのはずなんだけれど……。
だが未だにその答えはわからない。
何の策略もなく、純粋に私の事が好きだというのかしら……?
そんな事を考えながらに、私はまた大きく息を吐き出すと、ガラガラガラとまた扉の開く音が耳にとどく。
その音に恐る恐るに振り返ってみると、会いたくなかった彼の姿がそこにあった。

「ここにいたのか、さぁ帰るぞ。あっ、すまない。一人じゃなかったのか……」

「私の事は気にしないで下さいまし。たまたまここを通りかかっただけですの」

ソフィアは私へ軽くウィンクすると、そのまま逃げるように教室から出て行った。

「ちょっと、ソフィア!!!あぁ、もう~~帰るぞ、じゃないわよ!!!私は一人で帰るの、もう放っておいて!!!」

そう必死に叫ぶ私の姿に彼は小さく笑うと、こちらへと手を伸ばした。

「よし行くぞ」

「もう、ちゃんと人の話を聞きなさいよ!!!」

どれだけ必死に叫び抵抗しようとも、彼は軽々と私の腕を捕らえると、そのまま廊下へ引きずっていく。

そう……これがいつものパターン。

私が懲りずに逃げ続けても、彼はいつも私の前に現れる。
そして私を見つけた時の彼は、いつもとても嬉しそうに笑うのよね。
その顔は嫌いじゃない……。
それでも私は彼を好きなることはない。
最初は貴族になりたくない……その気持ちだけだった。
けれど……気持ちが芽生え始めると、彼を信用するのが怖くなった。

でももし仮に……万が一彼が本当に……本当にただ純粋に……私を好きなのだとしたら……。
今の私を好きなのだとしたら……?
またあの策略にまみれ、ドロドロな世界へ戻り、一過去のような自分に戻ってしまったら……?
昔の私のように横柄な態度で、人をあざ笑う人間になってしまったら……?
彼はきっと私から離れていくだろう。
それが一番今は怖い。

そう思うと……彼に惹かれていく気持ちへまた蓋をして、今日も彼に連れられながらに校庭を歩いていく。
出会った時よりも肩幅も広くなり、背も高くなった彼の後ろ姿を見つめる中、胸の奥が小さく高鳴った。

こんな事ずっと続くはずがない。

いつか彼にも婚約者が出来るだろう。

貴族の役割は子をなしてつなげていくこと。

そうなれば、彼が私を見つける事も、探すこともなくなる。

それを望んでいたはずなのに、改めてそう思うと胸がズキリと痛んだ。

素直に自分の気持ちに向き合えば……。

そう思うことは何度もあった。

けれど……なぜかそうできない自分がいる。

このまま変わる気持ちを受け止められないのなら……こうやって並んで歩く光景もなくなるのだろうけれど、それまでは……。

沈む夕日を前に私は真っすぐに歩く彼を見つめると、その姿をしっかりと目に焼き付けた。
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