悪役令嬢はお断りです

あみにあ

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最終章

命の灯 (其の二)

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暫くノア王子の胸の中で泣き崩れていると、彼は宥めるように私の背中を優しくなでる。
その大きく温かい手に、ようやく心が落ち着いてくると、涙が徐々に引いていった。

「主様……目覚めたんだね、よかった」

涙を拭いながら顔を上げると、いつの間に部屋へやってきたのか、ノア王子の隣にエドウィンが佇んでいた。
手には湯気がたったスープ。
彼は泣きそうな表情で私へ触れると、その手の温かさに流し切ったはずの涙が、また溢れそうになった。

「エドウィン、エドウィン、無事で本当によかった」

「俺は元気だよ。俺よりも主様の方が数倍重症。戻るのが遅くなってごめん。主様を助けられなかった……」

「ううん、これぐらい全然平気。また会えて嬉しいわ。エドウィン、お帰りなさい」

エドウィンは体に巻かれた包帯へ手を伸ばすと、痛々しそうな表情を浮かべる。
そんな彼の姿に、私は冷たい手で掴むと頬を寄せる。

「主様、あんまり動いちゃダメだ。ほらスープ飲んであったまって」

「うん、エドウィン来てくれてありがとう。助けてくれてありがとう」

普通ならリリーが別人になっているなんて発想はしない。
魂が繋がっているエドウィンが、リリーを別人だと気が付いてくれたのだろう。
彼の主になっていなければ、私は間違いなくあのまま惨めに死んでいた。
私は出されたスープを飲むと、体の芯からあったまる。

「本当に……リリーなんだな」

後ろから聞こえた声に振り替えると、真後ろにピーターの姿。
私の姿を複雑そうな表情で見つめていた。

「ピーター」

「悪かった。あの時に気が付くべきだったな……」

ピーターは勢いよく頭を下げる。
あの時?
彼の言葉に首を傾げると、紅の瞳が悲しそうに揺れた。

「俺がお前を牢屋に連行した時に言っただろう?お願い、信じてってさ」

お願い、信じて。
無意識だったが、よく思い返してみれば、ピーターにその言葉をよく使っていた。
あの時立ち止まったのは、この言葉を聞いたから?

「ううん、こうしてまたいつものピーターと話せて嬉しい。牢屋では物凄く冷たい目で一瞥されちゃったし……」

「あれはッッ、……いや、悪かった」

「嘘嘘、冗談だよ。そんな顔しないで。あははは」

またこうやって笑える日がくるなんて。
諦めなければその先に明るい未来が待っているのだと。
前世では見られなかった未来。
私は改めて幸せを噛み締めると、枯れたはずの涙がまた溢れ、泣きながら笑ったのだった。

★おまけ(リリー視点)★

夜も深まった頃、私はノア王子の寝室へ向っていた。

「リリー様、申し訳ございませんが、ノア王子はまだ戻られておりません」

寝室の手前までやってくると、ノア王子の護衛騎士の一人が近づく私を止める。

「あら、そうなのね、ありがとう」

こんな時間までどこへ……?
もしかしてまだ執務室にでもいるのかしら?
私は騎士へ笑みを浮かべると、来た道を戻り執務室へと向かった。

薄暗い廊下を進み階段を下りると、廊下を進んでいく。
執務室へやってくると、扉をノックした。
しかし中から応答はない。
ドアノブを回してみると、ガチャっと扉が開いた。

まったく不用心ね……。
仕事は優秀なのに、こういうところが抜けていたりするのよね。
隙間から中を覗き込んでみると、机には書類の山。
書斎から運んできた本が、あちらこちらに積み上げられている。
懐かしい光景に思わず中へ入ると、私は無意識にデスクへ近づいていた。

そっと書類へ触れると、過去の記憶が鮮明に蘇る。
ここでノア王子の仕事を手伝っていた。
手伝うと言っても、書類の整理や片付けがメイン。
放っておくと、書類や本が溢れて大変なことになるのよね。

仕事がひと段落すると、トレイシーがお茶と軽食を持ってきてくれる。
甘いものが好きな私にはお菓子とハーブティー。
甘いものが苦手な王子には、サンドイッチと紅茶。
私は振り返りソファーへ顔を向けると、昔座っていた定位置へ腰かける。

向かいにはノア王子。
その隣にトレイシーが佇む。
他愛のない話に花を咲かせて、笑いあっていた日々。

私は二人を気の合う最高の友人だと思っていた。
彼らもそう思ってくれていると信じていた。
だって二人は私に、秘密を話してくれたのよ。
実はトレイシーは隣国のお姫様で、だけど忌み子だと城から追い出され、ノア王子が救ったこと。
この国にいるのがバレないよう、侍女として傍で匿っている事実。
私が教祖として忌み子だと宣言しなくても、誰かがきっと言い出していたでしょうね。
だからこそあれだけの大きな波となり広がった。

私は忌み子だとか関係なしに、二人の恋愛を応援していた。
傍で見ていれば、二人の想いが近づいていくのが手に取るようにわかったから。
優しさの中に強さのあるトレイシー。
天然なところもあったけれど、それはそれで可愛かった。
花開くように笑った笑みを今でも鮮明に思い出せる。
母と離れ王族としての柵に捕らわれる孤独な彼が、彼女に惹かれるのは至極当然だった。

「なのにどうして……裏切ったのかしら……」

私はソファーから立ち上がり窓際へ移動すると、反射する己の姿を見つめる。
私を陥れて二人だけで幸せになろうとした。
二人は私を友人だと思っていなかった。
邪魔者だと思われていたのだろうか……。

憎しみがこみ上げると、私は窓ガラスに向かって拳を打ち付けた。

「あんたたちなんて友人じゃない!!嫌い、大嫌いよ。絶対に許さないわ!」

トレイシーへの復讐は終わった。
いえ、終わっていたというのが正解かもしれない。
隣国で彼女の弟、トレーシーを殺したはずだった。
忌子だと蔑まれる中で、唯一味方してくれた大切な弟。
弟を殺して、私の苦しみを分からせるはずだったのに。
まさか……テラスで演説したいたのが、トレイシーだったなんて……。
知って本当に残念だったわ。
もっともっと苦しみを味わわせてやりたかったのに。

私は握りこぶしの力を弱めると、高ぶった感情を落ち着かせるため窓の外を眺める。
先ほどまで輝いていた月は灰色の雲に覆われ、空は曇天模様。
今にも雨が降り出しそうだ。
明日の処刑は雨かしらね。
身代わりの処刑に、神様が泣いているのかしら。
私は真下に映る処刑台を一瞥すると、無言のまま部屋から出て行ったのだった。
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