悪役令嬢はお断りです

あみにあ

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最終章

夢現 (其の一)

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意識がゆっくりと浮上してくると、隙間風に体が震える。
空腹感はだいぶん前に麻痺したままだ。
体が重くて起き上がることさえもう出来ない。
私は寒さから身を守るように縮こまると、背中に鋭い痛みを感じた。

ジンジンと熱を持ち激しい痛みが襲ってくる。
鞭が振り下ろされる幻聴に耳を塞いだ。
冷たい牢獄の中で、どうして私がこんな目に……そう何度も考えた。
だけどそのたびに、リリーとして過ごした日々が私に力をくれた。
もう会うこともないだろう、彼らの姿を脳裏に描くと痛みが幾分ましになった気がした。

意識が混沌とする中、ふと足音が耳に届いた。
重なる二つの足音、もう一日経過したのだろうか。
日の当たらないこの場所にいると、時間の流れがさっぱりわからない。

終わりの足音。
とうとう死刑台に送られるんだ……。
己の死を実感すると、急に体が震え始める。
前世とは違う、恐怖が全身を支配していく感覚。
幸せな人生を歩めば、死が怖いのだとそんなことを考えた。

足音が次第に大きくなり、牢屋の前で立ち止まる。
私は重い瞼を持ち上げると、ゆっくりと顔を上げた。
そこに映ったのは、いるはずのない二人の姿。

もう会えないと思っていた。
これは夢……?
夢でも何でもいい。
瞳が大粒の涙が零れ落ちると、私は痛みを振り払い、最後の力を振り絞って体を起こした。

這いつくばりながら、一歩一歩扉へと近づいていく。
鉄格子を掴むと、自分の体をズルズルと引き寄せた。
鉄格子に頬を押し当てると、冷たい紫色の唇をゆっくりと動かす。

「ピーター……エドウィン……会いたかった……」

涙がポロポロと溢れ視界が霞む。
幻覚だとわかっていても、手を伸ばさずにはいられなかった。
私は鉄格子の隙間に腕を通すと、金色の瞳へ手を伸ばす。

「エドウィン、戻ってきたんだね。怪我が治って本当によかった。ごめん、ごめんね……。こんな情けない主で……」

鞭で打たれるよりも、餓死寸前よりも、エドウィンが死にかけたあの苦しみに勝るものはない。

人狼の村で彼と出会って、一緒に村を救った。
王都へやってきて私と同じ騎士学園へ入学すると、あっという間にノア王子の護衛騎士になった。
宿舎でよく私の部屋へやってきては、狼の姿になって一緒に眠った。
朝になってピーターに見つかって、首根っこ掴まれて連れて帰られるのがセットなんだよね。
撫でてほしくなると、いつも私の足へすり寄ってきて、撫でると尻尾が嬉しそうに揺れるんだ。
彼と過ごした幸せな思い出が溢れ出す。

指先がエドウィンへ触れようとした刹那、彼の体が遠のいた。
やっぱりこれは夢なのだと実感すると、涙がとめどなく溢れ出し止まらない。
夢の中ぐらいは、今までのようにリリーとして過ごさせてくれたらいいのに……。
私は力なく腕を下すと、その場にしゃがみ込んだ。

「主様……主様!!!」

「おい、待て、罠かもしれないだろう。下がれ、俺が行く」

「ピーター離せ!主様で間違いない!こんな……こんな、俺がすぐに助けるから!!!」

「あーくそっ、大人しくしろ。こいつは危険人物なんだよ」

ピーターはエドウィンの腕をがっちり固めると、柱にロープで縛りつける。

先ほどまで感じていた痛みや寒さを感じない。
床の冷たさも、吹き抜ける風の音も何も感じない。
幻覚が消え、目の前が暗闇に染まっていく。
嫌、嫌、待って……消えないで、お願い……。

「おい、顔を上げろ!!!」

頭に響いたピーターの怒鳴り声に、体が大きく跳ねる。
私はおもむろに顔を上げると、目の前に紅の瞳がはっきりと映った。

よかった……まだ消えてないんだ。
だけどその瞳はリリーに向けられていた瞳とは違う。
この牢屋に放り込まれたときに見た瞳と同じ。
それでもいい、消えないで。
真っすぐに紅の瞳を見つめ返すと、私は無意識にほほ笑んでいた。
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