悪役令嬢はお断りです

あみにあ

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最終章

欠けたピース (其の一)

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1曲のダンスを踊りきると、脹脛あたりが張り筋が痛む。
日頃使わない筋肉を使ったせいだろう、私はふぅっと息を吐きだすと、ピーターからゆっくり体を離した。
しかしまたすぐに引き寄せられると、紅の瞳に私の姿が映し出される。
いつものピーターと違う真剣な眼差しに、只ならぬ緊張感を感じると、私は無意識に口を開いていた。

「あっ、一曲で十分だよ、ありがとう。慣れない動きで足が痛くて……。下手くそでごめんね。ダンスって剣と違って難しい。それよりも、ピーターダンス上手かったんだね。剣ばかりしているから、てっきり私と同じだと思ってた」

お恥ずかしいと冗談めかしに笑って見せるが、ピーターの表情は変わらない。
和まそうと思ったけれど、どうやら失敗したようだ。
何とも言えない空気が流れると、私は思わず視線を逸らせる。

「えーと、ピーター……?」

「なぁ……ノア王子のことどう思ってるんだ?」

突然の問いかけに視線を戻すと、紅の瞳を見上げる。

「うん?どうって……?ノア王子は守るべき存在で、剣の道へ進むきっかけをくれた大切な人だけれど」

「あーいや、そういうことじゃなくて、その……だな……」

歯切れの悪い返答に、クエッションマークが頭に浮かぶ。
何を聞きたいのだろうか?

ノア王子は前世の私のヒーローだった。
どんな困難な状況になっても、最後までトレイシーを思い続けるその心に憧れていた。
優しくて、頭も良くて、令嬢の前ではクールなのに、トレイシーの前だとデレる姿が可愛かったなぁ。

小説といえば、誕生祭の事件の結末が本とは違った。
リリーは牢獄へ入れられるはずなのに、犯人はあの場で殺されてしまったのだ。
先ほどの光景が頭をよぎると、何だか釈然としない。
何だろうこれ、何か忘れているような。
それにあの時感じた違和感の正体は……。

確か教祖の特徴は、小柄で男とも女ともわからない声をしていたと聞いた。
さっきの男は男の中では小柄だったけれど……果たして第一印象で小柄だと思うだろうか?
それに声は明らかに男だった。
トレーシーのように地声が高いほうであれば別だけれど、彼が高い声で話したとしても……女とは思えない。
声を変える方法なんてこの世界にはないだろうし。

最後の事件……誕生祭の日。
今まで関わる人物や多少の違いはあれど、結果は変わらなかった。
こうやって改めて考えてみれば、今回の事件は色々とおかしい。

彼の話を聞いた限り、トレーシーの姉を弓矢で射ったのは彼で間違いない。
遠くから人の頭を射るのは、想像以上に難しい。
さっきの彼はあの距離から寸分たがわず、トレーシーに狙いを定めていた。
そこである疑問が浮かぶ。

教祖自らが、トレーシーの姉を殺した?
聞く限り姉は大勢の民衆の前で演説していた。
目立つ場で殺害し、下手をすれば捕まる可能性だってあった。
そんな場所に教祖自らが出てくるのだろうか。
信者たくさんいるのだから、弓矢の名手がいなくても別の方法で殺せたのではないのだろうか。

それにもう一つ。
黒の教団は正体をひた隠しにしていたのに、なぜ突然私たちの前に現れたのか。
自ら教祖と名乗って、教祖だと証明するかのように手品まで披露した。
警備が万全で逃げられないあの状況下で。

彼は使命だと言っていたにも関わらず、トレーシーを挑発した。
怯える様子もなく、まるで殺してくれと言わんばかりに……。
まさか彼の使命は……殺されることだった?

もし仮に殺されることだとして、一体なぜ?
教祖が死に事件を終わりだと思わせるため……?
もう一人入街させた仲間は殺したと言っていたけれど……それが嘘だとしたら?
事件を終わらせたと油断させて、二人を襲う計画だとしたら。
その結論に達した刹那、欠けていたパズルがはまっていく。

小説で生誕祭が終わった後、ノア王子がトレイシーへ指輪を送るシーン。
あれの時はまだ日付が変わっていなかったはず。
そうだ、思い出した。
まだ終わっていない。

「……、……、ぉぃ、おい、リリー、どうしたんだ?戻って来い」

空を見つめ固まったままの私の様子に、ピーターは首を傾げる。
私は紅の瞳を見つめると、ギュッと強く彼の手を握った。

「なっ、なんだよ急に」

「ピーター、まだ終わってない!お願い、手伝って!」

私はピーターの手を引っ張ると、会場を出て行った。
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