悪役令嬢はお断りです

あみにあ

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第三章

黒い靄のその先に (其の二)

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エドウィンは助けを呼ぶトレイシーを退かすと、鉄製の壁へ向かって何度も何度も体当たりを繰り返す。
負傷した腕から流れた血が、拳を赤く染めていった。
痛みに顔を歪めながらも扉へタックルを続けるていると、ガンっと大きな音と同時に、扉の前にあった棚がゆっくりと倒れていった。

ガシャンッ、ガダンッ、ガラガラガラッッ、バタンッッ。
棚がドミノ倒しになり豪快な音が響くと、バタバタと足音が聞こえてきた。
扉がゆっくりと開きトレイシーが一歩踏み出すと、貯蔵庫はひどいありさまで、保存用の食料や水が辺りに散乱している。
エドウィンは肩で息をし腕を抑えながら扉の前で座り込むと、ポタポタと床に血だまりが広がっていた。

「何の音だ?……この部屋からか?」

「その部屋は貯蔵庫です。先ほど中を確認しましたが怪しい物はなにも……」

「そうですよ!あなたたちがバタバタと騒ぐから、棚から物が落ちただけでしょう。ちょっと、勝手に開けないでくれるかなッッ!」

貯蔵庫の扉がゆっくりと開くと、そこにピーターの姿が現れた。
そしてその後ろには焦った表情でピーターを引き留めようとするガブリエル。

「エドウィン!?トレイシーにリリーも!ノア王子発見しました」

叫ぶピーターの姿にガブリエルはくそッと悪態をつくと、私へ顔を向けた。

「なんてことだ。リリー!僕の邪魔する奴を殺せ!」

頭に響くその声に、私はトレイシーの腕を振り払うと、黒い靄の視界にピーターが薄っすらと映った。
彼を敵だと認識すると、私はエドウィンの腰に刺さった剣を奪い、散乱した貯蔵庫を駆け抜ける。
障害物を飛び越えていくと、ドレスの裾が棚へひっかかった。

「待って、リリー様!」

ひっかかった裾を踏み破ると、私はガブリエルの傍へ行き、ピーターに向け剣を構える。

「リリー……?その恰好……って、おい、どうしッッ」

言い終わらないうちに、私は彼へ飛び掛かると、剣を突き刺す。
ピーターはすぐさま反応すると、後ろへと飛び退いた。
何が何だかわからないといった様子だが、ピーターは反射的に剣を抜くと、私の動きを止めるように剣を交える。

「おぃ、これは何のつもりだ!リリー!」

紅の瞳が薄っすらと浮かび上がる。
どうして私がピーターへ剣を向けているの?
もう誰も傷つけたくないのに……。
そう強く思うと視界がどんどん闇に染まっていった。

「ピーター様、リリー様はその男に操られていますの!」

トレイシーの声に、ピーターはガブリエル伯爵を睨み付けると私の剣を弾く。

「お前、リリーに何をした?」

ピーターがガブリエルの胸倉を掴もうとする姿に、私はすぐに体制を立て直すと、ピーターに向かって剣を振り下ろした。
またも後ろに飛び退き剣を回避すると、紅の瞳に闇が浮かび殺気が辺りを包みこむ。
以前狼の村で見たあの瞳と同じ。
威圧感に体が震えるはずだが、人形にそんなものは感じない。

「アハハハハ、彼女は僕の人形だ。僕の物。リリー戻れ」

私は剣を引くと、言われた通りガブリエルの元へ静かに向かう
黒く塗りつぶされた先に見えるのは、深い闇。
意識が遠のき自我を保つのも限界になってきた。

「リリー……?」

名を呼ばれ、私は何とか意識をつなぎとめる。
私の姿に唖然とするノア王子。
トレイシーは操られているのだともう一度叫ぶと、彼の青い瞳に怒りが浮かんだ。

「ガブリエル伯爵殿、これはどういうことでしょうか?城でゆっくり話しましょう。貴族招集会議でも報告する必要がありますね。あなたの御父上の前で」

ノア王子は真っすぐにガブリエルを見つめると、逃げ道を塞ぐよう騎士を集める。
追い詰められたガブリエルは私の肩を引き寄せた。

「その汚い手をリリーから離して頂きましょう。ガブリエル伯爵、あなたはもう終わりだ。さっさと投降したほうがいい。屋敷にいた騎士は全員捕らえた。あなたを助ける人間はもういない」

ノア王子は強い口調で話すと、ジリジリと距離を詰める。

「止まれ!」

ガブリエルは私の手から剣を奪うと、首筋へ剣先を突き立てる。
ノア王子はすぐに足を止めると、緊迫した空気が流れた。
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