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第三章
操り人形 (其の一)
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ガブリエルに指示された通り、私はトレイシーとの待ち合わせ場所にやってきた。
お城を出てすぐそばにある、緑地公園。
子どもたちが元気よく走り回る中、太陽は西へ傾き、辺りが真っ赤に染まり始める。
暗くなり始める前に、大人たちは子供たちへ声をかけると、次第に人の姿が減っていった。
吹き抜ける風に蒼い髪がなびく。
短かった髪はもうすぐ切る前と同じ長さになろうとしていた。
だが髪が揺れる感覚も、風の冷たさや心地よさも一切感じない。
そして待つこと数十分。
来ない事を必死に祈っていたが……手紙に書いた時間に迫った頃、お城の方角からトレイシーがやってきた。
仕事着のまま、急いで来たのだろう、珍しく髪が乱れている。
絶望で目の前が真っ暗に染まった。
しかし私はニッコリ口角を上げると、トレイシーへ向かって手を振る。
「リリー様ッッ、手紙を頂けて本当にッッ、本当に嬉しかったですわ!」
トレイシーは息を切らしながらも満面の笑みで駆け寄ってくると、目の前で立ち止まった。
こうしてトレイシーの笑みを見るのは久しぶり。
いつもなら嬉しいはずだが、今は全く嬉しくない。
トレイシーを守るために動いたはずが、まさか私自身が彼女を危険にさらす事になるなんて……。
色の無い瞳で笑いかけていると、来るや否やトレイシーは深く深く頭を下げた。
「リリー様、先日はごめんなさい。あの……言うつもりはなかったのです、だけど……つい……。あの日言った言葉は嘘ではありません。ですが返事がほしいわけではないんです。リリー様とどうにかなりたいというわけでもないの。ただ私の気持ちを知っていてもらいたくて……それで……。だから今まで通りの関係でいたのですわ。だから……あんなふうに避けないでください……お願いしますわ……」
トレイシーはゆっくりと顔を上げると、エメラルドの瞳に涙が浮かんでいた。
その様に胸がズキンと痛んだ気がする。
私は自分の事しか考えていなかった。
顔を合わせるのが気まずく、話を聞こうともしなかった。
その行動が、こんなにも彼を傷つけていたとは……。
ごめんなさいと謝りたいが、唇はピクリとも動かない。
エメラルドの瞳をじっと見つめていると、ガブリエルに囁かれた言葉が頭の中で響いた。
(トレイシーを連れて、緑地公園のある場所へ行きなさい)
私はトレイシーの手をギュッと握ると、グイッと引き寄せる。
「えっ、あの、リリー様……?」
間近に迫る緑の瞳。
頬を染め戸惑うその姿に、私はニッコリと笑みを浮かべると、そのまま森林が区域へ進んで行った。
木々の間を駆け抜け道なき道を進んで行く。
排水路の音が聞こえてきた頃、森の中に佇むガブリエルの姿を見つけた。
後ろには彼の家の騎士が数名。
彼の元へトレイシーを連れて行くと、差し出した。
「リリー様、あのここは?それにこの方たちは……?」
「やぁ、僕はガブリエル。君がトレイシーだね。噂は聞いているよ、本当に美しい」
うっとりとトレイシーを見つめるガブリエルの姿に、トレイシーは訝し気な表情を浮かべる。
ガブリエルはそんなトレイシーの態度を気にした様子もなく、そっと胸ポケットからハンカチを取り出した。
「リリー様、これはどういうことですか……?」
振り向こうとしたトレイシーをカブリエルは捕まえると、ハンカチを口へ当てる。
悲鳴を上げる前に、彼は深い眠りに落ちていった。
どうやってあそこから戻ってきたのか覚えていない。
どうして覚えていないのだろう……?
私も薬を嗅がされたのだろうか……?
忘れろと命令されたのだろうか……?
でもなぜわざわざ……?
気づいた時には、私はトレイシーの体を支えながら地下室へ行き鎖へ吊るしていた。
しっかりと手枷を付けたのを確認すると、私の体がようやく活動をやめる。
「こんなにスムーズに事が進むとはね。さすが僕の人形だ、素晴らしい!」
ガブリエルは吊るされたトレイシーを優越な表情を浮かべ眺めながら、私の頭に手を伸ばすと、よしよしと撫でる。
気持ちの悪いその手を振り払いたいが、やはり体は動かない。
指示がなければどうすることもできない。
奥の部屋には横たわったままの少女と、無の瞳を浮かべながら膝を抱え体育座りで空を見つめるキャサリン。
首には包帯が巻かれ、微かに血が滲んでいた。
エドウィンの姿を探すと、鉄格子の中に移動させられていた。
員色の獣の瞳に怒りが浮かび、ガシャンガシャンと鎖をならし暴れるエドウィン。
酷い惨状、しかし私は只天井から鎖で繋がれたトレイシーを見つめることしかできなかった。
お城を出てすぐそばにある、緑地公園。
子どもたちが元気よく走り回る中、太陽は西へ傾き、辺りが真っ赤に染まり始める。
暗くなり始める前に、大人たちは子供たちへ声をかけると、次第に人の姿が減っていった。
吹き抜ける風に蒼い髪がなびく。
短かった髪はもうすぐ切る前と同じ長さになろうとしていた。
だが髪が揺れる感覚も、風の冷たさや心地よさも一切感じない。
そして待つこと数十分。
来ない事を必死に祈っていたが……手紙に書いた時間に迫った頃、お城の方角からトレイシーがやってきた。
仕事着のまま、急いで来たのだろう、珍しく髪が乱れている。
絶望で目の前が真っ暗に染まった。
しかし私はニッコリ口角を上げると、トレイシーへ向かって手を振る。
「リリー様ッッ、手紙を頂けて本当にッッ、本当に嬉しかったですわ!」
トレイシーは息を切らしながらも満面の笑みで駆け寄ってくると、目の前で立ち止まった。
こうしてトレイシーの笑みを見るのは久しぶり。
いつもなら嬉しいはずだが、今は全く嬉しくない。
トレイシーを守るために動いたはずが、まさか私自身が彼女を危険にさらす事になるなんて……。
色の無い瞳で笑いかけていると、来るや否やトレイシーは深く深く頭を下げた。
「リリー様、先日はごめんなさい。あの……言うつもりはなかったのです、だけど……つい……。あの日言った言葉は嘘ではありません。ですが返事がほしいわけではないんです。リリー様とどうにかなりたいというわけでもないの。ただ私の気持ちを知っていてもらいたくて……それで……。だから今まで通りの関係でいたのですわ。だから……あんなふうに避けないでください……お願いしますわ……」
トレイシーはゆっくりと顔を上げると、エメラルドの瞳に涙が浮かんでいた。
その様に胸がズキンと痛んだ気がする。
私は自分の事しか考えていなかった。
顔を合わせるのが気まずく、話を聞こうともしなかった。
その行動が、こんなにも彼を傷つけていたとは……。
ごめんなさいと謝りたいが、唇はピクリとも動かない。
エメラルドの瞳をじっと見つめていると、ガブリエルに囁かれた言葉が頭の中で響いた。
(トレイシーを連れて、緑地公園のある場所へ行きなさい)
私はトレイシーの手をギュッと握ると、グイッと引き寄せる。
「えっ、あの、リリー様……?」
間近に迫る緑の瞳。
頬を染め戸惑うその姿に、私はニッコリと笑みを浮かべると、そのまま森林が区域へ進んで行った。
木々の間を駆け抜け道なき道を進んで行く。
排水路の音が聞こえてきた頃、森の中に佇むガブリエルの姿を見つけた。
後ろには彼の家の騎士が数名。
彼の元へトレイシーを連れて行くと、差し出した。
「リリー様、あのここは?それにこの方たちは……?」
「やぁ、僕はガブリエル。君がトレイシーだね。噂は聞いているよ、本当に美しい」
うっとりとトレイシーを見つめるガブリエルの姿に、トレイシーは訝し気な表情を浮かべる。
ガブリエルはそんなトレイシーの態度を気にした様子もなく、そっと胸ポケットからハンカチを取り出した。
「リリー様、これはどういうことですか……?」
振り向こうとしたトレイシーをカブリエルは捕まえると、ハンカチを口へ当てる。
悲鳴を上げる前に、彼は深い眠りに落ちていった。
どうやってあそこから戻ってきたのか覚えていない。
どうして覚えていないのだろう……?
私も薬を嗅がされたのだろうか……?
忘れろと命令されたのだろうか……?
でもなぜわざわざ……?
気づいた時には、私はトレイシーの体を支えながら地下室へ行き鎖へ吊るしていた。
しっかりと手枷を付けたのを確認すると、私の体がようやく活動をやめる。
「こんなにスムーズに事が進むとはね。さすが僕の人形だ、素晴らしい!」
ガブリエルは吊るされたトレイシーを優越な表情を浮かべ眺めながら、私の頭に手を伸ばすと、よしよしと撫でる。
気持ちの悪いその手を振り払いたいが、やはり体は動かない。
指示がなければどうすることもできない。
奥の部屋には横たわったままの少女と、無の瞳を浮かべながら膝を抱え体育座りで空を見つめるキャサリン。
首には包帯が巻かれ、微かに血が滲んでいた。
エドウィンの姿を探すと、鉄格子の中に移動させられていた。
員色の獣の瞳に怒りが浮かび、ガシャンガシャンと鎖をならし暴れるエドウィン。
酷い惨状、しかし私は只天井から鎖で繋がれたトレイシーを見つめることしかできなかった。
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