悪役令嬢はお断りです

あみにあ

文字の大きさ
上 下
68 / 135
第三章

操り人形 (其の一)

しおりを挟む
ガブリエルに指示された通り、私はトレイシーとの待ち合わせ場所にやってきた。
お城を出てすぐそばにある、緑地公園。
子どもたちが元気よく走り回る中、太陽は西へ傾き、辺りが真っ赤に染まり始める。
暗くなり始める前に、大人たちは子供たちへ声をかけると、次第に人の姿が減っていった。

吹き抜ける風に蒼い髪がなびく。
短かった髪はもうすぐ切る前と同じ長さになろうとしていた。
だが髪が揺れる感覚も、風の冷たさや心地よさも一切感じない。

そして待つこと数十分。
来ない事を必死に祈っていたが……手紙に書いた時間に迫った頃、お城の方角からトレイシーがやってきた。
仕事着のまま、急いで来たのだろう、珍しく髪が乱れている。

絶望で目の前が真っ暗に染まった。
しかし私はニッコリ口角を上げると、トレイシーへ向かって手を振る。

「リリー様ッッ、手紙を頂けて本当にッッ、本当に嬉しかったですわ!」

トレイシーは息を切らしながらも満面の笑みで駆け寄ってくると、目の前で立ち止まった。
こうしてトレイシーの笑みを見るのは久しぶり。
いつもなら嬉しいはずだが、今は全く嬉しくない。
トレイシーを守るために動いたはずが、まさか私自身が彼女を危険にさらす事になるなんて……。

色の無い瞳で笑いかけていると、来るや否やトレイシーは深く深く頭を下げた。

「リリー様、先日はごめんなさい。あの……言うつもりはなかったのです、だけど……つい……。あの日言った言葉は嘘ではありません。ですが返事がほしいわけではないんです。リリー様とどうにかなりたいというわけでもないの。ただ私の気持ちを知っていてもらいたくて……それで……。だから今まで通りの関係でいたのですわ。だから……あんなふうに避けないでください……お願いしますわ……」

トレイシーはゆっくりと顔を上げると、エメラルドの瞳に涙が浮かんでいた。
その様に胸がズキンと痛んだ気がする。
私は自分の事しか考えていなかった。
顔を合わせるのが気まずく、話を聞こうともしなかった。
その行動が、こんなにも彼を傷つけていたとは……。

ごめんなさいと謝りたいが、唇はピクリとも動かない。
エメラルドの瞳をじっと見つめていると、ガブリエルに囁かれた言葉が頭の中で響いた。

(トレイシーを連れて、緑地公園のある場所へ行きなさい)

私はトレイシーの手をギュッと握ると、グイッと引き寄せる。

「えっ、あの、リリー様……?」

間近に迫る緑の瞳。
頬を染め戸惑うその姿に、私はニッコリと笑みを浮かべると、そのまま森林が区域へ進んで行った。

木々の間を駆け抜け道なき道を進んで行く。
排水路の音が聞こえてきた頃、森の中に佇むガブリエルの姿を見つけた。
後ろには彼の家の騎士が数名。
彼の元へトレイシーを連れて行くと、差し出した。

「リリー様、あのここは?それにこの方たちは……?」

「やぁ、僕はガブリエル。君がトレイシーだね。噂は聞いているよ、本当に美しい」

うっとりとトレイシーを見つめるガブリエルの姿に、トレイシーは訝し気な表情を浮かべる。
ガブリエルはそんなトレイシーの態度を気にした様子もなく、そっと胸ポケットからハンカチを取り出した。

「リリー様、これはどういうことですか……?」

振り向こうとしたトレイシーをカブリエルは捕まえると、ハンカチを口へ当てる。
悲鳴を上げる前に、彼は深い眠りに落ちていった。

どうやってあそこから戻ってきたのか覚えていない。
どうして覚えていないのだろう……?
私も薬を嗅がされたのだろうか……?
忘れろと命令されたのだろうか……?
でもなぜわざわざ……?

気づいた時には、私はトレイシーの体を支えながら地下室へ行き鎖へ吊るしていた。
しっかりと手枷を付けたのを確認すると、私の体がようやく活動をやめる。

「こんなにスムーズに事が進むとはね。さすが僕の人形だ、素晴らしい!」

ガブリエルは吊るされたトレイシーを優越な表情を浮かべ眺めながら、私の頭に手を伸ばすと、よしよしと撫でる。
気持ちの悪いその手を振り払いたいが、やはり体は動かない。
指示がなければどうすることもできない。

奥の部屋には横たわったままの少女と、無の瞳を浮かべながら膝を抱え体育座りで空を見つめるキャサリン。
首には包帯が巻かれ、微かに血が滲んでいた。

エドウィンの姿を探すと、鉄格子の中に移動させられていた。
員色の獣の瞳に怒りが浮かび、ガシャンガシャンと鎖をならし暴れるエドウィン。
酷い惨状、しかし私は只天井から鎖で繋がれたトレイシーを見つめることしかできなかった。
しおりを挟む
感想 85

あなたにおすすめの小説

【完結90万pt感謝】大募集! 王太子妃候補! 貴女が未来の国母かもしれないっ!

宇水涼麻
ファンタジー
ゼルアナート王国の王都にある貴族学園の玄関前には朝から人集りができていた。 女子生徒たちが色めき立って、男子生徒たちが興味津々に見ている掲示物は、求人広告だ。 なんと求人されているのは『王太子妃候補者』 見目麗しい王太子の婚約者になれるかもしれないというのだ。 だが、王太子には眉目秀麗才色兼備の婚約者がいることは誰もが知っている。 学園全体が浮足立った状態のまま昼休みになった。 王太子であるレンエールが婚約者に詰め寄った。 求人広告の真意は?広告主は? 中世ヨーロッパ風の婚約破棄ものです。 お陰様で完結いたしました。 外伝は書いていくつもりでおります。 これからもよろしくお願いします。 表紙を変えました。お友達に描いていただいたラビオナ嬢です。 彼女が涙したシーンを思い浮かべ萌えてますwww

月が隠れるとき

いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。 その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。 という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。 小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結】あなたに抱きしめられたくてー。

彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。 そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。 やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。 大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。 同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。    *ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。  もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。

処理中です...