悪役令嬢はお断りです

あみにあ

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第三章

平穏な日常 (其の三)

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ノア王子と分かれ宿舎へ戻ると、私は真っすぐ自室へ向かう。
先ほどノア王子の顔が頭から離れない。
恐怖を感じたが、それ以外の感情が胸に渦巻く。
キスされるのかと思った……。
きっと今、私の顔は赤いだろう。
息がかかった唇を触ると、胸がドキドキと高鳴った。

私は今まで彼を登場人物の一人として認識していた。
物語のヒーローだと。
ここは現実なんだけど、そういう感覚が抜けていなくて……。
だけど今日はっきりと気づいてしまった。
彼は現実で、一人の男性だということを……。

何を考えているんだろう私。
彼はトレイシーの恋人、その事実は変わらない。
前世で小説を読んでいたとき、彼は私の理想の王子様だった。
冷たい態度の中にみせる優しさ。
どんな苦境でも彼女と共に進もうとする彼。
危険な目に合えば、必ず彼が助けにきてくれる、そんな王子様。

さっきのは彼の優しさ。
わからせるためにしてくれただけ。
こうして気にかけてくれるほどには、信頼関係が築けている証拠。
それ以外の感情はない。
私はリリーとしてここにいる。
しっかりわきまえないと。

頬の火照りを冷まし、鍋を火にかけると、消灯まで後10分に迫っていた。
料理を渡してすぐに戻ってこよう。
私は廊下へ出て彼の部屋へと向かったのだった。

トントントンとドアをノックするが返事はない。
ドアノブを押してみると、どうやらカギはかかっていないようだ。
そっと中へ入ると、部屋は薄暗く、カーテンは閉まったまま。
ベッドへ近づくと、荒く息をするピーターの姿。
彼の額を触ってみると、大分熱が高い。

大変、すぐに冷やさないと。
ノア王子の言葉が頭を掠めるが、こんな状態の彼を放ってはおけない。
私は料理を置き、窓のカギを開けると、いったん自分の部屋へ戻る。
消灯の点呼を済ませ、タオルと桶を用意すると、窓から彼の部屋へ向かった。

勝手に窓を開け中へ入ると、ピーターは苦しそうな表情でうなされていた。
私はタオルを水で絞り、彼の額へのせる。
暫く様子を見ていると、彼の表情が幾分マシになった。

熱を吸収したタオルを取り換えること数回。
もう一度とタオルを変えようと持ち上げると、彼の瞼がゆっくりと開いた。

「うぅ……んん、リリー……?」

「ごめん、ピーター起こしちゃった?少し体を起こせる?」

私の言葉にピーターは素直に従うと、おもむろに体を持ち上げる。
熱でまだぼうっとしているのだろう、目の焦点があっていない。
寝ぼけ眼の彼の体を支え、別のタオルを用意すると、軽く濡らし汗をかいている首元へあてた。

汗を拭きとり、着替えさせようと服を持ち上げると、割れた腹筋が現れる。
鍛え上げられたその体に思わず見惚れていると、手が止まったまま。
クシュンッと彼のくしゃみで我に返ると、慌てて新しいシャツを着させた。

「リリー……どうしてここに……?今何時だ?さっさと戻れよ、うつるぞ……ゴホゴホッ」

ようやく目覚めたのか、彼は赤い瞳をこちらへ向けると、弱弱しくつぶやく。

「私は大丈夫、消灯時間はもう過ぎてるよ。風邪と聞いたから見舞いにきたんだ。昨日は無理させちゃってごめんね。お詫びというわけじゃないんだれど、スープを作ってきたの。少しでも栄養を付けた方が良いと思って」

私はキッチンを借りスープを温めなおすと、お皿へ盛りつける。

「美味そうだな……。厨房からもらってきたのか?」

「ううん、私が作ったの。自信作だよ」

ピーターは驚いた様子で目を見開くと、スープをマジマジと見つめた。

「お前……料理出来たんだな」

弱弱しく笑うと、彼はベッドへ座るように体を起こした。

いつもの自身満々の彼と違い、大分しんどいのだろう。
動くのもゆっくりで、とても辛そうだ。
私はスープをスプーンで掬い上げると、口元へもっていく。
すると彼はギョッと目を見開き固まった。

「ゴホッ、なっ、何してんだ」

「ほら、口を開けて」

「えっ、あっ、おい」

「ふぅーふぅー、はい、あーん」

ピーターはオドオドしながら口を開けると、頬が真っ赤に染まっていく。
照れ隠しなのか、腕で顔を隠すと、恥ずかしそうに目を逸らせた。
その姿が可愛いと思ってしまう。
クスッと笑っていると、ピーターの表情が明るくなっていった。

「……美味いな」

スープを見つめる姿に、また口元へスプーンを持っていこうとすると、彼は慌てた様子で奪い取った。

「自分で食べられる」

「そっか、残念」

もう少し照れたピーターを見たかったけれど。
美味しいとスープを飲む彼の姿を眺めていると、あっという間にお皿は空になった。
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