悪役令嬢はお断りです

あみにあ

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第三章

平穏な日常 (其の二)

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トレイシーと並びレシピを見ながら、作業を進める。
切り方がわからない食材はトレイシーにおまかせ。
リリーとして料理をしたことはないが、前世の私は一人暮らしが長く、料理は一通り何でも作ってきた。
慣れた手つきで包丁を握る私の姿に、彼女は驚いていたけれど、適当に誤魔化しておく。
でもそこそこ料理はできると思っていたけれど、実際何十年もまともに料理していないと、なかなか難しかった。

この世界はお米がないので、病人食はスープ。
鶏肉とトマトを煮込んで作ったチキンスープで、食欲をそそる酸味に、栄養価も高い。
具を煮込み味をみながら調味料を加え、最後にアクセントにスパイスを入れた。
うん、美味しい、われながら上出来。
具材の大きさはバラバラだけど、十分だよね。

出来上がったスープをお皿に盛りつけると、トレイシーに味見してもらう。

「どう、美味しい?」

「えぇ、とっても美味しいですわ。最高です。リリー様の料理を食べられる日が来るなんて幸せですわ」

「ありがとう、でもちょっとほめ過ぎな気がするけれどね

嬉しそうな彼女に照れ笑いしていると、あっという間にお皿のスープが空になった。
本当に美味しかったのだと嬉しくなり、私は鍋を持って別棟を後にすると、早速宿舎へ向かう。
ピーター喜んでくれるかな。
私が作ったと言ったら、きっと驚くだろう。

ピーターの驚く顔を想像しながら歩いていると、訓練場の方からノア王子がやってきた。

「ノア王子、珍しいですね。こんなところでどうしたんですか?」

「リリーこそ……あっ、いや、調子はどうなのかなと思って見に来たんだけど……。どこへ行っていたの?」

「ありがとうございます、怪我はもう無事に完治して訓練に支障もありません。今日は訓練が終わってからトレイシーと別棟で料理を作っていたんです」

「料理?君が?」

はい、と笑みを浮かべると、私は鍋の蓋を開ける。
湯気と共にスープの匂いが広がりまだ温かい。
ノア王子は鍋をのぞき込むと、首を傾げた。

「スープ?君が作ったの?どうしてまた?」

「ピーターが風邪をひいてしまったみたいで……。お見舞いに持っていこうと思ったんです」

私はそっと蓋を閉めると、ノア王子へ顔を向ける。

「あぁ……だからピーターも今日いないのか。ところでまた一人で部屋へ行くつもり?」

低くなった声のトーンに、私は苦笑いを浮かべると思わず目をそらせた。
うぅ……そういえば前にも同じようなことがあった。
勉強を教えてもらうのに彼の部屋へ行って怒られたのだ。

「えっ、あー、えーと、……料理を渡すだけなので、だっ、大丈夫かな……と。エドウィンは自主とトレ中で……その……はい……」

言い訳がましい言葉を紡ぐと、ノア王子は不機嫌そうにため息をついた。
その姿にピリピリとした緊張が走る。

「はぁ……まぁ……彼なら心配ないのかもしれないけれどね。それにしても……危機感が足りなさすぎる。自分が女だわかっていないのか……」

ボソボソと呟いた言葉は、小さすぎて聞き取れない。
聞き返すこともできず、目を泳がせていると、青い瞳がこちらを向いた。

「……料理を持っていったらすぐに部屋へ戻るんだよ、わかった?」

「はい、もちろんです。ありがとうございます」

これ以上怒られないとわかると、私は内心ほっと胸をなでおろす。
彼と別れ宿舎へ戻ろうとすると、引き留めるように腕を掴まれた。

「リリーよく聞いて、君は女性で僕もピーターも、エドウィンも男だ。それはわかっている?」

「へぇっ!?えぇ、もちろんです!」

何を言いたいのかわからないが、とりあえず頷くと、彼は深くため息をついた。

「その反応、ちゃんとわかってないよね」

彼は私から鍋を取り上げると、傍にあった木製のベンチへそっと置いた。

捕まれた腕に力が入り、強引に引き寄せられる。
こんなに強かったのかと思うほどの力に、内心戸惑っていると、気が付けば青い瞳が間近に迫った。

彼はもう16歳
捕まれた手は大きく、私の手首を軽く一周する。
角ばった指に、細いがしっかりと筋肉がついた腕。
整った顔立ちからは幼さが消え、一人の男性として映る。
息がかかりそうなその距離に後ずさろうとすると、彼の腕が腰へ回った。
そのままグイッと持ち上げられると、ゆっくりと長椅子へ押し倒される。

真上にはノア王子。
いつもの彼と違う。
状況についていけず混乱していると、両腕を縫い付けられた。

「君の剣術は確かにすごい。だけど力は騎士ですらない僕に勝てないんだ。どれだけ剣の腕がすごかろうとも、ここから逃げられないでしょう?」

ノア王子が腕に力を入れると、本当にピクリとも動かせない。
その様にあの光景が頭をよぎる。
頭領に捕まり無力で弱く抗えない自分の姿。
近づいてくる青い瞳に私の姿がはっきり映りこむと、恐怖を感じた。

唇に息がかかり、体が硬直する。
思わず目を閉じると、彼の名を口にした。

「ノア王子ッッ」

「……これでわかった?今後むやみに男性の部屋へ行かないように。ピーターなら君の嫌がる事はしないだろうけれど、それでも心配なんだ」

ノア王子は体を起こし腕の力を緩めると、私は恐る恐るに目を開けた。
その先に移ったのは、満足げに笑みを浮かべたノア王子。
先ほどとは違い、優しく私の手を握ると起き上がらせる。

「料理美味しそうだね。風邪じゃないけれど、僕にも何か作ってほしいな」

先ほどのピリピリした彼ではない、いつもと同じ笑みを浮かべたノア王子。
捕まれた自分の手首をギュッと握ると、コクリと頷いたのだった。
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