悪役令嬢はお断りです

あみにあ

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第二章

新たな任務 (其の五)

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リリーの人生を振り返ると、前世の私とは雲泥の差。
前世の私は誰からも必要とされていなかった。
周りに誰もいなかった。
こうして思い出せるような、そんな存在はいなかった。
誰かのために頑張ろうと思ったこともなかった。
だからあの時の私は……。

ポタッと涙が頬を伝うと、犬が舌でそれを舐めとった。
その刹那、光が溢れると犬の姿が人間へと変わっていく。
何が起こったのかわからず、唖然とその光景を眺めていると目の前に素っ裸の青年が現れた。
整った顔立ちでプラチナの髪に、金色の瞳。
しなやかな体で程よくついた筋肉。

「へぇ!?えぇぇえええええぇぇぇ!?犬がッッ、人間に……?」

「犬じゃない、俺は狼だ!」

金色の瞳に私の姿が映ると、彼はウーと唸った。

「えっ、あっ、ごめん、あれ、えぇと、どういうこと?」

流れていた涙が引っ込むと、人間になった彼をまじまじと見つめる。
あれ、この顔どこかでみたような……。

「あなた……もしかしてエドウィン?」

彼は金色の瞳を大きく見開くと、私の顔を覗き込んだ。

「どうして俺の名前を知っているんだ?」

しまったと慌てて口をふさぐが、時すでに遅し。

「あっ、えーと、その……とりあえず服を着てくれない?」

エドウィンはムッとした表情を見せると、恥ずかしがる様子もなく、グイグイ近づいてくる。
目のやり場に困りながら、ゴモゴモと口ごもっていると、狐の面をつけた男が慌てた様子で駆けつけて来た。
自分の羽織っていたローブをエドウィンに掛けると、焦った声が響く。

「おい、どうした、ってお前ッッ、どうしてここに?ここへは入るなと言っただろう。……ッッその姿、まさか……彼女がお前の主様なのか?」

あるじさま……。
その呼び名にも覚えがある。
エドウィンは小説の中で、王子の事を主様と呼んでいた。

もしかして……王子はここで彼に出会った?
彼の主はノア王子だったはずなのに、私が代わりに誘拐され変わってしまった……?
これって……小説のストーリーが変わってしまう……?
それは非常にまずい。
断罪コースを免れたと思ってたけど、内容が変わればどうなるのか想像も出来ない。

「まさかこんなことが……」

頭を抱え崩れおちる狐面の男。
そんな彼を気にした様子もなく、エドウィンは檻をガシッと掴むとバキバキと音共に折れた。
凄まじい力……。
彼は檻の中にいる私を抱きしめると、そのまま軽々と持ち上げる。

「間違いない、俺の主様、やっと見つけた」

彼は嬉しそうにほほ笑むと、ギュッと抱きしめる。
突然の事にどう反応していいのかわからない。
抱きかかえられたまま狼狽していると、狐面の男がエドウィンへ話しかけた。

「エドウィン、落ち着きなさい。このまま彼女を逃がせば、俺たちの家族が殺されるんだぞ」

「……嫌だ、主様を売るなんて俺が許さない」

「気持ちはわかるが……」

困り果てた男の姿に、私はエドウィンに下ろして欲しいと頼む。
私が小説のストーリーを変えてしまったことや、主様の意味、犬じゃない狼から人型へ変わった理由。色々と気になることばかりだけれど……今私がすべきことは、ここから脱出してお城へ戻り報告する。
単独で捕まえられればいいんだけれど、敵の人数が分からない以上、
犯人をなんとしてでもここで捕らえておかなければ、また同じことが繰り返される。

地面に着地し座り込む彼の背に触れた。

「私の名前はリリー、あなたたちを助けたいの。あの頭領って男に脅されているんでしょう?理由を話してくれない、私が力になる」

男は目を見開き恐る恐る顔を上げると、ゆっくりと狐面を外した。


★おまけ(エドウィン視点)★

風に乗り香った甘い香りに誘われて、俺は群れから離れ匂いの元を探した。
匂いを追跡していると、子供は入るなときつく言われていた場所に続いていた。
俺は構わず進むと、洞窟の中へ入って行った。

気配を殺し闇へ紛れて進んで行く。
すると風にのって声が届いてきた。
女を売る、そんな言葉。
俺は見つからないよう駆け抜けると、甘い香りが強くなった。

洞窟の奥で見つけた美しい女性。
小さな檻の中で必死にもがいていた。
誘われるように彼女へ近づくと、その瞳を真っすぐに見つめた。
彼女の手が俺に触れると、何とも言えない心地よさを感じた。
こんなこと初めてだった。

悲しむ彼女の涙を舐めた瞬間、胸の奥から熱い何かが込み上げた。
その瞬間、俺は人間になった。
そこでやっとわかったんだ、彼女こそが俺の探し続けていた主様だってことが。
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