9 / 135
第一章
初仕事 (其の一)
しおりを挟む
翌朝、ピーターと城へ赴き王子に言われるまま馬車へ乗り込む。
彼を挟んで左右に私とピーター。
腰にはいつもの木刀ではなく、お飾り程度の短剣を吊り下げる。
馬車の外は、御大層な騎士が守りを固めると、馬がゆっくりと動き出した。
昨夜ノア王子の御付きが私たちの宿舎へやってくると、仕事の内容を聞かされた。
ノア王子の道中の護衛と、ある屋敷へついてからの護衛。
近場ということもあり、危険な通路は避けて通るので、まず何も起こらないだろうと教えてくれた。
ならどうして私たちが護衛として呼ばれたのか。
詳細を詳しく聞いてわかったのだが、どうやら未来の護衛騎士になるだろう二人の予行練習のようなものらしい。
毎年この時期になると、少年騎士から2名選び同行させるそうだ。
それにしても、どこのお屋敷へ行くんだろう。
そのあたりのことは教えてくれなかった。
王都から離れ進むこと2時間程度、窓の外は自然で溢れていた。
深い深い森に、見たこともないカラフルな果実が実っている。
川のせせらぎの音が微かに聞こえ、鳥の鳴き声が頭上から響いた。
小説の中では王都以外の描写が少なくとても新鮮だ。
こうやって王都の門から出たのは初めてだった。
私たちが暮らす王都は城壁に囲まれ、入出するには正しい手続きが必要になる。
これは国の中心である王都を守るためのもの。
令嬢の頃は王都から出ない事はもちろん、貴族街から出ることはなかった。
騎士になって初めて街を見たし、令嬢だった頃は本当に小さな世界で暮らしていたのだと改めて実感する。
そんな小さな社会で育ってしまったから、リリーは善悪の境が分からなくなってしまったのだろうか……?
暫くすると、森の中にポツリと屋敷が浮かび上がる。
馬車はその屋敷の中へ入って行くと、馬が静かに停馬した。
ドアが開けられ外へ出ると、なぜこんなところにあるのか不思議なほど大きな屋敷。
色とりどりの花が咲き乱れ、その周りには蝶々の姿。
青い蝶、赤い蝶、黒い蝶、白い蝶。
手入れされた庭には噴水があり、太陽の光を反射し虹が浮かんでいた。
爵位の高い貴族の家だとはすぐにわかる。
キョロキョロと辺りを見渡していると、入口に王族の紋章が描かれていた。
その扉をみた刹那、頭に浮かんだ映像。
この光景を知っている……小説で見た気がする……。
呆然としながら庭を進んで行くと、立派な門の前には騎士の姿。
ゆっくりと扉が開き、エントランスが見えると、そこには大きな蝶のイラストが描かれていた。
この蝶は……そうだ……。
ノア王子に出会った時同様、一気に情報が頭に流れ込んでくる。
ここは王子の母親が暮らしている屋敷。
年に数回、城から離れて暮らしている母へ会いに訪れる場所。
なぜお城で暮らしていないのか、それはわからない。
だけどここで起こった事件が頭にはっきりと浮かんだ。
ここで……ノア王子は実母に毒を盛られ、誘拐未遂事件が起きた。
やっと思い出した。
彼の女嫌いになった一端がこの事件。
蝶が嫌いなのも、母親が蝶を好きだったから。
確かあれは……ノア王子の14歳の誕生日を迎えた数日後、とういうことは今日。
蝶のイラストを見つめたまま動きを止めていると、さっさと歩けとピーターに背中を叩かれる。
ごめんと私は慌てて足を動かすと、応接室へと案内された。
王子は一人別室へと向かうと、私達は待機を命じられる。
ピーターは私の隣へやってくると、無言のまま隣に並んだ。
どうしよう、ここで起こる事件が原因で王子は女嫌いになってしまう。
せっかくあんな可愛い笑顔が出来るのに、彼を変えたくない。
確か事件の内容は、出したお茶に毒を盛って、体を麻痺させてお金と引き換えに王子を売ろうとしたんだっけ……。
そんなことを母親にされたら、心が病まない人間はいないだろう。
止めないと、だけど証拠もないし言っても信じてもらえない。
前世の記憶があるんですと言えば、頭が可笑しいと追い出されてしまうに違いない。
それに今まで何もなかったみたいだし、どうすれば……。
ピーターへチラッと視線を向けると、腕を組みブスッとした彼と目が合った。
彼はなんだよ、とパクパク口を動かすと、私は彼の腕をひっぱり、部屋の隅っこへ引っ張っていく。
他の騎士たちを気にしながら、コソコソと声を潜めると、私は彼の耳元でささやく。
「ピーター、ごめん、どうしても王子に伝えなきゃいけないことがあるの、今すぐに。だから協力してくれない?」
「はぁ!?……ッッ、突然何を言いだすんだ。ダメだダメだ、ここで待機しておけと命令されただろう。言いたいことがあるなら本物の護衛騎士に伝えておけよ」
「それだと間に合わないの!……どうしても今行かなきゃいけなくて……ノア王子の将来に関わることなの、だからお願い。内容は詳しく話せないけれど……お願い、私を信じて」
私はピーターの手を握り、真っすぐルビーの瞳を見つめ懇願する。
私の誠意が伝わったのか、ピーターは嫌そうに顔を歪めながらも深いため息をつくと、わかったと頷いた。
「わかったよ、だがすぐに戻って来いよ。俺が今から騎士達に話しかけてくるから、その間に外へ出ろ。何度も言うが、その要件が終わったらすぐ戻って来いよ。わかったな?」
「うん、ありがとう、恩に着るわ」
私は嬉しさにピーターへ抱きつくと、彼は驚きながら頬を染め、私の体を引きはがした。
彼を挟んで左右に私とピーター。
腰にはいつもの木刀ではなく、お飾り程度の短剣を吊り下げる。
馬車の外は、御大層な騎士が守りを固めると、馬がゆっくりと動き出した。
昨夜ノア王子の御付きが私たちの宿舎へやってくると、仕事の内容を聞かされた。
ノア王子の道中の護衛と、ある屋敷へついてからの護衛。
近場ということもあり、危険な通路は避けて通るので、まず何も起こらないだろうと教えてくれた。
ならどうして私たちが護衛として呼ばれたのか。
詳細を詳しく聞いてわかったのだが、どうやら未来の護衛騎士になるだろう二人の予行練習のようなものらしい。
毎年この時期になると、少年騎士から2名選び同行させるそうだ。
それにしても、どこのお屋敷へ行くんだろう。
そのあたりのことは教えてくれなかった。
王都から離れ進むこと2時間程度、窓の外は自然で溢れていた。
深い深い森に、見たこともないカラフルな果実が実っている。
川のせせらぎの音が微かに聞こえ、鳥の鳴き声が頭上から響いた。
小説の中では王都以外の描写が少なくとても新鮮だ。
こうやって王都の門から出たのは初めてだった。
私たちが暮らす王都は城壁に囲まれ、入出するには正しい手続きが必要になる。
これは国の中心である王都を守るためのもの。
令嬢の頃は王都から出ない事はもちろん、貴族街から出ることはなかった。
騎士になって初めて街を見たし、令嬢だった頃は本当に小さな世界で暮らしていたのだと改めて実感する。
そんな小さな社会で育ってしまったから、リリーは善悪の境が分からなくなってしまったのだろうか……?
暫くすると、森の中にポツリと屋敷が浮かび上がる。
馬車はその屋敷の中へ入って行くと、馬が静かに停馬した。
ドアが開けられ外へ出ると、なぜこんなところにあるのか不思議なほど大きな屋敷。
色とりどりの花が咲き乱れ、その周りには蝶々の姿。
青い蝶、赤い蝶、黒い蝶、白い蝶。
手入れされた庭には噴水があり、太陽の光を反射し虹が浮かんでいた。
爵位の高い貴族の家だとはすぐにわかる。
キョロキョロと辺りを見渡していると、入口に王族の紋章が描かれていた。
その扉をみた刹那、頭に浮かんだ映像。
この光景を知っている……小説で見た気がする……。
呆然としながら庭を進んで行くと、立派な門の前には騎士の姿。
ゆっくりと扉が開き、エントランスが見えると、そこには大きな蝶のイラストが描かれていた。
この蝶は……そうだ……。
ノア王子に出会った時同様、一気に情報が頭に流れ込んでくる。
ここは王子の母親が暮らしている屋敷。
年に数回、城から離れて暮らしている母へ会いに訪れる場所。
なぜお城で暮らしていないのか、それはわからない。
だけどここで起こった事件が頭にはっきりと浮かんだ。
ここで……ノア王子は実母に毒を盛られ、誘拐未遂事件が起きた。
やっと思い出した。
彼の女嫌いになった一端がこの事件。
蝶が嫌いなのも、母親が蝶を好きだったから。
確かあれは……ノア王子の14歳の誕生日を迎えた数日後、とういうことは今日。
蝶のイラストを見つめたまま動きを止めていると、さっさと歩けとピーターに背中を叩かれる。
ごめんと私は慌てて足を動かすと、応接室へと案内された。
王子は一人別室へと向かうと、私達は待機を命じられる。
ピーターは私の隣へやってくると、無言のまま隣に並んだ。
どうしよう、ここで起こる事件が原因で王子は女嫌いになってしまう。
せっかくあんな可愛い笑顔が出来るのに、彼を変えたくない。
確か事件の内容は、出したお茶に毒を盛って、体を麻痺させてお金と引き換えに王子を売ろうとしたんだっけ……。
そんなことを母親にされたら、心が病まない人間はいないだろう。
止めないと、だけど証拠もないし言っても信じてもらえない。
前世の記憶があるんですと言えば、頭が可笑しいと追い出されてしまうに違いない。
それに今まで何もなかったみたいだし、どうすれば……。
ピーターへチラッと視線を向けると、腕を組みブスッとした彼と目が合った。
彼はなんだよ、とパクパク口を動かすと、私は彼の腕をひっぱり、部屋の隅っこへ引っ張っていく。
他の騎士たちを気にしながら、コソコソと声を潜めると、私は彼の耳元でささやく。
「ピーター、ごめん、どうしても王子に伝えなきゃいけないことがあるの、今すぐに。だから協力してくれない?」
「はぁ!?……ッッ、突然何を言いだすんだ。ダメだダメだ、ここで待機しておけと命令されただろう。言いたいことがあるなら本物の護衛騎士に伝えておけよ」
「それだと間に合わないの!……どうしても今行かなきゃいけなくて……ノア王子の将来に関わることなの、だからお願い。内容は詳しく話せないけれど……お願い、私を信じて」
私はピーターの手を握り、真っすぐルビーの瞳を見つめ懇願する。
私の誠意が伝わったのか、ピーターは嫌そうに顔を歪めながらも深いため息をつくと、わかったと頷いた。
「わかったよ、だがすぐに戻って来いよ。俺が今から騎士達に話しかけてくるから、その間に外へ出ろ。何度も言うが、その要件が終わったらすぐ戻って来いよ。わかったな?」
「うん、ありがとう、恩に着るわ」
私は嬉しさにピーターへ抱きつくと、彼は驚きながら頬を染め、私の体を引きはがした。
1
お気に入りに追加
1,276
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」
「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」
公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。
理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。
王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!
頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2021/08/16 「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過
※2021/01/30 完結
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】
白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語
※他サイトでも投稿中
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる