悪役令嬢はお断りです

あみにあ

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第一章

女騎士への道 (其の二)

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騎士の訓練など受けたことのない私がこの年で剣を握るのだ。
並大抵の努力では王子を守れる騎士にはなれない。
皆低学年で剣を握り騎士の元で訓練する。
私はそんな彼らより数年は遅れているのだから、厳しいのは当たり前だ。

訓練場で初めて本物の剣を見た。
鉄で出来た片手剣。
腰ほどまである剣で、持ってみると思っていた以上に重く感じた。
こんな重い物を振り回せるの?
試しに両手で構えてみると、重さで腕がプルプル振るえる。
持ち上げるだけでも辛い。

「想像以上に重いでしょう」

サイモン教官はそう言うと、私から剣を取り上げる。
片手で軽く振り上げると、離れた場所に立っていた騎士に合図をだした。
すると遠くから可愛らしい兎が放たれる。
ピョンピョンッとこちらへ近づいてくると、教官は剣を構え走り出した。

兎の前で止まり、剣を思いっきりに振り上げる。
そのまま兎の首が跳ねられると、血しぶきが舞った。
衝撃的な映像。
兎はビクンッと体を跳ねさせると、土の上に倒れ動かなくなった。

前世は平和そのもの暮らし。
令嬢時代も、死というものが遠い存在だった。
当たり前の話だが、剣は切るためにある。
今まで食べていた食事は、こうやって殺されている。
そのために私は今まで訓練を積み重ねてきたのだ。
けれど初めて剣で切られた姿を目にして、自分の甘さを知った。

騎士になると決めた時に、わかっていたはず。
騎士になるということは、何かを……誰かを殺すと言う事。
今回は兎だったが、戦場に出れば殺すのは人になる。
国を守るために戦うのが騎士、その手は血で汚れることは明らかだった。
兎の亡骸を眺めていると、目の前が赤く染まり、私はその場から動けなかった。

「ふ~ん、剣を振る姿を少年たちは、キラキラした目で見てくれるんだけれど、令嬢は違うみたいだね。まさかとは思うけれど、剣を振る意味をわからないまま、騎士になるなんて言ったのかい?」

彼の質問にハッと我に返ると、私は必死に首を横に振った。

「いえ、その……わかってます……」

「分かってる反応じゃないけれどね。まぁいいや、さて練習を始めようか」

教官は木刀をこちらへ投げると、土の上に転がった。
私は震える手で木刀を掴むが、構えることが出来ない。
土をじっと見つめたまま立ち尽くしていると、深いため息が耳にとどいた。

「はぁ……今日の訓練は終わりにしようか」

「いえ、大丈夫です。できますッッ!」

私は腕を必死にあげ木刀を構えると、彼はパシンッと木刀を弾き飛ばした。

「無理しなくていいよ。少し話をしようか」

彼はニッコリ笑みを深めると、私の腕を引っ張り歩き始めた。

やってきたのは訓練場の近くにある定食屋。
昼の時間よりも早いため、中はガラガラだった。
よく来るのだろう、教官は店主と親し気に話すと料理が運ばれていた。

出されたのは兎のステーキ。
先ほどの映像が鮮明によみがえると、嘔吐が込み上げる。
皿から目を逸らせ俯くが、彼は私の様子を気にする素振りも見せずに食べ始めた。

「ここの兎料理は絶品だよ」

美味しそうに頬張る姿に、何とも言えない気持ちが込み上げる。
いつも食べている料理。
なのに目の前で死を経験して、食べれないなんて、なんておこがましいんだろう。
そうわかっていても手が付けられない。

「女の子、しかも公爵家の令嬢が騎士になりたいなんて奇異なことを言い出すから期待していたんだけれど、どうも期待外れだったみたいだね。殺す覚悟がないのなら、騎士になんてなるべきじゃない。こういう汚い事から目を背けられる温室へ戻るべきだ」

包み隠すことない真実。
彼の言葉が重りのように背中へ乗りかかる。
騎士になるのだから当たり前のこと。
わかっていたはずなのに、わかっていなかった自分が恥ずかしい……。
だけどここまで頑張ってきたのに、諦めたくない。
リリーのような結末を迎えたくないのはもちろん、ノア王子の隣で二人の行く末を見守りたい。

私はテーブルに手を伸ばし、ナイフとフォークを握ると、皿を見下ろした。
血に染まった映像を消しながら肉にナイフをいれると、フォークで思いっきりに突き刺す。
そのまま口の中へ放り込むと、肉汁が口いっぱいに広がった。

今食べている兎はさっき殺した兎ではない。
だけど私達が食べるために殺された命。
そう考えると、ポロポロと涙が零れる。
それを必死に拭いながら、私はゴクリと肉を飲み込んだ。

「へぇ、根性あるね。そんな君にアドバイスをあげよう。殺すという行為は背徳感生む。けれど誰かを、もしくは自分を守るためには常に必要なこと。この兎だって同じ。私達人間は食べなければ生きてはいけない。だから殺す。私はいつも剣を振る時は大切な人の事を考えているよ。その誰かを守るために、必要な犠牲もある。たとえ殺す誰かが善人だったとしてもね。大切な人の為、君が一番正しいと思う選択をするんだ」

「……ッッ、はい……ありがとうございます。……ッッ、このお肉美味しいです」

「それはよかった」

サイモン教官はニッコリ笑みを浮かべ、美味しいねと兎の肉を食べる。
私も同じように兎の肉を頬張ると、泣きながら何度も何度も頷いたのだった。
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