悪役令嬢はお断りです

あみにあ

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第一章

女騎士への道 (其の一)

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ハッと目覚め飛び起きると、外は薄暗くまだ日が昇っていなかった。
頬に涙が伝い、床へポタンッと落ちる。
先ほどの夢が頭を過ると、何とも言えない気持ちが込み上げた。

今のは夢……?
夢とは思えないほどリアルだった。
あの令嬢は間違いなくリリー。
断罪された彼女の行く末。
罪人として牢屋に捕らえられ、孤独に死を待つ。
そんな未来は絶対にイヤ。

何が悪かったのかなんて、考えてもわかるはずない。
私も何度も何度も考えた。
母がなぜ私を捨てたのか……。
だけど嘆いても何も変わらないわ。
私は今日から令嬢ではなく騎士としてやっていくのよ。

深く息を吐き出し、もうひと眠りしようと横になった瞬間、部屋のドアが勢いよく開いた。
バーンッとドアが壁にぶつかり大きな音に驚き飛び起きる。
何が起こったのかわからず呆けていると、年配の渋い男が鋭い目でこちらを睨みつけていた。
どちらさまかしら……?
唖然としたまま彼を見つめていると、ズカズカと近づいてくる。

「いつまで寝ている!さっさと起きろ、訓練の時間だ」

窓の外を見ると、微かに日が昇り始めていた。
へぇっ、こんな早朝から訓練……?
頭の整理が追い付かず彼をじっと見上げていると、怒鳴り声に耳がキーンと痛む。

「コラァッ、いつまで寝ぼけているんだ。すぐに準備をしろ。5分後に出発だ」

「ひゃいッッ!」

慌てて立ち上がると、着替えを済ませ部屋を出る。
小走りで玄関へやってくると、男が満足げにほほ笑んでいた。

「やれば出来るじゃないか。私の名はダニエル士官だ。君を優秀な騎士にするべく派遣された。私は女だからと言って甘い指導はしない。剣を触ったこともない女が、今から剣士になるのだろう。生半可な気持ちでは無理だと思え。ついてくるんだ」

気迫に圧倒され、私はピシッと背筋を伸ばすと、士官の真似をして胸に手を当て敬礼みせる。
こんな朝はやくから訓練なんて聞いてないんだけれど……。
令嬢だった頃は、太陽が昇ってから目が覚め優雅に朝食を……。

「ほら、さっさと来なさい」

私はおたおたしながら脚を動かすと、士官の背中を追って行った。

連れて来られたのは、ただっぴろい広場。
もちろん人は誰もいない。
冷たい風と、吹き上げる砂埃。

「まずは体力をづくりからだ」

士官は軽く体を伸ばすと、ついてこいと走り始めた。
小走りでついていくのだが、令嬢として育ってきた私に、体力など皆無。
数分でバテバテになると、士官の背中が小さくなっていく。
そんな私に怒号が飛び交うと、泣きそうになりながらも、必死に体を動かしたのだった。

走り込みからの筋トレ。
毎日の訓練で筋肉痛で体が軋む。
けれど休むことは許されない。
こんなにきついなんて聞いてないわ……。

令嬢として蝶よ花よと育ってきた私に、筋肉なんてどこにもない。
スラッとした体形には見えるが、コルセットでスタイルを維持しているに過ぎない。
胸はまだ気持ち程度だが、お腹はプニプニで柔らかい。
騎士がこんなお腹で許されないのはわかりきっている。
私は無理矢理に脚を動かすと、士官の背中を唇をかみしめながら追いかけたのだった。

母に泣きついて家に戻ろうと考えたこともあった。
けれどその度に、あの夢が思い起こされる。
牢屋に閉じ込められ一人寂しく死ぬ姿。
嘆くだけの惨めな自分。

ダニエルのキツイしごきを受けながら数週間、数か月があっという間に経過した。
筋肉痛も大分マシになり、ようやく体力がつき始める。
今まで1キロも走ればヘロヘロだったのだが、今では10キロほど走れるようになり、腹筋や腕立て伏せも、最初の頃とは見違えるほどに成長した。
一度も出来なかった懸垂も、最近は10回ほど出来るようになったのだ。

彼の訓練メニューに慣れてきた頃。
朝彼の怒号で起きることもなく、自然と目が覚める。
人間とはすごいもので、目覚ましが無くても起きられるのだ。
前世の自分では想像できない。

毎日訓練に明け暮れ、お嬢様だった生活が変わると言葉使いも自然と変わって行く。
そんな自分の変化を嬉しいと思っていると、訓練の内容が大きく変わった。

広場での外周から、山岳コースへと変わり、よりハードなものになっていく。
足腰を鍛えるためだと、背中に重しを担いで駆け上がる。
最初の頃だったら、即死しているだろうレベルできつい。
だけど慣れてくれば重しを背負ってでも全力で走れるようになっていった。

1年2年と過ごし、12歳の社交界デヴューはもちろんない。
王子は来年社交界デビュー……一体誰と婚約するんだろうか。
そんな事を考えていたある日、いつもと同じメニューを終えると、ダニエル士官に連れられ訓練場にやってきた。
そこには騎士の服装をした男の姿。
歳は20歳そこそこだろう、赤い短髪の髪にブラウンの瞳。
堀の深い整った顔立ちで、胸には騎士団の証であるブローチがついていた。

「初めましてリリー。今日から実践剣術の基礎訓練を担当になったサイモン、宜しくね。ダニエル士官から話は聞いているよ。女だてらに騎士になりたいと王子に進言したそうだね。とっても面白い。母上から君を立派な騎士にしてくれと頼まれている。今いる生徒たちに追い付くよう、今日から特別訓練を行うからね。爵位や性別で差別することはないから、ビシバシいくよ」

「はい……宜しくお願いします」

軽い調子で笑う彼の姿に、頬が引きつっていく。
にこやかな笑みの裏にチラつく、黒い笑みがはっきり見えた。
これはまた厳しい訓練になりそう……。
私は心中で悲鳴を上げると、地獄の特訓が始まったのだった。
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