悪役令嬢はお断りです

あみにあ

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第一章

思い出した記憶

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あれは6歳の生誕祭を迎えてすぐの事だった。
母に連れられ訪れたお城で、初めて王子を見たの。
青い髪にサファイアの宝石のように透き通った瞳。
物語に出てくる理想の王子様が目の前にいた。
なんて美しい人なの。

彼の瞳を見つめながら感嘆と声を漏らしていると、突然目の前に映像が流れ出した。
初めは何が起きたのかわからなかった。
流れる映像は見たことがない世界。
けれど私はそれを知っている。
これは……なに……?
目の前にいる王子のイラストが頭の中にはっきり浮かんだ刹那、はっきりと理解した。
この世界がある小説と類似している事実に――――――。

「僕の名はノア、宜しくね」

ノア……間違いないわ……。
ニッコリと笑ったノアと視線が絡んだ刹那、目の前が真っ白に染まると、膨大な記憶が蘇る。
頭の中に流れ込んでくる記憶。
彼の名、そして私の名。
王都の名、城の名、街の名、侍女の名、執事の名、何もかもが一致している。
この記憶は私の物ではない。
そう、これは……リリーになる前、前世の記憶。

前世はここよりも近代的な世界で暮らしていた。
豊かで快適で、娯楽に溢れていたあの世界。
私は物心ついた頃に、母に連れられ施設に預けられた。
実の母に捨てられた日を、はっきり思い出せる。

色んな事情を持った子供たちと傷を舐めあい、暗い人生。
孤独で信じれる大人なんていない。
愛した人には捨てられ、心が粉々に砕けていた。
だけど歯を食いしばって必死に生きていた。
そんな世界で私が唯一夢中になった小説。

王子と侍女との、身分さの恋物語。
女嫌いの王子と心優しい侍女の切ないラブストーリーだ。
凍り付いた彼の心を溶かし、様々な障害を乗り越え結ばれる二人の姿に感動し、何度も読み返した。
私の心も溶かしてくれた、そんな気がしたから。

その障害の一つとして登場するのがこの私、公爵家のリリー嬢。
王子の婚約者として登場するのだが、いわば悪役令嬢。
王子に近づく侍女へ嫌がらせを繰り返し、殺人未遂までも。
最後は王子を護衛する騎士に捕らえられ、断罪されてしまう。
読者側とすれば純愛を邪魔する女がざまぁされスッキリするが……当事者となれば話は別。

嘘でしょう……私があのリリーだっていうの!?
ありえない、ありえないわッッ。
改めて目の前に映る彼を見つめると、青い髪に青い瞳の優し気な姿は、まごうことなく小説に登場した王子そのものだ。
硬直する私の姿に彼は首を傾げると、澄んだ青い瞳と視線が絡んだ。

ちょっと待って、いったん落ち着きましょう。
確か小説では王子の社交界デビューの日に婚約させられるはずだわ。
今の私は10歳、デビューまで後2年。
ノア王子は私より一つ年下のはずで……。
小説では王子が16歳から始まったはずだから……えーと後7年ね。
過去の描写は小説にあまり書かれていなかったため、はっきりとはわからないけれど、このままいけば間違いなく婚約させられてしまうだろう。
それは何としても避けたい。

このままじゃまずいわ、何とかしないと……。
だけど公爵家の私が、王子から逃れることも出来ない。
あぁ、情報量が多すぎて考えが上手くまとまらない。
どうしよう、どうしよう……あぁぁ……。
上手く婚約者にならないように逃げきる方法は……。
私は咄嗟に口を開くと、王子の前に跪いた。

「ノア王子、どうかわたしをあなたの騎士にして下さい」

何を言っているのか、自分でもわからない。
婚約コースを回避したい思いから出た言葉。
格式ある家に生まれ、剣術や武術などやったことのない令嬢が、騎士にしてくれなんて頭がおかしいと思われているだろう。
だがここで婚約以外の何かを示しておかなければ、断罪コースが確定してしまう。

「えっ……騎士?君は令嬢だよね?」

王子は怪訝そうに眉を寄せると、真意を測るように私の瞳をじっと見つめた。
当然の反応だが、もう後には引けない。
ここは突っ走るしかない!

「いえっ、そのっ、一目見てわかったんです。私の主はあなた様であることを。あなたの盾となり、お傍で国を治める手伝いをさせて下さい」

支離滅裂な言葉。
前世で読んだ漫画の言葉か、もしくは小説の言葉か、咄嗟に頭に浮かんだ。
初対面でする話ではないだろう。
胡散臭いとは重々承知しているが、見切り発車でこれが精一杯だった。

王子の専属騎士。
物語では確か二人いた。
一人は訓練兵の中で一番の成績を収めた騎士。
もう一人は王子が選んだ騎士。
彼の騎士になるには、二人を超えなければいけないのだが……。
果たして私に出来るのだろうか……。

不安が胸を過るが、頭を下げ求めるように手を伸ばすと、指先に彼の手が触れた。
その手がギュッと握りしめられると、王子の笑い声が響き渡る。

「ははっ、面白いね。意味が分からないけれど、いいよ。君を僕の騎士にしてあげる」

王子の作った笑みではなく、子供らしい自然な笑みを浮かべると、握った手が固く握りしめられたのだった。
よかった、これで婚約者コースを回避したわ。
私もつられて笑うと、澄んだ青い瞳が楽しそうに揺れていた。

あの頃の私に言ってやりたい……。
騎士になるにはどれだけ大変なのか……。
冷静に思い返してみれば、他にも方法があったはずなのに。
だけどその時の私は婚約コースから逃れられたその事実しか頭になかったのだった。
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