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☆閑話:異世界に居た彼の話:第七話
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彼女がいない世界は色がなくなった。
気が付けば、いなくなった彼女の事を考える。
研究室で熱心に実験を繰り返す彼女。
こんな無愛想な俺にいつも笑みを浮かべてくれた彼女。
生誕祭で美しく着飾った彼女。
でもどこか照れながらに俺の手を取ってくれた彼女。
俺はそこで初めて恋情を知った。
初めて女性と出かけたあの日。
不甲斐ない俺を彼女はずっと気にかけてくれていた。
俺は何もできなくて、自分が情けなくて、こんな姿を見られたくなくて勝手に拗ねていた。
でも彼女はいつも通り笑ってくれたんだ。
彼女の笑みが頭を過ると、どうしようもない空しさが胸の中に広がっていく。
あの日から俺は笑うことも泣くことも怒ることもできなくなった。
彼女のいない世界は、時間が止まっているようで。
何度後悔をしただろう、想いを伝えられなかった愚かな自分を。
あの時、いかないでくれ。
愛しているんだ。
ずっとそばにいてくれ。
そう伝えていれば、何かが変わっていたのだろうか。
そんなことを毎日のように考える。
彼女が居なくなって暫くしたある日、ライト殿下が俺に会いにきた。
彼も彼女に気が合ったはずだが……なぜかいつもと変わらない様子だった。
「行ってしまったようだね。……君は彼女を引き留めなかったのかい?」
俺は悄然としながらに顔を上げると、彼は静かに笑みを浮かべている。
「……俺には出来ません。あいつの幸せを願うなら……言うべきじゃないと……だから……」
そこで言葉を詰まらせると、ライト殿下は深くため息をついた。
「それでそんな顔をしていれば世話ないな。残念だよ。君なら引き留めるだろうと思って話したんだけどね。僕では……彼女を引き留められなかった。だけど君はまだ子供で、彼女を気に入っていたようだし、縋り付くぐらいはしてくれるだろう、と考えていたんだけれど。僕が思っていた以上に……君は大人だったって事かな」
殿下は……引き留めたのか……。
それでも彼女は帰ることを選んだ。
なら……俺が引き留めても同じだったのかもしれない。
そう思うと、少しだけ心が軽くなったような気がした。
するとライト殿下は俺の顔をマジマジと見つめたかと思うと、小さく口角を上げる。
「もしくは……彼女に断られるのが怖くて、言えなかっただけ、とも考えられるかな」
その言葉が胸にグダッと突き刺さった。
俺は琥珀色の瞳からそっと視線を逸らせると、足元へ視線を向ける。
彼女の為だと言いながら……拒絶されるのが怖かったのか……。
大事な人がいると、忘れられないでいるとわかってしまったから。
「ふふっ、図星のようだ。だが……彼女は必ず戻ってくる。いつになるかはわからないけれど……、それまで待つしかない」
ライト殿下は琥珀色の瞳をそっと細めたかと思うと、俺に背を向けた。
「どうしてわかるんですか?」
「それは……あの本に書かれているからね。元の世界へ戻れない。魔術書は絶対的な物だ」
彼は意味深にそう言い残すと、静かに部屋を出て行った。
彼女が戻ってくる、その言葉が頭の中で反芻する中、俺は気が付けば池へと向かっていた。
だがそこには何もない。
風で水面が揺れ、魚が普段と変わらぬ様子で泳いでいるだけだ。
ライト殿下の話を聞いてから、俺は毎夜日課のように池へ足を向けるようになった。
だが何も変化はない。
そうやって彼女のいない日々が過ぎていく中、父や母は彼女が居なくなってしまった事を知り、俺に婚約者を探せとせっつくようになった。
俺は自分の隣に彼女以外が並び、そばにいることなど想像できない。
だから彼女は戻ってくる、とライト殿下の言葉を信じ、ただひたすらに待っていた。
そうしてあっという間に一年が過ぎ、二年の月日が流れた。
しかし彼女は帰ってこない。
本当に戻ってくるのだろうか、そんな不安が胸の中に広がって行く。
俺は18歳となり、周りの令息達が結婚していく中、一向に婚約者すら作ろうとしない俺に痺れを切らし、両親は半ば強引に俺を夜会へ参加させた。
しかし上辺だけの笑みを浮かべ、
臭いにおいを身に着け顔の原型がわからないような女が、
優越感浸るために金や地位を身に付けたがる女が、
彼女の代わりなんてなるわけがない。
だから俺は夜会から戻ると、部屋へ引きこもり、机へとかじりついた。
全ての煩わしい思いから逃れる為、他の事など何も考える余裕などないように……日夜魔術の研究に勤しんだ。
部屋の外へ出れば両親の煩い小言が耳にとどく。
だから俺は研究室へは行かず、ずっと部屋の中に居た。
ここに居れば、彼女が戻ればすぐにわかる。
俺はまた池の傍へやってくると、今日も変わらず、魚がおよいでいた。
あの日から何も変わらない。
本当に彼女は戻ってくるのだろうか。
いや……もう二度と会えないのかもしれない。
そう思うと、心が不安と後悔で押しつぶされそうになった。
気が付けば、いなくなった彼女の事を考える。
研究室で熱心に実験を繰り返す彼女。
こんな無愛想な俺にいつも笑みを浮かべてくれた彼女。
生誕祭で美しく着飾った彼女。
でもどこか照れながらに俺の手を取ってくれた彼女。
俺はそこで初めて恋情を知った。
初めて女性と出かけたあの日。
不甲斐ない俺を彼女はずっと気にかけてくれていた。
俺は何もできなくて、自分が情けなくて、こんな姿を見られたくなくて勝手に拗ねていた。
でも彼女はいつも通り笑ってくれたんだ。
彼女の笑みが頭を過ると、どうしようもない空しさが胸の中に広がっていく。
あの日から俺は笑うことも泣くことも怒ることもできなくなった。
彼女のいない世界は、時間が止まっているようで。
何度後悔をしただろう、想いを伝えられなかった愚かな自分を。
あの時、いかないでくれ。
愛しているんだ。
ずっとそばにいてくれ。
そう伝えていれば、何かが変わっていたのだろうか。
そんなことを毎日のように考える。
彼女が居なくなって暫くしたある日、ライト殿下が俺に会いにきた。
彼も彼女に気が合ったはずだが……なぜかいつもと変わらない様子だった。
「行ってしまったようだね。……君は彼女を引き留めなかったのかい?」
俺は悄然としながらに顔を上げると、彼は静かに笑みを浮かべている。
「……俺には出来ません。あいつの幸せを願うなら……言うべきじゃないと……だから……」
そこで言葉を詰まらせると、ライト殿下は深くため息をついた。
「それでそんな顔をしていれば世話ないな。残念だよ。君なら引き留めるだろうと思って話したんだけどね。僕では……彼女を引き留められなかった。だけど君はまだ子供で、彼女を気に入っていたようだし、縋り付くぐらいはしてくれるだろう、と考えていたんだけれど。僕が思っていた以上に……君は大人だったって事かな」
殿下は……引き留めたのか……。
それでも彼女は帰ることを選んだ。
なら……俺が引き留めても同じだったのかもしれない。
そう思うと、少しだけ心が軽くなったような気がした。
するとライト殿下は俺の顔をマジマジと見つめたかと思うと、小さく口角を上げる。
「もしくは……彼女に断られるのが怖くて、言えなかっただけ、とも考えられるかな」
その言葉が胸にグダッと突き刺さった。
俺は琥珀色の瞳からそっと視線を逸らせると、足元へ視線を向ける。
彼女の為だと言いながら……拒絶されるのが怖かったのか……。
大事な人がいると、忘れられないでいるとわかってしまったから。
「ふふっ、図星のようだ。だが……彼女は必ず戻ってくる。いつになるかはわからないけれど……、それまで待つしかない」
ライト殿下は琥珀色の瞳をそっと細めたかと思うと、俺に背を向けた。
「どうしてわかるんですか?」
「それは……あの本に書かれているからね。元の世界へ戻れない。魔術書は絶対的な物だ」
彼は意味深にそう言い残すと、静かに部屋を出て行った。
彼女が戻ってくる、その言葉が頭の中で反芻する中、俺は気が付けば池へと向かっていた。
だがそこには何もない。
風で水面が揺れ、魚が普段と変わらぬ様子で泳いでいるだけだ。
ライト殿下の話を聞いてから、俺は毎夜日課のように池へ足を向けるようになった。
だが何も変化はない。
そうやって彼女のいない日々が過ぎていく中、父や母は彼女が居なくなってしまった事を知り、俺に婚約者を探せとせっつくようになった。
俺は自分の隣に彼女以外が並び、そばにいることなど想像できない。
だから彼女は戻ってくる、とライト殿下の言葉を信じ、ただひたすらに待っていた。
そうしてあっという間に一年が過ぎ、二年の月日が流れた。
しかし彼女は帰ってこない。
本当に戻ってくるのだろうか、そんな不安が胸の中に広がって行く。
俺は18歳となり、周りの令息達が結婚していく中、一向に婚約者すら作ろうとしない俺に痺れを切らし、両親は半ば強引に俺を夜会へ参加させた。
しかし上辺だけの笑みを浮かべ、
臭いにおいを身に着け顔の原型がわからないような女が、
優越感浸るために金や地位を身に付けたがる女が、
彼女の代わりなんてなるわけがない。
だから俺は夜会から戻ると、部屋へ引きこもり、机へとかじりついた。
全ての煩わしい思いから逃れる為、他の事など何も考える余裕などないように……日夜魔術の研究に勤しんだ。
部屋の外へ出れば両親の煩い小言が耳にとどく。
だから俺は研究室へは行かず、ずっと部屋の中に居た。
ここに居れば、彼女が戻ればすぐにわかる。
俺はまた池の傍へやってくると、今日も変わらず、魚がおよいでいた。
あの日から何も変わらない。
本当に彼女は戻ってくるのだろうか。
いや……もう二度と会えないのかもしれない。
そう思うと、心が不安と後悔で押しつぶされそうになった。
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