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うらみ
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「ちょっと久しぶりに2人でドライブでも行かないか?」
突然の誘いに正直困惑したが、断る理由もなかったので行くことにした。
溝口が運転する車に乗って、高速道路を走る。長野県方面を観光しようという話だ。
最初の方こそ会話があったが、互いに口数が減っていった。
車内にはラジオから流れる90年代の洋楽の音だけが響いている。
私は助手席で、これまでの彼との因縁について思い返していた。
溝口とは、就職した大手生命保険会社の新入社員研修で初めて会った。精悍な顔立ちに似合わずボソボソと小声で話すので、なんだか根暗なやつだなという印象だった。
よく話すようになったのは、配属先が決まってからだった。基本的に新入社員は2人1組で支店に配置されるのだが、私の相方が溝口だったのだ。
当初は仕事が終わると、2人で飲みに行ったりしていたが、次第にそういうことはしなくなった。
仕事中に上司から比較されることが増え、互いにライバルと認識し始めたからだった。
より良い成績を残したものが出世コースに乗れる。ここがトーナメント表でいう1回戦だ。敗者復活戦はない。
私と溝口は競い合うように仕事をこなし、成績を伸ばしていった。
そして、3年後の異動の時、ついに決着がついた。
私は本社への切符を手に入れ、溝口は地方の支店に異動となったのだ。
異動後は、特に連絡することもなく、彼のことは頭の片隅に追いやられていった。
しかし、しばらく経ってから、彼を思い出させる出来事があった。
私は、社会人になって5年目に、会社の同期と交際し始めたのだが、偶然彼女の携帯に溝口との写真が保存されているのを見つけてしまったのだ。
写真の撮影日はかなり昔だったので、浮気をされていたわけではない。
彼女に直接確認すると、私と付き合う前に、溝口と交際していたとのことだった。
同じ支店に配属されていたこともあり、気を遣って言い出せなかったらしい。
私はそれ以上深くは聞かなかったので、彼女と溝口がどれくらいの仲だったのかは分からない。
この件については、溝口に確認するようなこともしなかった。
そんなことを考えていると、車はいつの間にか高速を下りて、山道に入っているようだ。
「面白そうだから寄ってこう。」
「雷滝」という看板の前に車を停めると溝口が言った。
「いいね。」
私は笑顔で応じると2人で車を降りた。
看板の横には下へと続く石段があり、そこを歩いていくと大きな滝にぶつかった。
道の先は滝の後ろを通るように続いており、大きな滝を裏側から至近距離で見ることができる。
「すごい音だな!」
その爆音と崖からの景色に思わず足がすくむ。
「ここは滝を裏から見れるだろ。だから『裏見の滝』とも呼ばれているらしい。これが見たかったんだよ。」
溝口の解説に「なるほどな。」と相槌を打つ。ふらりと立ち寄ったように見えたが、最初からここを目指していたらしい。
最初は私達しかいなかったが、しばらくすると1組のカップルが石段を下ってきた。
私は彼らに気を遣って、「そろそろ行くか。」と言うと、溝口も頷いた。
すると、崖の端に立って下を見ていた溝口が「なんだあれ?」と、何かを指差している。
「どうした?」と彼の方へ歩いていくと、隣に立って指差す方へ目を凝らした。
「何にも見えないぞ?」
その時だった。
「やめろっ!」
大声でそう言うと、彼は崖に背を向けた状態で、後ろ向きに飛び降りた。
「おい!」
突然の行動に驚愕し、咄嗟に呼び掛けるがもう間に合わない。
崖の下へ落ちていく彼と目が合う。死ぬ前だというのに少し口角が上がっているように見えた。
呆然としながら、彼が吸い込まれていった崖下を見つめる。はるか先にある滝壺にその姿は確認できない。
しばらく動けないでいる私は、不意に自分が立たされている状況を認識した。
一気に血の気が引く。
顔を上げると、少し離れたところにいたカップルの男の方が、こちらを睨み付けながらどこかに電話をかけている。
突然の誘いに正直困惑したが、断る理由もなかったので行くことにした。
溝口が運転する車に乗って、高速道路を走る。長野県方面を観光しようという話だ。
最初の方こそ会話があったが、互いに口数が減っていった。
車内にはラジオから流れる90年代の洋楽の音だけが響いている。
私は助手席で、これまでの彼との因縁について思い返していた。
溝口とは、就職した大手生命保険会社の新入社員研修で初めて会った。精悍な顔立ちに似合わずボソボソと小声で話すので、なんだか根暗なやつだなという印象だった。
よく話すようになったのは、配属先が決まってからだった。基本的に新入社員は2人1組で支店に配置されるのだが、私の相方が溝口だったのだ。
当初は仕事が終わると、2人で飲みに行ったりしていたが、次第にそういうことはしなくなった。
仕事中に上司から比較されることが増え、互いにライバルと認識し始めたからだった。
より良い成績を残したものが出世コースに乗れる。ここがトーナメント表でいう1回戦だ。敗者復活戦はない。
私と溝口は競い合うように仕事をこなし、成績を伸ばしていった。
そして、3年後の異動の時、ついに決着がついた。
私は本社への切符を手に入れ、溝口は地方の支店に異動となったのだ。
異動後は、特に連絡することもなく、彼のことは頭の片隅に追いやられていった。
しかし、しばらく経ってから、彼を思い出させる出来事があった。
私は、社会人になって5年目に、会社の同期と交際し始めたのだが、偶然彼女の携帯に溝口との写真が保存されているのを見つけてしまったのだ。
写真の撮影日はかなり昔だったので、浮気をされていたわけではない。
彼女に直接確認すると、私と付き合う前に、溝口と交際していたとのことだった。
同じ支店に配属されていたこともあり、気を遣って言い出せなかったらしい。
私はそれ以上深くは聞かなかったので、彼女と溝口がどれくらいの仲だったのかは分からない。
この件については、溝口に確認するようなこともしなかった。
そんなことを考えていると、車はいつの間にか高速を下りて、山道に入っているようだ。
「面白そうだから寄ってこう。」
「雷滝」という看板の前に車を停めると溝口が言った。
「いいね。」
私は笑顔で応じると2人で車を降りた。
看板の横には下へと続く石段があり、そこを歩いていくと大きな滝にぶつかった。
道の先は滝の後ろを通るように続いており、大きな滝を裏側から至近距離で見ることができる。
「すごい音だな!」
その爆音と崖からの景色に思わず足がすくむ。
「ここは滝を裏から見れるだろ。だから『裏見の滝』とも呼ばれているらしい。これが見たかったんだよ。」
溝口の解説に「なるほどな。」と相槌を打つ。ふらりと立ち寄ったように見えたが、最初からここを目指していたらしい。
最初は私達しかいなかったが、しばらくすると1組のカップルが石段を下ってきた。
私は彼らに気を遣って、「そろそろ行くか。」と言うと、溝口も頷いた。
すると、崖の端に立って下を見ていた溝口が「なんだあれ?」と、何かを指差している。
「どうした?」と彼の方へ歩いていくと、隣に立って指差す方へ目を凝らした。
「何にも見えないぞ?」
その時だった。
「やめろっ!」
大声でそう言うと、彼は崖に背を向けた状態で、後ろ向きに飛び降りた。
「おい!」
突然の行動に驚愕し、咄嗟に呼び掛けるがもう間に合わない。
崖の下へ落ちていく彼と目が合う。死ぬ前だというのに少し口角が上がっているように見えた。
呆然としながら、彼が吸い込まれていった崖下を見つめる。はるか先にある滝壺にその姿は確認できない。
しばらく動けないでいる私は、不意に自分が立たされている状況を認識した。
一気に血の気が引く。
顔を上げると、少し離れたところにいたカップルの男の方が、こちらを睨み付けながらどこかに電話をかけている。
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