どんでん返し

井浦

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私たち夫婦は、長年子どもを望んでいたのだが、なかなか恵まれなかった。

それでも、ようやく授かることができた。

娘が産まれた時、すでに私は42歳。
世間一般のお父さんと比べると年をとっているが、娘がそんな我が家に来てくれたことには感謝しかなかった。

いわゆる妊活に長い時間をかけてきただけあって、娘を幸せにしたいという気持ちは、他のどのお父さんにも負けない自信があった。

私は会社ではいわゆる出世コースにいる自負があったが、家族サービスも怠らなかった。

特に夏の長期連休では、家族を山奥にあるキャンプ場へ連れていくのが恒例だった。

あの年も4歳になる娘を連れて、3人でとあるキャンプ場へ行ったのだ。

そこは毎年お世話になっている小さなキャンプ場で、場内にオーナーが所有しているテントが2世帯分ある。

ほとんどの設備が揃っているので手ぶらで利用できる点、2世帯しかないので他の利用者に気を遣わないで済む点が気に入っていた。

現地に到着すると、近くの川で水遊びをした後、夕食にオーナーが準備してくれたBBQを楽しんだ。

お腹も満たされた私たちは、キャンプ場の中心にある大きな焚き火台へ向かう。

薪をくべながら大きくなっていく炎を3人で眺めていた。

娘はまだ小さいので、燃え上がる炎に興味はあるようだが、怖がっているのかなかなか私から離れようとしなかった。

「なんか火って見てるだけで癒されるよな。」

「そうね。私も久しぶりにリフレッシュできている気がするわ。」

妻は娘が幼稚園に入ると、復職した。
家事は分担しているつもりだが、やはり子育てはお母さんにしかできない役割が多い。

仕事と子育てを両立している妻には頭が上がらなかった。

「いつもありがとうございます。」

「なによ急に。」

照れる妻に向かって、娘が私の真似をして頭をさげる。

妻は笑いながら娘を抱き上げた。
「こちらこそ、お母さんがお仕事でいないのに頑張ってくれてありがとね。」

娘もうれしそうに妻の首に手を回す。

私はそんな2人の姿を見て、この上ない幸せを感じでいた。
そして、いつまでもこの幸せが続くことを信じて疑わなかった。


「さて、そろそろ戻ろうか。」

「あれ、ここの火は消していかなくていいのかしら。」

「受付の時にオーナーがそのままでいいって言ってたよ。」

妻は納得するとテントへ向かって娘の手を引いて歩き始める。

「あ、ごめん。ちょっと寝る前にトイレ行ってくるわ。先に行ってて。」

私は共同トイレへと小走りで向かった。

このキャンプ場のトイレは工事現場などに設置されているような仮設トイレである。

それも1個しか設置されていないので、すでに利用されている場合があり、その時もカギが閉まっていた。

おそらくもう一方のテントの宿泊者が使っているのだろう。

しばらく腕を組んで待っているとトイレのドアが開き、中から1人の男が出てきた。

「あれ、課長じゃないですか!」

「ん、、、おお、川島か!」

なんと、トイレから出てきたのは、異動前の部署で私の直属の部下だった川島だったのだ。

「まさかこんなところでお会いするなんて思いもしませんでしたよ。」

「だな。うちは毎年ここに決めてるんだよ。」

「そうだったんですね。僕も最近キャンプにはまっちゃって。ここは初めてなんですけどいいところですね。」

「お前のせいで予約とれなくなったら恨むからな。」

俺の冗談に対し、川島は手を制止するように動かすと、「それじゃあ失礼しますね。」と言って足早に自分のテントの方へ戻っていった。

私は用を足しながら、川島のことを考えていた。

川島とは1年半一緒に働いていたが、正直つかみどころのない男だった。
いまいち仕事に対するやる気が伝わって来ず、私も前の部署では大事な人事がかかっていた時期だったので、きつく当たることもあった。

そんな川島は2年目の夏に異動願いを出してきたのだ。

部下が1年半で異動を希望するのは、上司としてはある種の恥だった。
プライドを傷つけられた私は、川島を希望の部署ではなく、いわゆる閑職に追いやるよう人事へ進言したのだった。

異動後は、川島の噂は全く聞かなかった。
正直、久しぶりに彼のことを思い出した気がする。

テントに戻る道中、ふと私は疑問に思った。

あいつはたしか結婚してなかったよな。ここはファミリー用だけど、1人で来ているのかな。

ただ、せっかくの休みに仕事のことを思い出したくなかったので、あまり深くは考えないことにした。

テントに戻ると、すでに妻と娘が寝袋のうえに寝転んでいた。

「遅かったわね。」

「いや、ちょっと並んでてね。」

適当に答え、私も娘の隣で横になった。

「さて、明日は早めに出発するから寝坊するなよ。」

「はーい。」

娘の返事を聞くとすぐにランタンの火を消して、私たちは眠りについた。




どれくらい経っただろうか。

なにか鼻をつくような臭いがして私は目を覚ました。

眠たい目を擦りながらあたりを見回す。

「なんだこの臭いは。」

そして、隣に目をやったところで、娘がいなくなっていることに気付いた。

「お前!起きてくれ!」

「なによ?こんな夜中に…。」

娘がいなくなったことを聞いて妻はパニックになった。

私は急いでテントの外へ出る。

こんな山の中で、娘が迷子になったら大変だ。
まずはオーナーに連絡しなければ。

私は少し離れた場所にあるオーナーがいる建物の方角へ、娘の名前を叫びながら駆けていった。

すると、あの焚き火台で、火をいじっている川島の姿が目に入った。

「おい、川島。うちの娘を見なかったか?」

「・・・・。」

なぜか川島は無言のままだ。

ふと、焚き火台の周りに目を移すと、なにやら焦げた布切れのようなものが散乱している。

それが見覚えのあるパジャマの燃えかすだと気付くのには、少し時間がかかった。

そして私は、異臭の原因がその焚き火であることに気付き、咄嗟に鼻をふさいだ。

「おい、お前。何を燃やした?」

震える私とは対照的な、とても落ち着いた声で川島が言った。

「ちょっと薪が足りなかったもので。でもあんまり燃えないものですね。」




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