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だまし絵
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隣に住む吉田さんは80歳近くになるお母さんと2人暮らしで、近所でも仲良し親子として評判だった。
数年前にお父さんは他界しており、お母さんも腰が悪く移動は車椅子が必要だ。
生活のサポートは全て独身の吉田さんがしているのだろう。
介護は大変だと聞くが、あの2人を見ているとそんな苦労は感じさせないくらい幸せそうだ。
いつもニコニコ笑いながら、お母さんの車椅子を吉田さんが押している姿を見かける。
うちの母もよく、「うちもお隣さんみたいに出来た娘さんがいたら安心だったんだけどね。」なんて私に嫌みを言ってくる。
ある朝、私が仕事に行こうと駅まで歩いていると、公園のベンチでスケッチブックを抱える吉田さんに会った。
「あら、吉田さん。おはようございます。」
「あ、おはようございます。」
「何か描かれてるんですか?
あら、とてもお上手なんですね。」
吉田さんのスケッチブックにはベンチから見える公園の景色が描かれており、素人目に見てもかなり上手く描かれているように見えた。
「いえ、お恥ずかしい。普段は母の介護で自分の時間が取れないものですから、この時間にちょっとね。」
「お母様車椅子ですから大変ですよね。また、作品が出来ましたらぜひ見せてくださいね。」
「作品だなんてそんな大袈裟な。お仕事行ってらっしゃい。」
行ってきますと笑顔で返し、私は駅へ歩き始める。少し立ってから振り返ると、ベンチに座っていた吉田さんは、心なしか少しうれしそうにスケッチブックを見つめていた。
後日、吉田さんが突然私の家に訪ねてきた。
「この前、私の絵を褒めてくださったでしょ。よろしければうちに見にきてくださらない?」
ちょうどその日は暇だったので、私は吉田さんの家にお邪魔することにした。
その日、吉田さんのお母さんは、介護ヘルパーが同行して外出中とのことで留守だった。
吉田さんの部屋には壁に様々な絵が飾られていた。
どれも風景を描写したもので、やはり実力は折り紙つきのようだ。
しばらく吉田さんの説明を聞きながら、絵を眺めていると、私はあることに気づいた。
何枚かの絵は、いわゆる「だまし絵」のようになっていて、別の見方が出来るのだ。
「これってもしかして、ここに人の影みたいなのが隠れてますか?」
「よく気付いたわね。やっぱりあなたに見てもらえてよかったわ。ちょっとした遊び心でこういうこともしてるのよ。」
「そうなんですね。そう言われると、なんか探したくなっちゃいますね。」
その後も絵を見ながら15分程度お話を楽しんだ。
「あんまり引き留めてしまっても申し訳ないから今日はこれくらいにしようかしら。」
吉田さんに促され私は玄関へ向かった。
「今日はありがとうございました。私も絵を描いてみたくなっちゃいました。」
「こちらこそありがとう。急に呼んだりしてごめんなさいね。でもおかげさまでとても楽しかったわ。」
その時、吉田さんの後ろにある、ドアが半開きになった部屋から、絵が1枚ちらっと見えた。
「あれ、あちらの部屋にも絵が飾ってあるんですね。」
すると吉田さんは少し慌てた様子で、そのドアを閉めた。
「こっちは母の部屋なんです。少し前にプレゼントした絵があってね。部屋を勝手に見せると怒られるからごめんなさいね。」
「いえいえ、勝手に見たりしてすみません。それじゃあ失礼しますね。」
笑顔で吉田さんと別れると、私は自分の家に戻っていく。
家に帰ったあと、私は心に何か引っ掛かるものがあることに気づいた。
吉田さんがお母さんにプレゼントしたというあの絵は、森を描いているようだった。
その中で他とは少し違う色をしたツルが、何か文字を表していたように思う。
よく見てみないと分からないくらい微妙な違いだった。でも、だまし絵探しに夢中になっていた私は何とか気づくことができた。
私は記憶を遡りながら懸命にそのツルの形を思い出した。
そして紙に書き起こしてみて、その内容に驚くとともに寒気を覚えた。
「ハ…ヤク…シ…………ネ…」
数年前にお父さんは他界しており、お母さんも腰が悪く移動は車椅子が必要だ。
生活のサポートは全て独身の吉田さんがしているのだろう。
介護は大変だと聞くが、あの2人を見ているとそんな苦労は感じさせないくらい幸せそうだ。
いつもニコニコ笑いながら、お母さんの車椅子を吉田さんが押している姿を見かける。
うちの母もよく、「うちもお隣さんみたいに出来た娘さんがいたら安心だったんだけどね。」なんて私に嫌みを言ってくる。
ある朝、私が仕事に行こうと駅まで歩いていると、公園のベンチでスケッチブックを抱える吉田さんに会った。
「あら、吉田さん。おはようございます。」
「あ、おはようございます。」
「何か描かれてるんですか?
あら、とてもお上手なんですね。」
吉田さんのスケッチブックにはベンチから見える公園の景色が描かれており、素人目に見てもかなり上手く描かれているように見えた。
「いえ、お恥ずかしい。普段は母の介護で自分の時間が取れないものですから、この時間にちょっとね。」
「お母様車椅子ですから大変ですよね。また、作品が出来ましたらぜひ見せてくださいね。」
「作品だなんてそんな大袈裟な。お仕事行ってらっしゃい。」
行ってきますと笑顔で返し、私は駅へ歩き始める。少し立ってから振り返ると、ベンチに座っていた吉田さんは、心なしか少しうれしそうにスケッチブックを見つめていた。
後日、吉田さんが突然私の家に訪ねてきた。
「この前、私の絵を褒めてくださったでしょ。よろしければうちに見にきてくださらない?」
ちょうどその日は暇だったので、私は吉田さんの家にお邪魔することにした。
その日、吉田さんのお母さんは、介護ヘルパーが同行して外出中とのことで留守だった。
吉田さんの部屋には壁に様々な絵が飾られていた。
どれも風景を描写したもので、やはり実力は折り紙つきのようだ。
しばらく吉田さんの説明を聞きながら、絵を眺めていると、私はあることに気づいた。
何枚かの絵は、いわゆる「だまし絵」のようになっていて、別の見方が出来るのだ。
「これってもしかして、ここに人の影みたいなのが隠れてますか?」
「よく気付いたわね。やっぱりあなたに見てもらえてよかったわ。ちょっとした遊び心でこういうこともしてるのよ。」
「そうなんですね。そう言われると、なんか探したくなっちゃいますね。」
その後も絵を見ながら15分程度お話を楽しんだ。
「あんまり引き留めてしまっても申し訳ないから今日はこれくらいにしようかしら。」
吉田さんに促され私は玄関へ向かった。
「今日はありがとうございました。私も絵を描いてみたくなっちゃいました。」
「こちらこそありがとう。急に呼んだりしてごめんなさいね。でもおかげさまでとても楽しかったわ。」
その時、吉田さんの後ろにある、ドアが半開きになった部屋から、絵が1枚ちらっと見えた。
「あれ、あちらの部屋にも絵が飾ってあるんですね。」
すると吉田さんは少し慌てた様子で、そのドアを閉めた。
「こっちは母の部屋なんです。少し前にプレゼントした絵があってね。部屋を勝手に見せると怒られるからごめんなさいね。」
「いえいえ、勝手に見たりしてすみません。それじゃあ失礼しますね。」
笑顔で吉田さんと別れると、私は自分の家に戻っていく。
家に帰ったあと、私は心に何か引っ掛かるものがあることに気づいた。
吉田さんがお母さんにプレゼントしたというあの絵は、森を描いているようだった。
その中で他とは少し違う色をしたツルが、何か文字を表していたように思う。
よく見てみないと分からないくらい微妙な違いだった。でも、だまし絵探しに夢中になっていた私は何とか気づくことができた。
私は記憶を遡りながら懸命にそのツルの形を思い出した。
そして紙に書き起こしてみて、その内容に驚くとともに寒気を覚えた。
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