6 / 25
だまし絵
しおりを挟む
隣に住む吉田さんは80歳近くになるお母さんと2人暮らしで、近所でも仲良し親子として評判だった。
数年前にお父さんは他界しており、お母さんも腰が悪く移動は車椅子が必要だ。
生活のサポートは全て独身の吉田さんがしているのだろう。
介護は大変だと聞くが、あの2人を見ているとそんな苦労は感じさせないくらい幸せそうだ。
いつもニコニコ笑いながら、お母さんの車椅子を吉田さんが押している姿を見かける。
うちの母もよく、「うちもお隣さんみたいに出来た娘さんがいたら安心だったんだけどね。」なんて私に嫌みを言ってくる。
ある朝、私が仕事に行こうと駅まで歩いていると、公園のベンチでスケッチブックを抱える吉田さんに会った。
「あら、吉田さん。おはようございます。」
「あ、おはようございます。」
「何か描かれてるんですか?
あら、とてもお上手なんですね。」
吉田さんのスケッチブックにはベンチから見える公園の景色が描かれており、素人目に見てもかなり上手く描かれているように見えた。
「いえ、お恥ずかしい。普段は母の介護で自分の時間が取れないものですから、この時間にちょっとね。」
「お母様車椅子ですから大変ですよね。また、作品が出来ましたらぜひ見せてくださいね。」
「作品だなんてそんな大袈裟な。お仕事行ってらっしゃい。」
行ってきますと笑顔で返し、私は駅へ歩き始める。少し立ってから振り返ると、ベンチに座っていた吉田さんは、心なしか少しうれしそうにスケッチブックを見つめていた。
後日、吉田さんが突然私の家に訪ねてきた。
「この前、私の絵を褒めてくださったでしょ。よろしければうちに見にきてくださらない?」
ちょうどその日は暇だったので、私は吉田さんの家にお邪魔することにした。
その日、吉田さんのお母さんは、介護ヘルパーが同行して外出中とのことで留守だった。
吉田さんの部屋には壁に様々な絵が飾られていた。
どれも風景を描写したもので、やはり実力は折り紙つきのようだ。
しばらく吉田さんの説明を聞きながら、絵を眺めていると、私はあることに気づいた。
何枚かの絵は、いわゆる「だまし絵」のようになっていて、別の見方が出来るのだ。
「これってもしかして、ここに人の影みたいなのが隠れてますか?」
「よく気付いたわね。やっぱりあなたに見てもらえてよかったわ。ちょっとした遊び心でこういうこともしてるのよ。」
「そうなんですね。そう言われると、なんか探したくなっちゃいますね。」
その後も絵を見ながら15分程度お話を楽しんだ。
「あんまり引き留めてしまっても申し訳ないから今日はこれくらいにしようかしら。」
吉田さんに促され私は玄関へ向かった。
「今日はありがとうございました。私も絵を描いてみたくなっちゃいました。」
「こちらこそありがとう。急に呼んだりしてごめんなさいね。でもおかげさまでとても楽しかったわ。」
その時、吉田さんの後ろにある、ドアが半開きになった部屋から、絵が1枚ちらっと見えた。
「あれ、あちらの部屋にも絵が飾ってあるんですね。」
すると吉田さんは少し慌てた様子で、そのドアを閉めた。
「こっちは母の部屋なんです。少し前にプレゼントした絵があってね。部屋を勝手に見せると怒られるからごめんなさいね。」
「いえいえ、勝手に見たりしてすみません。それじゃあ失礼しますね。」
笑顔で吉田さんと別れると、私は自分の家に戻っていく。
家に帰ったあと、私は心に何か引っ掛かるものがあることに気づいた。
吉田さんがお母さんにプレゼントしたというあの絵は、森を描いているようだった。
その中で他とは少し違う色をしたツルが、何か文字を表していたように思う。
よく見てみないと分からないくらい微妙な違いだった。でも、だまし絵探しに夢中になっていた私は何とか気づくことができた。
私は記憶を遡りながら懸命にそのツルの形を思い出した。
そして紙に書き起こしてみて、その内容に驚くとともに寒気を覚えた。
「ハ…ヤク…シ…………ネ…」
数年前にお父さんは他界しており、お母さんも腰が悪く移動は車椅子が必要だ。
生活のサポートは全て独身の吉田さんがしているのだろう。
介護は大変だと聞くが、あの2人を見ているとそんな苦労は感じさせないくらい幸せそうだ。
いつもニコニコ笑いながら、お母さんの車椅子を吉田さんが押している姿を見かける。
うちの母もよく、「うちもお隣さんみたいに出来た娘さんがいたら安心だったんだけどね。」なんて私に嫌みを言ってくる。
ある朝、私が仕事に行こうと駅まで歩いていると、公園のベンチでスケッチブックを抱える吉田さんに会った。
「あら、吉田さん。おはようございます。」
「あ、おはようございます。」
「何か描かれてるんですか?
あら、とてもお上手なんですね。」
吉田さんのスケッチブックにはベンチから見える公園の景色が描かれており、素人目に見てもかなり上手く描かれているように見えた。
「いえ、お恥ずかしい。普段は母の介護で自分の時間が取れないものですから、この時間にちょっとね。」
「お母様車椅子ですから大変ですよね。また、作品が出来ましたらぜひ見せてくださいね。」
「作品だなんてそんな大袈裟な。お仕事行ってらっしゃい。」
行ってきますと笑顔で返し、私は駅へ歩き始める。少し立ってから振り返ると、ベンチに座っていた吉田さんは、心なしか少しうれしそうにスケッチブックを見つめていた。
後日、吉田さんが突然私の家に訪ねてきた。
「この前、私の絵を褒めてくださったでしょ。よろしければうちに見にきてくださらない?」
ちょうどその日は暇だったので、私は吉田さんの家にお邪魔することにした。
その日、吉田さんのお母さんは、介護ヘルパーが同行して外出中とのことで留守だった。
吉田さんの部屋には壁に様々な絵が飾られていた。
どれも風景を描写したもので、やはり実力は折り紙つきのようだ。
しばらく吉田さんの説明を聞きながら、絵を眺めていると、私はあることに気づいた。
何枚かの絵は、いわゆる「だまし絵」のようになっていて、別の見方が出来るのだ。
「これってもしかして、ここに人の影みたいなのが隠れてますか?」
「よく気付いたわね。やっぱりあなたに見てもらえてよかったわ。ちょっとした遊び心でこういうこともしてるのよ。」
「そうなんですね。そう言われると、なんか探したくなっちゃいますね。」
その後も絵を見ながら15分程度お話を楽しんだ。
「あんまり引き留めてしまっても申し訳ないから今日はこれくらいにしようかしら。」
吉田さんに促され私は玄関へ向かった。
「今日はありがとうございました。私も絵を描いてみたくなっちゃいました。」
「こちらこそありがとう。急に呼んだりしてごめんなさいね。でもおかげさまでとても楽しかったわ。」
その時、吉田さんの後ろにある、ドアが半開きになった部屋から、絵が1枚ちらっと見えた。
「あれ、あちらの部屋にも絵が飾ってあるんですね。」
すると吉田さんは少し慌てた様子で、そのドアを閉めた。
「こっちは母の部屋なんです。少し前にプレゼントした絵があってね。部屋を勝手に見せると怒られるからごめんなさいね。」
「いえいえ、勝手に見たりしてすみません。それじゃあ失礼しますね。」
笑顔で吉田さんと別れると、私は自分の家に戻っていく。
家に帰ったあと、私は心に何か引っ掛かるものがあることに気づいた。
吉田さんがお母さんにプレゼントしたというあの絵は、森を描いているようだった。
その中で他とは少し違う色をしたツルが、何か文字を表していたように思う。
よく見てみないと分からないくらい微妙な違いだった。でも、だまし絵探しに夢中になっていた私は何とか気づくことができた。
私は記憶を遡りながら懸命にそのツルの形を思い出した。
そして紙に書き起こしてみて、その内容に驚くとともに寒気を覚えた。
「ハ…ヤク…シ…………ネ…」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説

【完結】共生
ひなこ
ミステリー
高校生の少女・三崎有紗(みさき・ありさ)はアナウンサーである母・優子(ゆうこ)が若い頃に歌手だったことを封印し、また歌うことも嫌うのを不審に思っていた。
ある日有紗の歌声のせいで、優子に異変が起こる。
隠された母の過去が、二十年の時を経て明らかになる?
魔女の虚像
睦月
ミステリー
大学生の星井優は、ある日下北沢で小さな出版社を経営しているという女性に声をかけられる。
彼女に頼まれて、星井は13年前に裕福な一家が焼死した事件を調べることに。
事件の起こった村で、当時働いていたというメイドの日記を入手する星井だが、そこで知ったのは思いもかけない事実だった。
●エブリスタにも掲載しています
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
月夜のさや
蓮恭
ミステリー
いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。
夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。
近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。
夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。
彼女の名前は「さや」。
夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。
さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。
その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。
さやと紗陽、二人の秘密とは……?
※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。
「小説家になろう」にも掲載中。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
virtual lover
空川億里
ミステリー
人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。
が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。
主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる