上 下
52 / 74

25-5話 姫野美姫 「希望の灯火」

しおりを挟む
 しばらくすると、もう一つの脱出グループも戻ってきた。

かがりを焚きましょう」

 そう言ったのはカラササヤさんだった。

 里の大通りに、大きな篝火かがりびを作る。工作班の茂木くんたちがすぐに作った。

 茂木くんたちが作ったので、篝というよりキャンプファイヤーだ。

 それに火を点けて、カラササヤさんが言った意味がわかった。この里には沼田睦美ちゃんのスキルで灯す外灯はあるが、火を見ると気分が落ち着く。

 帰ってきた人たちも火を見ると、そこに向かってあるき出す。そして火に手をかざし、温もりを味わっていた。

 動くのが困難な怪我の人は、暖房小屋に入ってもらった。

 軽い怪我は広場で手当てをする。手当ては森の民の人が率先してやってくれた。やっぱり、こういう事に慣れている。

 調理場では調理班と婦人方がフル稼働だ。

 わたしは各所を回り、要望を聞いて回った。この物資が必要と言われれば、倉庫に取りに行く。容態が悪くなった人がいれば、回復スキルの花ちゃんを呼んだ。

 里の中は人が増えたが、話し声は聞こえない。

 たまに傷の痛みで呻く人の声が聞こえる。それが余計に沈黙を強くした。

 こういう時、キングがいないのが大きいのかもしれない。

 キングは自分では気づいていないが、ムードメーカーだ。

 かつて、わたしの両親が経営するスーパーの近くに大手の大型店ができたことがある。一ヶ月にわたり開店激安セールを行った。

 こっちのスーパーには人っ子一人、来なくなった。いくら農家直送の美味しいキュウリを仕入れても、1本1円でやられると負ける。

 資金繰りは急速に悪化し、パートのおばちゃんたちには辞めてもらうことになった。

「おれ、暇だし、手伝うよ」

 どこから聞きつけたか、キングが無料で手伝うと言う。正直、家族だけで回すのは限界だったので手伝ってもらった。

 レジや品出しは経験がいるので、店先の産直コーナーに立ってもらった。八百屋のようにワゴンを並べて野菜を売るコーナーだ。

「おばちゃん! 今日、めっちゃキュウリ旨いよ!」

 キング、通りを歩く主婦にガンガン声をかけちゃう。

「あー! そのピーマン、ちょっと古めな。半額にできないか店長に聞いてくるよ!」

 けっこう勝手にするので困ることもあったのだが、この「活気」というのは馬鹿にできない。

 おまけに、キングの姿を見たかつてのパートのおばちゃんたちが戻ってきた。

「私たちも手伝うから、姫野さん、がんばろう!」

 町内の主婦たちがボランティアで店を守った。その美談はTVに取り上げられ、店はV字回復した。

 TVでは救世主が主婦になっていたが、わたしと家族は知っている。救世主はキングだ。

 そう思うと、わたしはムードメーカーには絶対なれない。資質が違いすぎる。

 今、この里にプリンスか、ジャムさんでもヴァゼル伯爵でもいい。誰かいれば、もっと落ち着いているだろう。やっぱり、軍師は士気に影響を与える人がするべきだ。

 不安が少しでもまぎれるよう、火を大きくしよう。そう思って、キャンプファイヤーに追加の薪を持っていく時だった。里の中に歓声がわいた。みんなが里の入り口を見ている。

 キングたちだ! 思わず薪を放り出し、走り出しそうになった。

 里のみんなが駆けつけて、手を貸している。

 キングの脱出グループは療養中や病人の人が多かったけど、その人たちも無事のようだ。

 キングは笑顔だ。その笑顔につられて、駆け寄ったみんなも笑顔になる。ほんと、ムードメーカーよねぇ。

『ヒメ?』

 その時、急に遠藤ももちゃんから遠隔通話が入った。

「どうしたの?」
『ちょっと入り口の滝に行ってくれる? わたしも行くから』

 大通りを帰ってくるキングたちに人が集まる。それを避けて入り口に向かった。

 滝を出たところで、ももちゃんの用事がわかった。

 そこにいたのは、ハビスゲアルさんだった。ツルツル頭のひたいには包帯が巻かれ、血がにじんでいる。片方の腕も釣っていた。

「もも殿から、こちらの状況は聞いております。すべては、この愚老の失態」

 そういうことか。バレたのはウルパ村ではない。ハビスゲアルさんのほうか。

「キング殿に、お目通りをお願いいたします」

 横にいた遠藤ももちゃんが、わたしを見た。彼女の心配はわかる。この状況で、この人が里に入るべきなのか。それは大丈夫なのか。

 通信スキルの彼女がいるんだ。キングに連絡を取るか。そう思った時、もう一度、満身創痍の老人は言った。

「キング殿だけでなく、里の者すべてに身をさらす必要がありましょう。それは今を置いてほかはありませぬ」

 そこまで思い定めているのなら、わたしに言えることは何もなかった。

 ハビスゲアルさんを連れて里に入る。わたしたちを見た人の顔が一瞬にして変わった。

 それはそうだ。王都の教会に追いかけられ、殺されかけたのだ。ローブを着て剃髪しているハビスゲアルさんは、誰が見ても教会の人間だ。

 里のみんなが見つめる中、広場に向かう。広場では、キングが逃げ延びた人たちと握手をしたり、抱擁したりと喜びあっていた。

「キング」

 わたしの声にキングが振り向いた。ハビスゲアルを見て笑顔が消える。

「ハビじい、やっぱり、そっちが原因だったか……」

 キングは何を言おうか迷っているみたいだった。

 ハビスゲアルはキングの前に正座した。ローブが汚れるのも構わず。

 周囲の人が集まってきた。みんな殺気に満ちている。それはヴァゼル伯爵やプリンスでなくてもわかった。ハビスゲアルに向けられた目は憎悪の目だ。これはまずい!

 わたしは周りを見回した。どうする、何か手はないか!

 女子の一人に声をかけ、イスを二つ広場に持っていく。

 わたしはキングのほうに持っていった。

「姫野……」

 キングの目が「それは余計だろ」と言っている。

「まあ、座れば?」

 キングが座った。向かいのハビスゲアルさんもイスに座る。

「今回の奇病、もはや魔法ではなく別の方法を探すべきと提言したところでした。そこから気づかずに目をつけられていたようです」

 キングがプルプル震えている。

「今回、村を襲ったのはエケクルス聖騎士団。これはゼダ教の総本山、アルフレダ大聖堂に所属する者たちです」

 キングが口元を押さえた。

「……ぐふっ」

 ハビスゲアルが眉をしかめた。

「キング殿、お加減でも?」
「いや……なんでも……ぐふっ」

 ハビスゲアルは近くにいたプリンスを向いた。

「プリンス殿、キング殿はいったい……」

 プリンスは目を見開き、奥歯を噛み締めた。

「どうされたと言うのだ」

 ハビスゲアルが周囲を見る。まわりの人々も小刻みに体を震わせ始めた。

「ぎゃははははははは!」

 キングがたまらず笑い声を出した。

「笑い事ではございませんぞ! あのエケクルス聖騎士団が……」

 キングが笑い出したのをきっかけに、周囲のみんなもどっと笑った。笑いは笑いを生み、爆笑の渦が巻く。

「キング殿、聞いてくだされ、あのエケクルス騎士団が……」
「ムリムリムリ! 何も入ってこねえよ」

 わたしの隣にいる「むっちゃん」こと沼田睦美ちゃんと目を合わせた。二人でほっと胸をなでおろす。

「ヒメ、うまくいって良かったね」
「むっちゃん、部分別で光らせれるようになったんだ」
「うん。最近だけどね」

 沼田睦美の照明スキルによって、ハビスゲアルの頭は光っていた。剃毛したスキンヘッドが、それはまぶしい輝きを放っている。

 セレイナが笑いをこらえて手鏡を持ってきた。ハビスゲアルに手渡す。

「何を見ろと……吾輩を?」

 自分の姿を見てハビスゲアルは固まった。恐る恐る頭にさわる。

 ハビスゲアルの手は大きいようで、手を乗せるとフタのように光が止まる。

 パカッパカッと、点いたり消えたり、点いたり消えたり。

 それを見て、またも爆笑の渦が起こる。

「ハビじい……それやめて、苦しい……」

 キングは笑いすぎてイスからずり落ちていた。

「沼田、降参! このライト消して!」

 わたしと沼田睦美は、うなずきあった。沼田睦美がハビスゲアルに近づき、さっと触れる。光が止まった。

「ふぅ、ハビじい、やっぱ、すげえ力の持ち主だな」
「これは、吾輩の力では……」

 それからハビスゲアルさんは、改めて今日一日の出来事を話し始めた……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

落ちこぼれの烙印を押された少年、唯一無二のスキルを開花させ世界に裁きの鉄槌を!

酒井 曳野
ファンタジー
この世界ニードにはスキルと呼ばれる物がある。 スキルは、生まれた時に全員が神から授けられ 個人差はあるが5〜8歳で開花する。 そのスキルによって今後の人生が決まる。 しかし、極めて稀にスキルが開花しない者がいる。 世界はその者たちを、ドロップアウト(落ちこぼれ)と呼んで差別し、見下した。 カイアスもスキルは開花しなかった。 しかし、それは気付いていないだけだった。 遅咲きで開花したスキルは唯一無二の特異であり最強のもの!! それを使い、自分を蔑んだ世界に裁きを降す!

転生魔王は全力でスローライフを貪りたい

夢・風魔
ファンタジー
スローライフを夢見た魔王は、異世界に転生した。 だが転生先で何故か異世界から勇者として召喚されることに。 なんとしてでもスローライフの夢を叶えたい魔王は、無能者を装って見事追放を勝ち取る。 これは規格外の強さを持ちながら、若干斜め上志向の転生魔王による、間違ったスローライフ物語である。 *小説家になろうでも公開中

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

ハズレ職業のテイマーは【強奪】スキルで無双する〜最弱の職業とバカにされたテイマーは魔物のスキルを自分のものにできる最強の職業でした〜

平山和人
ファンタジー
Sランクパーティー【黄金の獅子王】に所属するテイマーのカイトは役立たずを理由にパーティーから追放される。 途方に暮れるカイトであったが、伝説の神獣であるフェンリルと遭遇したことで、テイムした魔物の能力を自分のものに出来る力に目覚める。 さらにカイトは100年に一度しか産まれないゴッドテイマーであることが判明し、フェンリルを始めとする神獣を従える存在となる。 魔物のスキルを吸収しまくってカイトはやがて最強のテイマーとして世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを追放した【黄金の獅子王】はカイトを失ったことで没落の道を歩み、パーティーを解散することになった。

~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる

静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】 【複数サイトでランキング入り】 追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語 主人公フライ。 仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。 フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。 外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。 しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。 そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。 「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」 最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。 仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。 そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。 そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。 一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。 イラスト 卯月凪沙様より

記憶を取り戻したアラフォー賢者は三度目の人生を生きていく

かたなかじ
ファンタジー
 四十歳手前の冴えない武器屋ダンテ。  彼は亡くなった両親の武器屋を継いで今日も仕入れにやってきていた。  その帰りに彼は山道を馬車ごと転げ落ちてしまう。更に運の悪いことにそこを山賊に襲われた。  だがその落下の衝撃でダンテは記憶を取り戻す。  自分が勇者の仲間であり、賢者として多くの魔の力を行使していたことを。  そして、本来の名前が地球育ちの優吾であることを。  記憶と共に力を取り戻した優吾は、その圧倒的な力で山賊を討伐する。  武器屋としての自分は死んだと考え、賢者として生きていくことを決める優吾。  それは前世の魔王との戦いから三百年が経過した世界だった――。

処理中です...