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22-1話 高島瀬玲奈 「緊急」

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「いい気になってんじゃないわよ!」

 その昔、クラスメートの女子に囲まれ言われた事がある。しかし言いたい。「いい気」になんかなってない。でも、自分が美人に分類される側だとは思っている。

 これで「わたしぃ~自分の顔が嫌いでぇ~」とか言うと、たぶん嫌味になる。

 自分が昔からチヤホヤされているのは、わかっていた。それは、幼少期からそうだ。お店に行けば「まあ、なんて可愛い!」と言われ、何かしらサービスされた。

 歌の発表会などあれば、いつも中央だ。みんながアタシを見る。見られるので必死で歌った。

 必死に歌い続けると、歌が上手くなった。そうするとまた注目を浴びる。

 注目を浴びる、というのは反面、憎しみも浴びる。

 中学時代は、それでクラスの女子全員から嫌われた。まあ、今から思えば、チヤホヤが「当たり前」になっていたアタシにも問題はあった。

 高校は家から遠い所を選んだ。中学の同級生をかわすためだ。高校では、もっと気を遣って、上手く立ち回ろうとも思った。

 そして入った中津高校。クラスは1年F組。


 このF組になって、まあびっくり。圧倒的な存在感を持つ男子が二人。キングとプリンスだ。

 この「圧倒的な存在感」がいると、女子だけでなく男子まで、そっちに注目しちゃう。おかげで生まれて初めて「チヤホヤされない」学園生活を送らしてもらえた。

 入学前は「気を遣おう!」と気合を入れていたが、気遣いの必要もなかった。

 友だちもできたし、楽しかったなぁ。

「ちょっと一個、焼いてみるね」

 料理の名人、喜多絵麻ちゃんの声で思い出から現実に帰った。

 今日の夜は「収穫祭」と銘打った宴会をする。

 調理班は渾身のハンバーグを出すつもりだ。

 絵麻ちゃんが、炭を使うコンロの上にフライパンを乗せた。

 油を差してハンバーグを落とす。ジュゥ!とミンチ肉が焼ける音と、いい匂いが。

 絵麻ちゃんは「キッチン喜多」の娘さんだが、料理が上手なのは知っていた。でも、こんなにすごいとは。

 異世界の食材と調味料を組みあわせ、前の世界と同じ料理を作っちゃう。味は一緒ではないが、それはそれで成り立たせちゃう。

「はい、焼けたよ。みんな試食しよ」

 ハシを持ち、ハンバーグを一口取った。

「うわっ、美味しい!」

 思わず声が漏れた。ハンバーグは粗引きで、かなり肉肉しい。それがキツめの塩と香辛料に合っていて、ソースなんてなくてもいける!

「みんな、喜んでくれるといいね」

 絵麻ちゃんが笑った。うーん、やっぱり料理上手な女子の笑顔ってカワイイ。

 その時、耳にヒメの声が割り込んできた。姫野美姫、キングやプリンスと同じようにクラスのリーダー的存在。そしてアタシの友達。ヒメからのお知らせはよくある。遠藤ももちゃんの通話スキルを利用した一斉通話だ。

『今日は休みにしてたけど、ごめんね。みんな広場に集まって』

 火にかけていたスープの鍋を下ろし、広場に向かう。

 広場には、ヒメと、ももちゃん、それにゲスオがいた。みんなも里のあちこちから出てくる。

「どうした? 姫野」

 キングの声。ヒメが口を開きかけたところで、菩提樹から精霊が現れた。

「東の方向で、大勢の気配がする。五十、いやもっとか」

 キングが眉を寄せる。

「兵士か?」
「わらわが感じるには、そうは思わぬ。それに火の気配。大きな火だ」
「大きな火? 山火事か!」

 ヒメがうなずいた。

「わたしもそれを考えた。なので、一応みんなに、いつでも避難できるようにしてもらおうと思って」

 足の早いコウくんが前に出た。

「わいがいっちょ、見てこよか?」
「お願い。できればヴァゼル伯爵も」
「お安い御用で」

 翼を持ったヴァゼル伯爵が、うやうやしくお辞儀する。

「いや、ダメだ」
「うん?」
「全員で行こう」
「全員で?」

 キングの言葉にヒメがおどろいている。アタシもだ。全員で行く必要ってあるのだろうか。

「今まで、こんな事はなかった。初めてのことには、全員が固まっていたほうがいい」

 ヒメはちょっと考えていたが、うなずいた。

「わかった。じゃあ、みんな、出かける用意して」
「ここに戻ってこないかもしれない、そう思って準備してくれ」
「そこまで?」
「ああ。あと山火事かもしれないから、農業班は斧を持って」

 農業班の人たちがうなずいた。

 緊急で里から逃げ出す、という「避難訓練」は何度もしている。

 私たち調理班が準備するのは、鍋などの簡単な調理器具と保存がきく食べ物だ。

 調理場にもどり、急いで片付けをする。ハンバーグは洞窟の冷凍庫へ保存だ。

「残念ね、せっかくのハンバーグだったのに」

 洞窟へ歩きながら、横にいた絵麻ちゃんに言った。

「うん。でも、初めてのことって言ってたから、しょうがないよ」
「うーん、ここまで大げさじゃなくても。コウくんが見に行けばいいんじゃないかな」

 絵麻ちゃんはうなずくと思ったら、意外にも首を振った。

「何か、危険な感じがするんじゃないかな。そういう時、キングとプリンスのどっちかが必ず行くから」

 言われてみればそうかも。キング的には初めてのことで予想がつかないから、偵察すら行かせないのか。

「キングは、プリンス以外は信用してないのかな?」
「そうじゃなくて」

 絵麻ちゃんが、足を止めて私を見た。

「あの二人は、自分たち以外は守るつもりなんじゃないかな」

 考えると、あり得る。キングは青臭い正義感の塊だ。この異世界にクラス全員が来たのは、自分のせいだと思っているだろう。

 そして、キングとプリンスの友情の硬さは見ていても特別だとわかる。

 話をしていると洞窟についた。

 洞窟の冷凍庫にハンバーグを入れる。冷蔵庫の方からは干し肉や野菜をカゴに入れ、背負った。

 カゴを背負うと長い髪が邪魔になった。絵麻ちゃんに結んでもらう。元から長かったけど、こっちに来てほったらかしだから腰ぐらいになってる。

 広場に戻ると、みんなの準備もできていた。

 ちょっと緊張してきた。戦闘班がすでに剣や盾を装備していたから。何もないことを祈る。

「俺とコウで先行しよう」

 プリンスが言った。キングがうなずく。やっぱりプリンスだと、キングはうなずく。

「じゃあ行こう」

 キングの合図でみんなが歩き始めた。


 里を出て、森の中を進む。

 なんだろう? 何かが焼けたような匂いがしてきた。

 プリンスとコウが戻ってくる。

 キングやヒメたちと何か話しているが、どうするか悩んでいるみたいだ。

「こっちに気を使わないでいいよ」

 声を上げたのは同じ調理班の友松あやちゃんだ。

「わかった。敵はいないようだから、みんなで近くまで行くぞ」

 それは、森の中の開けた場所だった。

 いくつかの大きな穴が掘られてあり、そこから煙が出ていた。

 遠くからでも見えた。見なきゃ良かった。穴の中にいたのは人間だ。人間が折り重なって横たわっている。

 みんなが立ちすくんで黙っている中、戦闘班の人たちが穴を調べるために近づいた。

 ふいに遠くで馬車の音がした。近づいてくる。

「森に戻れ!」

 そうキングがジェスチャーで指示した。

 森に戻り、木の後ろに隠れる。

 馬車が入ってきた。運転しているのは甲冑を着た二人。

 荷台には、人が積まれていた。死体だ。

 馬車は穴の近くに止まり、兵士の一人が降りて革の手袋をつけた。

 荷台に積まれた死体の足を引っ張り、地面に落としていく。

 落ちた死体が手を動かしたように見えた。錯覚? いや、ほんとに動いている!

 キングが草むらから飛び出した!

 兵士が気づいて剣の柄を握るが、遅い。キングは目の前まで迫っていた。兵士の胸を拳で打つ。

 鎧の上半身にヒビが入っていく。鎧が割れると同時に、兵士の上半身も割れた。

 キングの粉砕拳。物だけじゃなくて人も粉砕してしまう!

 もうひとりの兵士が斬りつけてきたところを横にかわし、脇腹に拳を打った。その兵士も鎧とともに崩れ落ちる。

「ドク!」

 呼ばれたのはドクくんこと坂城秀くんだ。

 ドクくんが駆け寄っていく。みんなも森から出た。

 ドクくんは動いた死体の元に行き、すぐに振り返った。

「みんな待って。近づかないで」

 みんな、20mほどの距離まで近づいていた。足を止める。

「キングも離れて」
「おい、ドク」
「離れて」

 キングが後ろに下がった。

「ドクくん、何? 説明して」

 みんなの前に出たのはヒメだ。ドクくんは足元の死体を指差した。

「身体や顔に膿んだ発疹みたいなのがある。でも、これ、あり得るのかなぁ」

 ドクくんが首をひねっている。

「どういうこと?」
「現実世界では、とうに根絶してる。でも発疹が出てるしなぁ」
「子供とか、よくかかる、はしか?」
「いや、はしかじゃない」

 ドクくんが少し後ずさった。

「古代ローマが滅亡した原因とも言われる疫病、天然痘だ」
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