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第七章

第49話 走る馬車

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 仕立屋の大男が連絡してくれると、すぐに馬車はやってきた。

 黒ぬりの箱馬車は、見た目より中はひろく、むかい合せで四人はすわれそう。木製で昔の造りをしているが、前方は、大きなガラス窓になっている。

 よこの窓につけられたカーテンをあけ、仕立屋に手をふった。仕立屋は、グローブのような大きい手で、ふり返してくれた。馬車が、ゆっくりと動きだす。

 馬車の席は高い位置なので、村のようすがよく見える。カウントダウンに向けて、人はさらに増えていた。着つけに時間がかかり、すっかり夜遅くなってしまったようだ。

「眠くない?」
「ぜんぜん!」

 カウントダウンまで起きている気まんまんだ。

 この馬車でひとまわりして、ドレスを脱ぐにも時間はかかる。そうこうしていれば、カウントダウンの時間になりそうだ。

 座席にもたれて眺めていると、ほんとに馬車で旅している気分になった。カッポカッポと馬の歩く速度は、街なみを眺めるのに、ちょうどいい。

 ふと、いったん十字路で馬車が止まる。なにかと思うと、右から馬車が通りすぎていった。

「すごいねー」

 モリーと言いあった。まるで中世の街を旅しているみたいだ。しばらくのあいだ、馬車の心地いい揺れを楽しんでいた時だった。どこからか犬の鳴き声がする。モリーがうしろを見た。

「ワンちゃんだ!」

 うしろの小窓から見ると、さきほどのピットブルが追いかけてくる。モリーの匂いに気づいたのだろうか? ふいに、馬車の速度がぐんとあがった。手綱を握っている御者が「どうどう!」と言ってなだめる。まったく効かない。

 馬はさらに走った。通りにいた大勢の観光客がふり返った。迫りくる馬車に、あわてて道の脇へ逃げる。

 前方に十字路。左からの馬車が見えた。御者は馬をなだめようと必死だ。気づいてない。前のガラスを叩く。馬蹄の音で聞こえてない! ぶつかる! いや、ぎりぎり、こちらが早かった。鼻先をかすめた馬の、けたたましい鳴き声が聞こえた。

 降りるべきか? 馬車の戸をあけた。速すぎる。飛び降りたら下のレンガ道でケガをする。戸を閉めた。

「モリー! すわって!」

 立ち上がろうとしたモリーに怒鳴る。ピットブルは、まだ追いかけてきていた。

 馬はさらに、勢いを増して走る。馬車の揺れは大きくなり、あちこちに頭をぶつけた。

「ママー!」

 モリーが前を指すので見ると、前方にはレストラン! 直線が終わり、右か左に曲がるしかない。わたしはモリーを抱き寄せ、あたまを腕で包んだ。

 馬車は大きく右に曲がる。その勢いで、わたしは左窓に手をついた。曲がりきれない。左の歩道が近づく。歩道の石柱!

 がん! という音がし、視界がまわった。・・・・・・昔の街並み、帰りの馬車、馬に変身したネズミ、猫が飛びつき噛みついて。

 気づくと、横だおしになった馬車の中だった。前面の窓ガラスは粉々に砕けていて、そこからはって出た。出たところにちがう馬車が! ぶつかる! そう思った。でも馬車は来ていない。

 ふり返って、横転した馬車を見た。馬車がちがう。わたしの馬車はどこ?

 遠くで、子供の泣き声も聞こえる。

 子供の泣き声! はっと我に返った。モリーが、わたしの横で泣いている。あわてて抱きしめた。

「ケガはない? 痛いところは」

 泣きながら首をふった。さいわいにも、ケガはないようだ。

 どうするか、一瞬悩んだ。

 モリーの手を引き、走りだす。いくつかの角を曲がり、大通りにでた。さきほどと同じ場所に、目当ての女性はいた!

「ミランダ!」
「どうされました! 血が出てるわ」

 ミランダが、こめかみのあたりを指す。手のひらで拭うと血がついた。それより、どう説明しようか迷った。机の上の革靴が目に入る。わたしは片方の靴を脱ぎ、革靴を履いて、机の上に足をドン! と乗っけた。

「これ!」

 ミランダは、ピタリと合った革靴を見て、口をあんぐりあけて、おどろいた。むこうからくる馬車が見えた。道路に出て手を広げた。馬車が、ゆっくりと止まる。お客さんは乗ってなかった。御者に声をかける。

「この馬車、しばらく貸して!」

 びっくりした御者だったが、お金の入った封筒をそのままわたすと、すんなり貸してくれた。御者台にモリーを乗せ、自分もあがる。

「ミランダ、早く乗って!」

 ミランダも、困惑しながら御者台にあがってきた。

「モリー、ミランダにしっかり捕まって!」

 そう伝えると、モリーはしっかりとミランダに抱きついた。手綱を勢いよく叩き、馬車を発進させる。

「ジャニス! 馬が扱えるの?」
「いま、思いだしてるとこ!」

 馬車を走らせながら、さきほど起こったことを話した。

「まだ全部は思いだせない?」
「そう、あいまいな記憶しかない。でもわたしなのは、たしかよ!」

 ミランダは、あたまを抱えた。

「グリフレットの言う通りだったわ。どうもいい加減な魔女だって。わたくし、思ってましたのよ! あなたなんじゃないかって」

 ミランダは気づいたように携帯電話をだした。

「グリフレットに連絡しませんと!」

 わたしはうなずき、手綱を強く叩いて、さらに馬車の速度をあげる。

 そうだ、あの時のエルウィン。走る馬の背を見て思いだした。ふたりで乗った馬。落ちないように彼にしがみついていた。白馬ではなく栗毛の馬だ。森の中を走りアッパーガーデンに忍び込んだ。

 エルウィンがイチイの苗木を用意していた。ふたりで植えて彼はなにか言った。そしてわたしの涙を指に取りイチイの苗木にかけた。あの時、彼は、なんて言ったんだろう?

「ママー!」

 モリーの声で我に返った。右への急カーブ! 急いで手綱をしぼる。右に曲がる速度がきつすぎて、外側に車体が引っぱられる! 右の車輪が浮く。座席の右端に飛んで、お尻でバン! と着地する。車輪が地面にもどった。三回も馬車で横転はさせない!

 カーブをすぎると森の中の道になった。一本道だ。さらに馬を走らせる。

「グリフレットも、スタンリーも、出ませんわ!」

 携帯を耳に当てていたミランダが言った。エルウィンを北の塔に送っていくのなら、おそらくなにも持っていない。あるじが眠りにつくのである。携帯など、邪魔でしかないだろう。

「ビバリー、ビバリーは?」

 彼氏と旅行に行くと言っていた。もう遅いかもしれない。ミランダが、すぐに電話をかける。メイド長がいて良かった。わたしは誰の連絡先も知らない。

 何度目かの呼びだしで、ビバリーが出たようだ。

「ビバリー、大変なことになったの! やっぱりジャニスが彼女でしたわ。ええ? ちがいますわ、最初にそう言ったのは、わたくしです!」

 ミランダから携帯をとった。

「ビバリー、いまどこ?」

 ビバリーは準備に時間がかかり、彼氏の車で旅行に出たところだった。お城から、そう遠くはない。

「すぐに、お城へ行って!」

 電話口のむこうで、キャー! と言う絶叫と急ブレーキの音が聞こえた。

「ビバリー!」
「すいません! あまりのことに、一度大声をだして落ち着いてみました。あとは彼が急ブレーキをふんだだけです」

 ほっとした。

「お城に急いでビバリー! それからグリフレットかスタンリーを探して」
「ジャニス、でもあたし、彼氏の車です! 秘密が、ばれちゃう」
「どのみち、結婚したらばれる! 怖くなって逃げないかどうか、いまから試せばいい」
「そう、そうですね! いまから行きます」

 携帯を返したが、ミランダは携帯を見て青ざめた。

「このままだと間に合いませんわ! このさきに、右に曲がる道があるから、曲がって」
「お城までの道なら、しばらく真っ直ぐなはずじゃない?」
「いいから、曲がってください!」

 速度をゆるめ進んでいくと、右に入る小さな道があった。ゆっくり曲がった。馬車が、ぎりぎり通る道幅だ。

 気をつけて進むと、広い空き地に着いた。

「ヘリコプターね!」

 思わず叫んだ。納屋が一つと、その前に一台のヘリコプターが止まっている。ミランダは馬車を降りると「ボブ!」と叫びながら、納屋に入っていった。
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